見出し画像

本当は言いたくなかった。心の中にしまっておこうって。


「初めまして、柚月瀬奈です。よろしくお願いします。」

そんな入学式からもう3ヶ月と18日。

自分の机の上には書きかけの課題のレポートとボールペンがこちらを覗いている。明日から夏休みがあけ、提出しなければいけないのにと訴えかける。ペットボトルの水は水滴だらけになっていた。


あー、早くレポート用紙を動かさないとな。濡れて滲んだレポート用紙なんて提出できないしな。

わかってはいる。体は動かない。

そして後悔した。





「おはよう、瀬奈。元気してた?」

「元気な生活してると思う?」

「するわけないと思う。」

「当たり」


大学までの通学路。綺麗な青空の下、そんな会話を恵美とする。

恵美は自分の中で、1番仲良くしてくれている友達。
今日も彼女はジーパンでメガネは綺麗だった。



恵美は自分と同じような考え方を持っていてくれた。


【結婚しない主義】


昔から結婚するメリットがわからなかった。

もちろん産んでくれた親に感謝してる。育ててくれてありがとうって思ってる。でも家事や育児という大変な時間を乗り越えられた理由がわからなかった。

そんな自分はおかしいものだと思い込んでいた。自分はそんな考え方を持ってしまっている。結婚しない選択肢を自ら選ぶなんて馬鹿げている。この世界にはしたくてもできない人もいる。恵まれた環境なのにそんなことをしていいのかと。

自分は迷いに考え、そして答えを見つけられずにいた。


恵美も同じ考え方をしていた。

「パートナーができるという想像がつかないよね。私が家事をするという未来が見えないし、だったら私が稼ぐからパートナーが家事をしてくれ!なんてね。」

恵美は笑ってそう言った。

メガネの奥のその笑顔がとても素敵だった。



恵美とは同じ専攻で同じクラス。だから自然と一緒になることが多かった。


一限目は情報。最近になって大学側も力を入れているようで、テクノロジーなどと言う横文字が増えた。

やめてくれ、こちら英検3級オンリーです。

頑張って理解したいとは思ってる。思ってる。
ITの世界に生きる人たちってすげーな。マジで尊敬。


丁度あの人みたいに。


前の席で、居眠りメンツを起こしてまわる彼に目をやる。

「やめろよ、壮…!こっちは疲れてんだよ…」

「なんで一限目から疲れてんだよ!ほら起きろ〜はよ起きろ〜」

壮と呼ばれる好青年。本当に好青年。先生からの信頼も高く、同級生からも先輩からも好かれるって本当にいたんだ。


彼との接点は特に無し。強いて言うならいわゆる名簿の前後といったところ。ま、自由席だし特に使われることもない名簿だけども。

彼は学生の中でも、ずば抜けてすごい。なんでもできちゃう。英語も知識もなんならプログラミングができると言い始めたときはこの人本当に同い年なのかと思ってしまったくらいだ。
だから周りにはたくさんの人がいて彼の知恵を求めていた。

ま、自分たちはその輪にはいなかったけども。

自分たちはそれこそ恵美と2人で考えて、2人で答えを出して。2人で理解し合えれば授業も考査も怖くなかった。

そんな関係が楽しいと思っていたし、学生生活の中でもモチベーションになっていた。

恵美と話す時間が楽しかった。






大学という時間は楽しければ早く、興味なければ遅く感じるものだ。案の定、最後に英語で終わる日なんて無心だ。


レポートの提出をなんとか終わらせて、帰宅する。
もう夕暮れだ。色が赤い。日射が肌に痛い。

そんな帰り道は足取りが重い。白いBluetoothイヤホンで耳を塞ぐ。少しでも前を向きたい。そんな気分だ。


前に見えるのは恵美?だと思う。声をかけようにも車道を挟んで向こう側だから声は届かない。信号が変わるのをおとなしく待つとする。

音楽を変えようとスマホを手にした時、彼女の顔の向きが変わった。その先には彼がいた。


いつもは周りにたくさん友達がいるのに1人で追いかけてきた彼。それを待つように歩く速さを変える彼女。

その表情は自分に向けるものよりも煌びやかに見えた。
並んで帰るの2人の姿に気づいてしまった。

声をかけようかどうしようか。そもそもなんて声をかけようか。
2人が仲がいいなんて知らなかった。いつの間に連絡していたんだろう。

グルグルと聞きたいことが出てきては頭の中で消えていく。
結果はその通りだというのに。手を組んだ。近づいた。

逃げ出すように駅とは逆の方向へ向かう。そう、自分だけが特別じゃなかった。彼女にとっては自分以外のかけがえのない人がいた。




今日も恵美と授業を受けた。たくさんの事を教えてくれた。面白い話もしてくれた。2人でじゃない。いつでも教えてくれたのは恵美だった。

あれから2人だけでいるところを見たことはない。気づかせる素振りもない。もしかしたらあれは偽りだったのかもしれない。

どうだっていい。一緒にいてくれるのなら。嫌わないでいてくれたら、自分にとってはそれでいい。

でもやっぱり、頼りない自分は醜い心を持っているから。彼よりも賢くなりたいなんて思うんだ。


彼女のことが好きだから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?