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愛なき世界を愛する人、を愛する人

「植物には、脳も神経もありません。つまり、思考も感情もない。人間が言うところの、『愛』という概念がないのです。それでも旺盛に繁殖し、多様な形態を持ち、環境に適応して、地球のあらゆるところで生きている。不思議だと思いませんか?」
 本村があまりにも淡々と述べたので、むしろ藤丸は、植物ではなく人間の方が不思議なんじゃないか、という思いにとらわれた。愛などというあやふやなものを振りかざさなければ繁殖できない人間のほうが、奇妙で気味の悪い生き物なんじゃないか、と。

本文から

2022年も既に2月中頃。サボりまくっていた読書感想文を認めるために重いPCの画面を開きました。今年最初の1冊は以前もお世話になりました三浦しをん先生の新作です。

今回は残念ながら(?)ボーイズラブの作品ではないんですが、「愛ってなんだ!?」に真正面からタックルしたお話です。冒頭の引用は上巻の序盤に登場するあるシーン。ウゥンたしかに・・・と思わず唸ってしまったもので、文章をお借りすることにしました。

舞台は東京都文京区本郷にある国立T大と、そばにある小さな定食屋。
T大で植物学を研究する院生、本村紗英と定食屋の見習い藤丸陽太が噛み合うようで噛み合わないやり取りを繰り広げていく。本村さんにほぼ一目惚れし藤丸くんが意図せず漏らした告白に、本村さんは冒頭のように回答する。研究に、もとい研究対象のシロイヌナズナに文字通り全てを捧げる本村さんは愛だの恋だのには全く興味なし。ちょっとおバカで素直で、でも好奇心旺盛な藤丸くんは本村さんのためにあれやこれや頑張るのに、一向にその気持ちは伝わないのです。

この2人を中心にT大松田研究室の面々や定食屋の大将、常連客のやり取りで物語が進んでいく。肩の力をスッと抜いてくれるような安心感と日常感がとっても美しくて、私はあっという間に赤門の前に立っていた。三浦先生、恐るべし。上下巻の構成になっている今回の作品ですが、テンポが良くてサクサク読めるいいボリュームです。三浦先生、さすがです。

愛ってなんだ!?そう簡単に答えが出るような問いじゃなくて、多分一生かけても分かったかどうか分からないぐらい、人類の永遠の謎ですね。でもこの小説に出てくる人たちはみんな、それを愛だと思わず愛している。結局は愛なんてもの、言葉が先にきたらそれはもう違う何かで、ただ心から大事にしたい、知りたいと思う純粋な気持ちを、誰かが名付けただけなのだと思います。なんて、ちょっと小難しいこと言っちゃいました。

この調子で引き続き三浦先生の作品を堪能したいなと思いました。



そして最後は恒例の装丁のお話です。
上下巻と聞いて読書好きはもしや・・・と思うかもしれませんが、期待を裏切りません。2巻で一続きになったイラストです。丁寧で細かいタッチの植物が、上巻は昼間・下巻は夜の空をバックにあしらわれています。グッときますよね、こういうデザイン。それと描かれた植物たちが、まるで研究室のスケッチのような細い線で形どられているところにもこだわりを感じてきゅんときちゃいますね。


今年初のnoteはなんだかリハビリみたいな緩さでしたけれど、今年も本棚を充実させる日々を送りたいです。皆さんにも楽しんでいただけますように。


上巻読了日:2022年1月19日
下巻読了日:2022年1月20日



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