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詩人嫌い

嫌いな理由は色々あるが、何よりまず、あの色だ。
何とも形容しがたい、べっとりとくすんだ色。
そして、表面に滲んだ不規則なラメ色の筋。
その狂ったコントラストは、人を不快にさせるためとしか思えない。

臭いも酷いものだった。
幼い頃に一度だけ、捕らえられた詩人の檻に近づいたことがある。
当時は詩人も少なかったし、物珍しさも手伝って見物に行ったのだが
檻に近づき、その臭いを嗅いだだけで引き返したくなった。
性根の腐敗臭というものを嗅いだのは、後にも先にもその時だけだ。
今思えば、あの時の詩人は崩壊直前だったのだろうけれど
幼い私の鼻腔に刻み付けられた悪臭は、それ以後、詩人を忌避するに十分だった。

今夜もマンションの駐車場で詩人の群れが集っている。
口々に、繋がらない言葉を吐き出しながら
お互いを罵り、褒め称え、また自暴自棄になっている。
奴らと来たら、普段はボソボソと抑揚の無い声で喋るくせに
いざ、言葉を紡ぎ出すと、随分と朗々たる音を垂れ流す。
互いに声を確認しあい、時には共鳴させ
常軌を逸した不協和音で、私の神経を逆撫でするのだ。

奴らのきちがいじみた品評会は夜通し行われる。
私の睡眠時間は、どんどん削られ
今日などは、どんよりとしたまどろみの中で過ぎていった。
そうして今夜も、奴らは。

「藤田さん、お出掛けですか?」
「ええ、ちょっと眠れないので」
「駐車場の方、詩人がたくさん居ますよ。気を付けて」
「はい」

外に出た私は、まっすぐに焼却炉の方へ歩き
その傍らに放置されている火掻き棒を拾い上げると
踵を返して駐車場へと向かった。
マンションのさほど広い訳でもない駐車場には
停まっている台数以上の詩人がいた。

悪寒と憤りが縞模様になって背中を這い上がる。

私は火掻き棒を握り締めると、声にならない叫びを上げて
詩人の群れへ飛び込み、盲目滅法に棒を振り回した。

ところが、詩人たちは驚くべき身軽さで棒をかわし
次々と私の腕を、足を、体を、首を、掴む。
私はそのまま地面に押し付けられ
詩人たちの白目の無い瞳で、雁字搦めにされる。
視界が、端の方から、徐々に黒ずんで行き。
記憶が、感情が、私の預かり知らぬところへ退避され。


そして 私は 詩人に なった

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