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「鬼滅の刃」に焼かれる心が、深い愛で救われた話

12月3日。その日は日本中がソワソワしていました。「鬼滅の刃」23巻(最終巻)の発売前日で、書店はどこも「歴史的な品出し」を控え、良い意味で戦々恐々とし、朝刊五紙に広告が載るという情報も大きな話題に。
コロナ禍で痛む社会の中で、「鬼滅の刃」のあらゆることが明るく勢いのあるニュースとして駆け巡っていました。

私もジャンプ連載中から読んでいて、大好きな作品です。

でもどうしてか、漫画家だからか、「超記録的な売れ方をする大ヒット作品」の話題を家族にされるたびに「そこまで売れることができていない自分」を引き合いに出されているような気持ちになりました。

どういう時に物を作る人間が作れなくなるのか知っていますか。

「嫉妬」に囚われた時です。

素晴らしい作品が生まれ、それが大きく世界に愛され、一代ムーブメントが起こる。その度に、似たフィールドにいる人間は身を焼かれるような思いをします。「自分は何をやってるんだろう」「劣ったものしか作れてないじゃないか」と焦ります。誰に言われなくても、勝手に焼かれます。

うちの子供たちは無邪気に、「鬼滅の刃」の二次創作ファンアート(イラスト)を見つけてきてはスクショして携帯でコレクションしたり、「鬼滅の刃」の二次創作の漫画や小説を「これって面白いんだよ」と私に見せてきます。二次創作はグレーゾーンのものとわかりつつ、でもどれも愛とユーモアに溢れていて、これほどまでに愛される作品とは、本当に素晴らしいな、と思うのです。

そして、「一方で自分は・・・」とどうしても思ってしまうのです。

「ママも鬼滅の刃みたいなの書けばいいのに」

と言う子供の軽口に傷つくのです。

素晴らしい作品を尊敬する部分と、そうやって嵐のように同じ土俵に引き摺り出される部分と、心の中で苦しい対立が起こります。

でも「そうだね」とはやっぱり言えない。それは私の物語ではないから。

まだ漫画が上手く読めない6歳男子に鬼滅の刃の22巻までを一緒に読んで、12月3日はお布団に入りました。

なぜこんな、好きな作品の発売に際して傷つかないといけないのかと思いながら、ベッドの中でスマホを見ました。

長く私のフォローをしてくださっているファンの方から、DMが届いていました。

「ちはやふる」の小説を書きました。
あわてて付け加えておきますが、わたしはこの小説で小銭を稼ごうとか、そういうのは一切考えておりません。あえて目標を口にするなら「末次先生の気分を上げること」でしょうか。

DMは長く、二次創作がグレーなものであること、それを作者に見てほしいということの迷惑を深く考慮している内容でした。私自身「ちはやふる」の二次創作は読んだことがなくて、あえて目にしないようにしているところがありました。
でもそんな夜だったので、お布団の中で1話1話読み進めました。

のろまな子 第1章 | 李 魔羽 #pixiv https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=14200134

「ちはやふる」の中の小さな登場人物、立川梨理華を主人公にした物語でした。「ちはやふる」の主要登場人物をできるだけ登場させない気遣いをされたこの作品は、立川梨理華の成長した末の苦しさと、新しい友情の物語が綴られていました。

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全10話。決して軽い気持ちでは書くことのできない、土台のしっかりとしたお話です。梨理華ちゃんは、こんなふうな高校生になるのか・・・。

ああ、そうなんだ・・・。ここがこうふくらんで、ここがこう繋がって・・・。
物語はこうやって紡がれるんだ・・・。

私も物語を作るのに、まるで初めて「生まれる瞬間」を見せてもらったかのように、「なんでも作れるんだ」「誰でも作れるんだ」「愛さえあれば」という気持ちになりました。

悔しい気持ちで焼かれそうになっていたお布団の中で。

「愛さえあれば」

何とも比べてはいけない「愛」があることを、一人の人の物語が教えてくれたのです。

ああ私は、私の作品を愛してくれて、寄り添ってくれる人がちゃんといることを、もっとわからないといけない。

そしてやっぱり、比較は毒でしかない。

「あなたはあなた」で「私は私」であり、それを颯爽と乗り越えていく強さを持ってしか、人の心を揺さぶるものは作れない。


12月4日は明け、書店ではどこも「鬼滅の刃 完売しました!」の張り紙。義理の母は朝刊を広げ「ここにほらこんなに大きく広告が」と見せて来て、TwitterのTLは「鬼滅の刃」の感想でいっぱい。

チリチリとまた焼かれそうになりながら、それでも読めば素晴らしい作品で、その完結を祝う輪に入ることをとても光栄に思うのです。
懸命で優しくて、読む自分の心にこんなに切ない愛が溢れてくる物語を、限界まで多くの人と分け合えることの奇跡を。
炭治郎と冨岡さんが、二人で剣を握り合うところなんて、こんなに美しいシーンはあるのかと言うくらいの震える上手さです。

でも、
嫉妬するほど素晴らしい漫画をそのまま抱きしめる強さをくれた、私のファンの方の短編に、最大級の感謝をしたい。

ありがとうございます。

まだまだ頑張って描いていきます。

伸びやかに、進んで行けますように。

私だけが読むのではもったいないので、「のろまな子」は公開してもらえますように。気分が上がりました。落ち込む時にいつも、また読みたいです。


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