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ラ・ロック・ダンテロン音楽祭

ホテルのマダムが教えてくれたアイスクリーム屋さんでアイスを食べた。クレープを食べたかったが、20時からと言われる。こっちでは食後のデザートに食べるものなのだろうか。

コンサート会場の野外ホールは、大きな公園の中にあり、コンサートが始まるまで芝生に座ってサンドイッチを食べたりして、みなリラックスしている。木がとても大きい。大音量で蝉が鳴き続けている。

30分前くらいにスタインウェイのバンから、ピアノが運ばれて行く。そんな直前でいいのか。調律とかリハとか。全体的に、ノリがざっくりなんだろう。

席についても暑いので、みなパタパタとオフィシャルグッズの扇子やプログラムで仰いでいる。また色んな種類の香水に囲まれる。ほぼ白人しかおらず、夫婦やヴァカンスの人の中に、音楽関係者や雑誌関係だろう、知的なかっこいい人たちが散見される。一人髪を白く染めてドレッドにしている黒人の少女を見かけた。アジア人もいないが、特に注目されるわけでもない。

マルセイユフイルハーモニーのマ・メール・ロワ。音の波がオーロラみたいにたゆたい、時空を揺さぶるように寄せては返す。少し残っていた暑さによる頭痛が、ネジを緩ませるように解けていった。蝉は一切鳴き止まない。音域が競合しないからだろうか。

エルバシャさんが出てくると、隣に座っていたスキンヘッドのお兄さんが身を乗り出した。あなたもエルバシャさん狙いなのね。一段上がった真ん中最前列を取る気持ち、分かるわー。一方的な仲間意識を持って、ラヴェルのト長調を共に聴く。ピアノパートが始まり、はっと気付いてしかと見ると、ベヒシュタインだった。スタインウェイのバンを見たので、スタインウェイだと思い込んでいたのだ。完璧。これが私がコロナ以降求めていた音。

いつも正確さを優先させ、演出を最小限にする印象のエルバシャさんも、もとが精緻なラヴェルはかなりロマンティックに弾く。2楽章もかなりルバートする。良く言えばおおらかなオケでちょっと頼りないので、ピアノがオケを待ったりもする。3楽章も、釘打機でぱぱぱぱぱぱと正確に音符を留めていくような土台に、色彩とユーモアが散りばめられる。夕日が差し込んできて、ベヒシュタインの中が金色に輝いた。20時開演なのはこれを考慮してのことなのだろう。

クライマックスに差し掛かる頃急病人が出たらしく、客席が一列丸ごと立ち上がった。オレンジ色の車いすを掲げた係員がすっ飛んで行ったあたりで、指揮者もエルバシャさんも気が付いたが、演奏はそのまま続く。私とスキンヘッドも脇目も振らず演奏に集中。私が弾けば息も絶え絶えになるラストも、盤石に、優雅に、大きなスケールで終わった。

アンコールはラヴェルの鏡とショパンのニューベルエチュード。鏡の「悲しい鳥」のはじまり、雫がしたたるような音。慈雨、という言葉が浮かんだ。蝉の大合唱の間から、呼びかけるように音が届く。

カーテンコールをこそっと撮りました

またサインをもらいに。もうフランス語では頑張らない。「パガテルにいた子だね」と言われる。4月にタイペイと日本のツアーを予定しているそう。音楽祭主催のルネ・マルタンさんもいる。話しかけたかったが、サイン会の列に並んでいる間に見失ってしまった。

しかしこの半年習った英語もフランス語も、全く役に立たなかったな・・としょんぼりする。しかしマルタンさんになら、「自分がラ・フォル・ジュルネやってくれたおかげでエルバシャさんに出会えたんですわ。ほんま感謝してる。パンデミックのせいで有楽町で開催できなくてマジ残念。せやからな・・日本から来ちゃったー!!ガハハハハハ」くらいさっと浮かぶので、憧れが強すぎるせいもあるのだろう。次日本で会う時には着物でも着ればまた別人と認識されるので、八百屋のおじさんと話すような気持ちで話しかけようと誓う。

日本で買えなかった、エルバシャさん作曲の子どものための小品に絵をつけた絵本を買う。かわいいが、すごく重い。日本で見たことないショパンのCDも買った。

(2022.7.18)