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『日本酒がワインを超える日』を消費者側から応援する

2月初旬、飛騨古川まで足を伸ばし、「蓬莱(ほうらい)」銘柄で有名な渡辺酒造の見学をさせていただいた。

蔵を回った印象としては、非常に丁寧な説明に驚き、蔵全体の雰囲気が従業員や環境も含め素晴らしいこと。

そして、発酵タンクに「漫才」を聞かせていたり、貯蔵タンクに見学者のメッセージを記載させるなど、通常の蔵ではあまり見ない工夫が多かった。

これまで行った蔵とは異なり、見学者を楽しませる仕掛け、さらに従業員側も楽しみながら働いているような空気感が印象的だった。


日本酒がどんどん「特別なもの」になっている

先日、Kindleにて偶然にも渡辺酒造の九代目社長が執筆された書籍を見つけた。

Kindle Unlimitedであれば、無料で読めるので気になる方は手にとってもらえればと思う。

本書では、長年日本酒業界が抱えてきた問題を解決し、2000年前後からの市況変化に対応するためのアイデアや工夫を惜しげもなく披露されている。

一読したことにより、蔵を見学した際に感じた「いい意味での違和感」が解決した。

渡辺酒造の経営方針を一言で言えば、「顧客目線に立ち、エンタメ性を持った経営で日本酒業界を活性化させる」ことだ。

お酒は本来、気難しいことを考えながら飲むのではなく、その場を明るく、楽しくするためにあるべきだろう。

しかし現在の日本酒業界は、ある種の敷居のようなものがあることは否定できない。

このような状況を引き起こした原因についても、本書では冷静に分析されている。

そして、この内容はわたしが日頃感じていた日本酒業界の違和感を見事に言語化してくれていた。


まずい酒から芸術品へ

日本酒業界がビジネスとして重要なポイントを見失ったことについて、本書では以下のように述べている。

見失った最初のタイミングは恐らく1960〜1970年代の高度経済成長期だったと思っています。工業化による大量生産がもてはやされた時期で、日本酒業界もその例外ではありませんでした。大量生産のために効率を求めた結果、「安くてまずい酒」が世の中に溢れるようになってしまいました。安くてまずい、なんて本当にひどいですよね(笑)。だから当然、消費者からそっぽを向かれるようになって、ビール、焼酎、ワインなど、他のお酒との競争にも負けてしまいました。

渡邉久憲. 日本酒がワインを超える日 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.414-419). Kindle 版.

現在でも日本酒に対して、この時代の印象を引きずっている消費者は多いかもしれない。

戦後の米不足の為に始まった「三増酒」と呼ばれるものだが、当時は日本酒しか選択肢になかったことから、粗悪なものでも売れたのだろう。

しかし、その他酒類と争う力は当然なく、結果として競争に完全敗北してしまった。

日本酒業界の移り変わりについて、以下のように続ける。

次が「高級化」です。2000年代になると、工業化の反動で一升瓶1本、1万円以上という日本酒がいくつも出てくるような高品質・高価格の酒ブームとなりました。そこから2010年代になると、「高級化」はさらに先鋭化して「芸術化」していきます。全国各地の造り手が、こだわりの酒を次々と生み出していきました。

渡邉久憲. 日本酒がワインを超える日 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.419-424). Kindle 版.

まさにその通り。

現在では、原酒で低アルコールという矛盾を実現した日本酒や、10%以下(中には1%も)まで精米した日本酒など、芸術的な銘柄が数多く並んでいる。

確かに、そのような日本酒は素晴らしいし美味しい。

技術的にもずば抜けているし、話題性もあり注目も集める。

しかしながら、手に入りにくい上に、価格も高騰しがちというデメリットを含んでいる。


プレミア酒をおすすめすることについて

個人的にはこのような芸術的な日本酒を、必要以上に崇拝し広めようとする風潮がある気がしている。

「日本酒を初めて飲むなら『新政』を飲むべき!」

「日本酒苦手でも『十四代』なら絶対飲めるよ!」

「『獺祭二割三分』は本当におすすめ!」

もちろん全て美味しい、そして素晴らしい銘柄でわたしも好みに近いものはある。

しかし、これを聞いた日本酒ビギナーはどうやって飲めばいいのだろう?

まず、高い。

そして、見つかりにくい。

結果的に飲まないだろう。間違いなく。

本当に日本酒を広めたい、おすすめしたいのであれば、

「どこでも手軽に買えて、美味しい酒をおすすめすべき!」

ではないか?

こんなプレミア酒をおすすめされてしまうと、

「やっぱり日本酒は難しそうだし、やめておこう」

と思っても仕方ないのではないか?

洗練された味が多いプレミア酒は、日本酒の入り口としては最適かもしれないが、おすすめする選択肢としては違うのではないだろうか?


日本酒は本来身近にあるお酒

本書ではこの点について、以下のように続けている。

高品質・高価格であったり、造り手のこだわりの酒を造ったりすることが悪いことだとは思わないんです。多種多様な商品が生まれて、市場も盛り上がる要因になると思うんですね。でも、そればかりになるのもどうなのか。そしてそれは、日本酒が持っていた本来の世界からかけ離れているのではないか。日本酒の特別感ばかりが増していくと、正月であったり、お祝い事や記念日など、特別な日にだけ飲むものになってしまうことだってあり得ますよね。そうすると、日本酒の敷居が高くなってしまいます。それは本当によいことなのか。

渡邉久憲. 日本酒がワインを超える日 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.424-427). Kindle 版.

本当にそのとおりだと思う。

芸術的な、プレミア酒もあっていい。

しかし、今は消費者側がそれに偏りすぎている気がする。

個人的な体験としては、とある試飲会で「何が美味しかった?」という質問に対して、

意外性と手軽さという意味もあり「月桂冠の純米大吟醸」と答えると、微妙な顔をされた。

その方は、「花邑(はなむら)」だと。

この酒は京都で取扱が一部しかない、手に入りにくいプレミア酒。

誰でも飲める流通量の多い酒より、小規模で手に入りにくい酒が美味しい!大手は論外!

気のせいかもしれないが、そんな空気を感じた。

本書では以下のように続けている。

本来の日本酒はもっと気安く飲めて、もっと生活に密着したものだったはずです。ここを原点として、日本酒はどんなふうに進化すれば、お客さんも造り手も、そして業界全体も盛り上がることができるんだろう。私たちは、そんなことを考えながら日本酒の本来の世界・文化というものを取り戻していきたい。それができたら、日本酒がワインのように世界中の人々に受け入れられるものになる日が来るのは、そんなに遠くないはずです。

渡邉久憲. 日本酒がワインを超える日 (Japanese Edition) (Kindle の位置No.427-431). Kindle 版.

個人的に現在の日本酒はワインを意識しすぎているような気がしている。

だから本書のタイトルである『日本酒がワインを超える日』というのも、味覚の面で超えるという意味だと思い、若干斜めに読み進めていた。

しかし渡辺酒造の意図はそうではない。

世界に普及しているワインに匹敵するくらい、日本酒を広めようという意味だった。

ワインは「デイリーワイン」という言葉があるくらい、手軽に買えて安い銘柄をおすすめする土台が出来上がっている。

「赤ワインは絶対『シャトー・マルゴー』(1本数十万)!」

「初めて飲むなら『ロマネ・コンティ』(1本数百万)がおすすめ!」

こんなことを言う人は、まずいないだろう。

でも、今の日本酒業界でプレミア酒をおすすめする雰囲気は、ある意味こんな感じなのではないか?

さらに、ワインでは安くて美味しいを求めることが当たり前のように行われている。

日本酒とは比較にならない程プレミア酒が入手困難であり、桁違いの価格になりやすい、さらに世界各国で作られていることも影響しているのかもしれないが。

日本酒もワインのように、手に入りやすくて美味しい銘柄をもっと普及させれば、まだまだ国内市場でも広がっていくと思う。

そのような酒を渡辺酒造では造っているということだった。




戦後の米不足の為に始まった「三増酒」と呼ばれるものが、70年代までは日本酒しか選択肢になかったことから、粗悪なものでも売れたのだろう。

日本酒業界全体が、そんな状況に甘んじていたが為に、現在まで続くイメージ低下に繋がったのかもしれない。

この状況を払拭しようと、多種多様な芸術的な日本酒が展開されているが、入手経路の確保と価格が問題になる。

プレミア酒は日本酒を好きになった後の楽しみとして、残しておいても良いかもしれない。

「手に入りやすくて美味しい銘柄」を我々が入門者にオススメすることで、少しは日本酒業界に貢献できるのではないか。

その時の選択肢の一つとして渡辺酒造の銘柄は、基本的に大手量販にも並んでいることからも最適だろう。

今後も微力ながら応援したい蔵の一つだ。

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