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ショートストーリー

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3~5分程度で読める、オチがあるようでない感じのお話です。
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#ショートストーリー

最強の盾の棄て方

「これねぇ、うちじゃあ扱えないンですよ」 白髪混じりの頭を掻きながら、眼鏡の奥からしょぼしょぼ覗き込みつつ、受付のおじさんは言う。僕の後ろに並んでる他の利用者の方をちらちら見ながら、少しイライラしてるのがカウンター越しでもわかってしまう。 「有料でも……ダメですか?」 「いや、うちはそもそも有料ですよ。そこら辺のゴミ捨て場じゃあないンだから。処理場だから」 「あ、あ、そうですよね、ですよね……すいません」 これ、と呼ばれているのは我が家の先祖伝来の盾だ。伝説の勇者と共に

サクラJK咲きほこる

「本日は取材にご協力頂きありがとうございます」 「……はい、よろしくお願いします」 「まずは率直にお聞きしたいんですが、最初にあのお仕事を指示された時はどういうお気持ちでしたか?」 「……それは、なんというか、困惑でしたね」 「困られたと。やはり、社内でも話題になったりとか?」 「そう、ですね。ただ、部署内では冗談でそういう話は出ていたので、結局そうなるのか、という感じの空気でした」 「社員でサクラを行うということに抵抗はありましたか?」 「なかったと言えばウソ

祖父の形見のそのボタン

母方の祖父の四十九日法要のため、小さい頃はちょくちょく遊びに来ていた祖父母の家に来た。迎えてくれた祖母は葬儀の時の憔悴した表情からするとだいぶ落ち着いたようで、にこやかに出迎えてくれて、僕の名前を相変わらず間違える。 親しい親戚だけで行うと聞いていたけれど、その親しい人々が思ってた以上に多く、昔ながらの農家間取りでそこそこ広い居間にも座布団がひしめき、あまり面識のない親戚たちに囲まれてしまうことになった。 母はと言えば叔母たちとの四方山話や料理の準備に忙しく、僕や父のこと

ゾンビのツメを切る

なんやかんやあって、人類の半数以上がゾンビとなってしまった。 その原因とかを細かく説明してると日が暮れるので、そこはもうなんやかんやで流して頂きたい。たぶん、ウィキペディアには書いてあるし私だって決して説明できないわけではないのだ。 ともかく、日常は様変わりしてゾンビが日常的に徘徊する、意外と既視感のある世界が私らの生活環境となったんだ。 そして、人というのは慣れることに掛けては素晴らしい素質を持っていて、今回の件でも相当の柔軟さを持って対処できてしまった。 まずゾンビ

わたしたちはにている

法事で料理の手伝い。 大きな鍋に一口大の具材。じゃがいも、里芋、人参に筍、大根、蓮根、牛蒡、椎茸、蒟蒻、豆腐、昆布、鶏肉、そしてピーナッツ。 節操のない取合せだけど、地元で集まりがあると必ず出される「にごみ」。 長崎は大村の郷土料理。いわゆる煮物で、具材がコロコロ小さくてピーナッツが入ってる。とにかく量を作らないといけないから準備はなかなか大変だけど、煮込みに入ったらあとはぐつぐつ。 「私、らっかしょ苦手」 妹はピーナッツのことをらっかしょと呼ぶ。祖母の影響だ。 「"

神 note

そこは常春、昼下がりのカフェテラス。 「デグレスピルナさん、この間、バナナの記事書かれてたじゃないですか」 ケーキを突いていたマリオルミューズが唐突に話し出す。 「え、あれ? noteのやつ?」 運ばれてきたコーヒーを軽く会釈して受け取るデグレスピルナ。 「そうそう。レーテンスバンカさん、すごく喜んでましたよ」 フォークでこそいで薄くなったケーキがパタリと倒れる。 「あ、そうなの」 そっけない返事とは裏腹に、口角上がり気味のデグレスピルナ。 「わたしも読みましたけど

ながい ながい 黄昏

「大変申し上げにくいのですが」 白衣を着た初老の男性が、カルテに目を落としたまま、こちらも見ずに淡々と告げ始めた。私はその態度に少し苛立ちを覚えつつ、申し上げにくさの要因を思って覚悟する。 「あなたの余命は200年です」 200年。 200年? 「200日、ということですか」 半年以上はあるが、何かを成すには短すぎる。さて、何から手を付けたものか、まずは計画を練らねばなるまい、そういえばそういう映画もあったな、あれは金持ちだから成り立つものだったが、とりあえずリストを

滅人と暮らす

母が滅人になってからもう数ヶ月が経つ。 魂がゆっくり体から抜けていくことで、肉体の輪郭が段々と朧げになっていき、最後にはすべてなくなってしまう病気。乖離性魂亡失躰症候群。 その罹患者が通称『滅人(ほろびと)』だ。 早くに夫を亡くし女手一つで、とお涙頂戴的に言いたいところだけど、母は兄弟が多かったこともあって何かと助けて貰いながら、一粒種の私も伯父や伯母に頼りつつ、すくすく育つことができた。おかげで母も育児ばかりでなく、仕事に趣味にと忙しく、そして楽しく過ごしていた。 私

バーコード

ちょっと前に、スーパーへ買い物に行った時の話。 日本人離れしたイケメン顔のおじさんを見掛けた。スラリとした長身で、立ち居振舞いも優雅。 ただ、問題が一つあって、左右に残った髪を薄くなった中央に撫で付けているのがアウト。どうせなら、すっぱりあきらめてしまえば良いのに。 惜しいなぁ、と思いつつ目で追っていると、後ろからふくらはぎを蹴られた。 「じろじろ見ちゃダメ!」 小声で彼女が言う。 「いや、だって、あすこまで綺麗にバーコードだと」 「バーコードとか言うな!」 彼女は僕が押

オドラデクのこと

父が酔っ払ってそれを拾ってきてから、もう1週間が過ぎた。 最初はそれがなんなのかよくわからず、ただのゴミだと思っていた。実際、私はそれをゴミとしてそれなりの扱いをした。ゴミ箱に放り込んだのだ。 ところがそれときたら、翌朝にはゴミ箱から出ていて、リビングに転がっていた。加えて、昨日見たときより色とりどりの糸くずに塗れている。私は流石に不思議に思い、二日酔いで具合の悪そうな父に聞いてみた。 「あれはオドラデクだよ」 そう言って、二日酔いの薬を炭酸水で呷る。そして咽る。 オド

しっぽ

隣の家の庭には心底頭の悪い犬がいて、私が傍を通る度に声が裏返るほど吠えかけられていた。 もちろん、首輪も鎖も繋がれているから、直接的な被害はないのだけど、私が犬嫌いになった原因は正にそこにあると思う。 小学校、中学校、高校の633で12年。 私はずっと吠えられ続け、大学の寮に入ってから、ようやくその呪縛から解放された。学業やらサークルやら、とにかく忙しい一年を過ごして、正月、久し振りに実家に帰ってみると隣の庭が寂しい。 母に聞いてみると、犬は夏ごろに老衰で死んだという。

今朝の列車が遅れたワケ

遠距離通学の僕等の朝は早い。 白さの密度が随分と濃い息を吐きながら、幼馴染の聖と駅のホームへ駆け込む。彼女はマフラーをかきあげ、息を整えながら、僕と並んで列車を待つ。 しばらくの沈黙。 ふと、何かに気付いた彼女は肘で僕を突き、マフラー越しのくぐもった声で僕に問う。 「あすこのさ、椅子に座ってるおじさんさ?」 「ん?あのおじさん?」 「色おかしくない?」 その視線の先、向いのホームには、ぐだんぐだんの酔っ払いが堅い椅子に引っかかってる。顔色は青ざめ、予断を許さぬ感じだ。

マトリョーシカの猫

その、猫にしては大きな体躯のメンデルは研究室で飼われている人懐っこい雑種で、胴の中程から前後できっちりと毛色が違う。 彼がみつゆび座りするとそのラインが、体を上下二分割するように見えることから、マトリョーシカのように上下にカパッと開いて、中から一回り小さい猫が出てくるのだと、研究室ではまことしやかに言われていた。 私が研究室に入った時から成猫だったので、一体いくつなのかもわからない。いつも研究室の中を自由に闊歩して、気ままに人にちょっかいを出しては、可愛がられたり疎まれた

雨の日、雨の時間。

『今年も梅雨本番、連日の雨に気持ちもすっかり滅入っていませんか?  今日はそんな雨の日を、楽しく過ごせるアイデアを募集しています』 朝から点けっぱなしのラジオから流れてくるパーソナリティの喋りだしに、何言ってんの雨だからこそ楽しく過ごせるでしょ、と思いつつ、寧ろ一向に進まない帳簿整理を軽やかに進められるゴキゲンなナンバーを掛けてくれよDJ、って気持ちになってる。 続けて流れてくる罪のないイージーリスニングにも悪態を突きそうになりながら、コーヒーでも淹れようかなと席を立つ。