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バーコード

ちょっと前に、スーパーへ買い物に行った時の話。

日本人離れしたイケメン顔のおじさんを見掛けた。スラリとした長身で、立ち居振舞いも優雅。
ただ、問題が一つあって、左右に残った髪を薄くなった中央に撫で付けているのがアウト。どうせなら、すっぱりあきらめてしまえば良いのに。

惜しいなぁ、と思いつつ目で追っていると、後ろからふくらはぎを蹴られた。
「じろじろ見ちゃダメ!」
小声で彼女が言う。
「いや、だって、あすこまで綺麗にバーコードだと」
「バーコードとか言うな!」
彼女は僕が押していたカートを横から引っ手繰ると、惜しい彼と反対方向に歩き出した。僕はとりあえず、それに付き従うことになる。

「良いだろ、減るもんじゃないし」
「減るかもしれないでしょ? 減ったらあんた、どう責任取るの?」
「どう、って。じゃあ、僕の分を分ける。カツラにでもして貰うよ」
「へぇ、カツラですか。この増毛全盛の時代に」
「全盛なん?アデランスとか?」
「そうそう。もーほー78364ー♪ってヤツよ」
「そりゃ、リーブ21だろ。しかもアッコのプチモノマネか、そして古い」
「うるせぇなぁ、小さいことをぐだぐだぐだぐだ」

そんな風なやりとりをしながら買い物を続け、20分ほどで、僕らはレジへと並んだ。夕方のこの時間ともなればレジの混み具合も相当なもので、同じ列には先ほどの惜しいダンディも並んでいた。
後ろから見ると更に惜しい。

僕が見るともなくそっちの方を眺めていると、ダンディに気付いたらしい彼女が、僕の脇を肘で突く。そして、その表情は先程と同じく険しい。僕は視線をレジ脇のガムに移して、彼女の追撃を避けた。

買い物を済ませ、車に乗り込んでから、なんとなく彼女に聞いてみた。
「ねぇねぇ、例えばさ」
「ん?何?」
「きみと僕がこのまま付き合いつづけて」
「……うん、例えばなんだ」
「いや、この先が例えばで」
「まぁいいよ、続けて」
「うん、例えば結婚なんかしちゃって」
「うん」
頷いて、ちょっとだけ彼女が微笑む。

「20年位経った後にさ?」
「うん、後に?」
「僕がさっきのおじさんみたいになってたら、どう?」
「どう、って。それはダンディの部分?バーコードの部分?」
「概ね、バーコード。って、自分も言ってるし、バーコードって」
「だって、手っ取り早いし。ていうか、別れるかも」
「え。で、でも、ほら、段階的っていうか、いきなりごっそり抜ける訳じゃないんだし、徐々に薄くなってったら、その見極めできないんじゃない?」
「そうねぇ。どうしようかなぁ」
「ほら、それに増毛全盛時代ですよ?」
「なに焦ってんのよ。別にすぐって訳でもないでしょ。
 あ、それとも、もうヤバイの?」
「いや、別にそういう訳じゃないんだけど……」
「まぁ、その時はその時なんじゃないかな」
「……そう、かぁ」
思わず意気消沈した僕の顔を見て、彼女はまた微笑んだ。

その夜、夢の中で僕は彼女とあのスーパーにいた。
僕の頭は、何故かすっかりとバーコード気味になっていて、隣にいる彼女に薄くなったね、と言われている。僕は僕で、まぁそうかもね、と応える。
でも、しあわせそうだった。

何だか、ほっとした。

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