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たぶん何かになっていく

このお話はタイトル忘れちゃったんですが、星新一のショートショートのネタバレが雑に含まれています。星作品をこれから読もうと思っている方はご注意ください。

「星新一のショートショートに、色んな物を食べてしまう男の話があってね」

カーテンに仕切られた狭い病室、半分起こしたベッドに背を預けた彼女はうつむき加減でこちらも見ずに話し出す。

「最初は普通に色んな食べものを食べるだけだったんだけど、まぁ食べ過ぎるんだけど、段々おかしなものを食べるようになって」

「うん」

「段々食べ物じゃないものまで食べたりして、あ、話のオチ言ってもいい?」

そう言いながらこちらを向いて、リンゴを剥く私の顔を覗き込むように首をかしげる。

「いいよ。続けて」

「いい? まぁ何しろなんやかんやで最後は謎の生き物になって漁船に釣り上げられて、不治の病の特効薬になるの」

「え?」

唐突な展開に、果物ナイフを持つ手が思わず止まる。

「ん?」

「それ、さっき言ってたお話と繋がってるお話?」
「そうだけど? なんかおかしかった?」
「おかしいというか……展開がおかしい」
「そうかな? まぁでも確かに意味わかんないよね」

ベッドから体を起こすと、軽く伸びをしてコキポキと首を鳴らす。その姿勢のまま少し考え込んだあと、彼女はこちらに向き直り、じっと私を見て言った。

「結局どういう話かというと、謎の異食癖の人が、最後は人じゃなくなるんだけど、そのお陰で色んな成分が含まれた体になって薬の原料になるっていう」

「あぁ、そういう」
「そう。そういう少し不思議なやつ」

少し不思議とはまた違う気もするけどと思いながら、それはそれで面白そうだ。リンゴもいい感じに剥けた。

「で、その要約したオチを聞かせたかったの?」

リンゴ数切れを皿に載せて手渡すと彼女は嬉しそうに受け取って、一切れをシャクリと噛む。

「それもあるけど、このお話って示唆に富んでるんじゃないかなって」
「示唆? どこらへんが?」
「食べ物だと違和感がすごいけど、知識だったら……どう?」
「……あぁ、なるほど」
「好き嫌いなく、別け隔てなく、いろんな知識を詰め込んで、それが凝縮された知恵になるとしたら、それってたぶん何かの特効薬にもなるでしょ」

そこからしばらく、リンゴの咀嚼音に混じりながら彼女の熱弁が振るわれる。それを私は目を細めて聞いている。

彼女には伝えていないけれど、ほんの数ヶ月前まで難病により彼女は死の淵にあった。治る見込みも手立てもないまま、徐々に衰弱していく姿を視るのは本当に辛くて。藁にもすがる思いで臨床研究の対象となり、そこから奇跡的に回復できたことはそれこそ、現代医療の知識と知恵の賜物だと言える。

「……だからね、退院したら私、とにかく色んなことを知りたいし勉強したいと思ってる。私もそういう何かにならなくちゃって思ったから……聞いてる?」

ちゃんと聞いてるよ、と応えて、いずれきっと何かになるであろう彼女のことを誇らしく思った。


……そう言えば、件の臨床試験で開発された薬の成分は遠洋で獲れた新種の魚を由来とするものだと聞いた覚えがあるけれど、いやいやまさかまさか。


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