タマシイの彼方

 「魂ってどんな形なんでしょうね……キミはどう思うかしら」

 小さな生命体の入った試験管をみながら、白いドクターコートを羽織っている女がそうつぶやいている。
 手に持っている試験管をシリンダーに置いた。

 「何が改革なのかしら……こんなことをしてどうなるというのでしょうね」

 胸ポケットから煙草とライターを取り出して、火をつける。
 なにか遠い目をしながら彼女は無骨に打ち付けられた天井をみて思いふけりながら煙草をふかしている。

 試験管の横に置かれているディスプレイが切り替わっていき、画面に文字の羅列が流れていっている。
 その文字をくすんだ目で流し見ている。

「こんなものを作ってしまっている私は歴史からしたら悪者になるでしょうね」

 新たに文字の羅列を付け加えるために、使い古しているキーボードを軽くたたいていく。
 作業が終わったのかキーボードを叩くのをやめて、机にうつぶせになって横に見える試験管を見つめている。

 くすんでいる目は徐々に閉じていき、彼女は眠ってしまった。

「主任……起きて……起きてください」

 遠くから聞こえてくる声に反応するように、体を捩る。
 
「早く起きてください」

 体を揺さぶられて、重い体を起こした。

「何よ……せっかく久しぶりの睡眠を取っていたというのに」

 けだるそうであり、覇気はないが不機嫌なのがわかる声。
久しぶりの睡眠の邪魔をしてきたのは、同じ研究員仲間の若手だった。
 やる気に満ち溢れていて、私からしたらまぶしくてあまり関わりたくないような人材。
関わりたくないというオーラを出しているのに、それを無視して話しかけてくる空気の読めないやつ。
 考え始めると途方もないほどの愚痴と嫌味で頭の中が埋め尽くされていく。

 明らかに不機嫌な私に対して、そんな事を気にせず声をかけてくる。

 「主任……?何か怒ってます?」

 君が空気や機嫌を気にせずに声をかけてくるから、少し怒っていると言いたいところだ。
そんなに私は短期ではないので、その気持ちを抑えて返す。

 「なんだ……作業はもう終わっている……後はこの資料をしかるべき場所に持っていき、しかるべき報告をしてくれるだけでいいんだ」

 嫌みたらしくその若手に報告をし、資料を手渡した。
そしてまた私はうつぶせになったのだ。

 「確かに……確認しました……すごいですねこれで人類に一筋の光が見えてきましたよ主任」

 若手は張り切って資料を読みながらそんなことをぼやいていた。
それを作っていた私からすると、こんなことをしてまで生きながらえることに何の意味があるのだろうと思った。
自分達がまいた種じゃない。

 「ほらほら……いったいった……私はこれから寝溜めないといけないから部屋を暗くしてちょうだい」

 けだるそうな声でその若手を追い払うかのように言った。
しかし、若手の子はさらに声をかけてくる。

 「さて作業も終わったことですし主任……久しぶりにお昼でもどうでしょうかまともに食べてないのでしょう」

 あろうことかこんな状態の私を外に連れ出していきたいらしい。
全く忌々しい。

 「いや……遠慮しておくよ……君一人でいくといい……私がついていくと周りの空気がわるくなるだろ……」

 わかっている。
私が周りからどのように思われているかなど。
それにこんな研究をしているのに、まともな神経でいられる訳もない。
喉をものがなかなか通ってくれないのだ。

「そうですか……体には気をつけてくださいね」

さすがに若手の子も諦めたのか部屋の電気を消して、出ていった。

部屋が暗くなると急に眠気が襲ってきた。
今までろくに眠っていないのと過労により限界が体にきていたのだろう。
よろめきながら部屋にあるベッドまで歩みを進めた。

 そのままベッドに倒れ込み、気を失うように眠りについた。

 「ごめんなさい……」

彼女が最後につぶやいたのは懺悔の言葉だった。

久しぶりに夢をみた。
夢なんて見るのはいつぶりだろう。
見れるものならずっと目をつぶって、夢ばかりみて現実なんてみたくなかった。
現実なんて糞くらえ。
そんな事ばかり考えていたかな。

 雪が降り注いでいる街並みの真ん中に私がいた。
見たことない街並みに、その雪を楽しんでいる子供達。
大人達はせっせと温まるための薪を集めたり、おのおのの仕事をしているようだ。
生きているという感じられる町と風景だった。

 「あぁ……私もできればこんな風に生きている町で生活してみたかったさ」

 こんな中煙草を吸って、暖かい珈琲を飲みながら空を眺めていたいものだ。
そう考えている手にはライターと三本の煙草が握られていた。
目の前にあった木の根っこには、湯気が立っている珈琲が置かれている。

 「夢ではなんでもありってことか……なんてありがたいことで」

夢の中であるというご好意を預かり、煙草に火をつけてふかした。
珈琲も途中で飲んだ。

 「ははは……最悪の組み合わせだな……きっとこれは泥の味がするんだろうなぁ」

なんて冗談を言いながら空を眺めていた。
しんしんと降り積もる雪の中。

 「これが今私が見たがっている世界というわけだな……きっと」

そのまま私は思いふけりながら木の根に腰をかけて、夢を楽しんでいた。

夢とは往々にしていいところで終わってしまうのである。
特段なにもあったわけではないが、この空間自体が彼女にとっては心地のいい空間だったのだ。

 「主任……主任……起きてください」

目覚めは最悪なものだった。
騒々しい音と忌々しい若手の声で起こされたのだ。

 「なんだ騒々しいな」

頭をかきながらけだるそうな声をあげた。

 「今度は何の用だ……私の睡眠を中断するのは二度目だろう……相応の内容でないなら私はこのまま寝させてもらう」

 そうは言ったが、若手の顔を見ると深刻そうな顔をしており、何か切羽詰まっている雰囲気だった。
しかし、そんな中でも何か諦めのような物が感じ取れる。

 「端的に言いますと……我々はもうお終いのようです……あなただけでも……その……」

 その時が来たのだなと彼の言葉から察することができた。
私たちがしてきたことを考えると至極妥当なことだろう。

「そうか……なら最後に少し煙草でも一緒に吸おうじゃないか」

 起き上がりベッドの淵に座って胸ポケットに入っていた煙草を取り出し火をつけた。
余っていた最後の煙草を若手に渡そうとした。
 しかし、彼の反応はない。

「おい……早く受け取るんだな私もそんなに気は長くない」

 そう言い彼女は顔をあげた。
そこには立ってはいるが、何か生気の感じられない若手が立っていた。

 「はは……そうか……もう行ったか……では私もそろそろだな……最後にこれくらい…」

 彼女は立ち上がり、机に置いていた試験管を取った。
そしていとおしそうにその試験管を見つめたまま、彼女の目からは光が失われていった。


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