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「笑っていなさい」看取りの経験し、介護がたまらなく好きになった理由

介護で一番必要なことを教わったお話です。

私は新人で介護というものを深く知ってませんでした。

このことの経験するまでは
「1日が早く終わって欲しい」
と心のどこかで思ってました。

とある入居者さんの看取りを経験してから介護の世界を頑張ろうと決心しました。

そのお話についてさせていただきます。

Aさんとの思い出

Aさんは
・廊下で私を通り過ぎるのを見たらお尻を軽く叩き、笑って逃げる
・皆を笑わせようと親父ギャグが冴えている
・隣に座るとびっくりした顔をし、ちょっかいをだす

冗談やお茶目なところがある人でした。

子供と奥さんはいなくて、お兄さんの子供が一番近い家族でした。

病院の受診や外食を1ヶ月また2ヶ月に一回はしてました。

この入居者さんがいるから笑って介護できていたのではないかと思いました。

そういう日々がずっと続いていけばいいと思ってました。

入居者して1年が経ち、息苦しく、心臓が痛いという訴えがあって、病院に行き、検査入院になりました。

そこで発覚したことは膵臓癌であり、手術は困難で残りの寿命はわずかであるということでした。

・病院にいて治療できるものではなく、ずっと点滴で過ごしていくか
・施設にいて痛みの緩和をしつつ、本人が食べれる生活をするか

の選択でした。

看取りという事実にびっくりしました。

家族様は本人の慣れ親しんだ生活で過ごしてほしいという希望で施設に戻りました。

入院前の様子がかなり変わっていてほとんど喋ることが少なかったです。

食事はほとんど召し上がらず、亡くなるのも時間の問題でした。

当時のリーダーは
「担当だからAさんのことを考えてほしい」
と言われました。

一番近くにいた入居者さんなのにどうしたらいいのかよく分かりませんでした。

当時の私は正解を探そうとすると
「本人の望んでいるものは一体何なんだろう」
と思い、とても困りました。

答えを出せない自分にとても悔しかったです。

本人にとって楽しみは何か

悩んでいた私を見て、リーダーは
「Aさんにとって楽しみは何なの?」
と聞かれました。

そう言われると考えが浮かんできました。

・ビールが好きだったのでビールをすすめる
・調子がいい時はリビングに連れて行ってみる
・本人の好きな食べ物をだしてみる

などをリーダーに相談し、実践してました。

食事を少ししか召し上がらなくても雰囲気を楽しんでいるように見えました。

どんな状態であっても好きなことは変わりないのではないかと思いました。

最期に残るもの

1週間もたたず、Aさんは施設で看取られました。

家族様から
「施設に来るまでは一人暮らしで楽しそうな様子なく、天涯孤独であった。施設にいて、表情豊かな様子を見てとても楽しそうにしていた。
施設で暮らせられてありがとうございました」

と言われ、当時の私は泣いてました。

Aさんがいなくなり、いつも廊下ですれ違う時にお尻を叩かれないことの寂しさを感じました。

Aさんみたいな人を預かる重大さと見取り期になる前に施設が過ごしやすいものである大切さを学びました。

Aさんの明るさや冗談は
「いつも気を楽にしなさい」
「冗談言えるくらい力を抜いて頑張りなさい」

と言われてると感じ、私の仕事の取り組み方を考えるようになりました。

介護は看取りを経験が伴い、責任が重い仕事である反面、
「ここの施設は居心地いいところ」
と思わせたらこれ以上のやりがいはないかもしれないと考えました。

Aさんみたいな明るさが介護に必要と思い、日々頑張っています。

まとめ

介護は最後を看取る責任が重い仕事かもしれません。

ですが、介護ほど身近な人を関わることはなく、喜びを分かち合うことができたらとても楽しいです。

入居者さんは人生の先輩であり、人格や人生の生き方について学ぶべきところはいっぱいあります。

参考になれたら嬉しいです。

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