見出し画像

「苦しくて楽しい」という感覚を何かに持てたら、間違いなくそれが才能のありかです

9月がもう虫の息です。
夏休みやお盆やドでかい祭りにあふれた8月の暴力的生命力のとなりで、「ちょっとゆっくりめにしてもいいんですよ」と言ってくれているような9月。
私は5月と並んで好きなのですが、その9月のいけないところは35日くらいまであっていいのに30日までしかないところ。もうちょっとゆっくりしたかった。この季節をのんびり味わいたかった。常温の水を飲み干すように日が暮れてゆきます。

7月から三ヶ月、ずっとネリネリしていた読み切りの物語がやっと形になろうとしています。久しぶりのアシスタントさんとの原稿仕事は全てリモートになったけど、クラウド上で誰かとカラフルな城を作るような気持ちで楽しい時間でした。


サイン会でいただいたお芋ポーチが可愛すぎる


読み切りを書くのが久しぶりすぎて、「これで行こう」と思ってからも描いては戻り、描いては戻り。

ああまだ足りない。
まだこの人の言っていることがこの人の言うべきことになってない。
この人の行動がまだこの人の行動になってない。

この物語の軸が分かっても、芯がわかってない。

行ったり来たりする毎日。ああだめだなあ。こんなところでつまづくのか。見えてないのか。才能ないんじゃないか。バカなんじゃないか。もう何にも素敵なものなんて作れないんじゃないか。

行ったり来たりする私を、私だけが見つめていました。
だめだなあと不安になる私だけが、私に「やり直せ」と言ってきます。

だめだと言うことがわかる。これではだめだと思うのだから、もっと良い物語が奥に潜んでる。私が信じるのは私の天才などでは到底なく、「これじゃない」と思う力なのかもしれません。

先日知人の漫画家Y先生と共通の友人と食事をする機会がありました。
その時「Tさんに頼まれて色紙を描いて来たんだよ〜」と言ってY先生が色紙を見せてくれました。
数人の女性が一緒に描かれた可愛い色紙です。
似顔絵にTさんは大喜び。
「Tさんの目って、眉と目が平行でキリリとしてて、とっても綺麗な目なんだなーって描いてて思った」とY先生が言います。

見てるようで見てないんだよねえ。ほんといつもはぼんやり見てる。描こうと思ってやっと特徴があることがわかる。だからみんな描いたらいいんだよ」

中身もお芋でおなかがぐー

ただ「見る」のと、「描こうと思って見る」ことは全く違うのです。

ただ「聞く」ことと「歌おうと思って聞く」ことも全く違うのです。

ただ「描く」ことと、「伝えようと思って描く」ことも全く違うのです。


行ったり来たりのネームの苦しさは、ガソリンがなくなるまで空ぶかしをする車みたいにどこにも行けないエネルギーの消耗戦。

でもその苦しさは、あるタイミングで実感をくれました。

「これじゃない」と思って戻る、書き直す、考え直す、対話をする、対話を繰り返す、言いたいことを整える、「これじゃない」と消してまた戻る。

一発で描けたらいいけど、何度も何度も戻りつつ編んでいくことは、物語を磨くことそのもの。

「苦しくて楽しい」という感覚を何かに持てたら、間違いなくそれが才能のありかです。世にウケる才能もウケない才能もあると思いますが、「苦しくて楽しい」とその場に居続けられる人しか真っ暗な地面を掘っていけません。空ぶかしの車の掘る地面は硬く厚く、誰も求めてないかもしれない大穴があいていくだけなのかもしれないけど、「苦しくて楽しい」と机に着く時間は幸せそのものでした。

労働なのかもしれないけど、娯楽でもあって、その点で「仕事だから…」と仕事場に行くのが後ろめたくもありました。
だって夜中に目が覚めたら仕事したいし、早起きしてでも仕事したいし、夜更かししてでも仕事したいし、「休みなよ」って言われても仕事したいんです。

なかなか進まない読み切りネームを書いていく中で、自分の長所さえわからなくなる時もあったのですが、これまでの仕事が冷静に言ってきます。

「長所は・・・書き上げるところだよ」

この「おさつバター雪の宿」!!!傑作だからみんな食べて

また誰も求めてない物語を描きました。いいか悪いか全然わからないのですが、私自身は楽しく苦しく描けたので、「あ〜楽しそうに描いてるな〜」って読み切りを読んでらえたらいいなと思います。

11月過ぎに、どこかで出ます。待っててね。



追伸:
MAD HOUSEさんの50周年記念で行われた人気投票で「ちはやふる」が上位に選出されて、その中でまた行われたキャラクター人気投票で真島太一が一位になってしまったので、「太一本」なるものが発売していただけることとなりました。すごい。光栄。そして、どゆこと。

その中に掲載してもらうイラストを描いたのですが、それをうっかりSNSに上げてしまったので(上の3人ジャンプのイラストです)、もう一枚追加で書き下ろしのイラストを描きました。掲載されるのは未発表じゃないとアカンかったんです。本当に軽率で申し訳ないです・・・。でもみんなに見てもらいたかったん・・・・。

そんなわけで、太一本に新しいイラストが載るので、もしよかったら予約して読んでもらえたら嬉しいです。
予約しないと手に入らないそうで、それも10月1日まで。明日じゃないですか。
9月よ、終わらないで。

ここから先は

298字 / 1画像
多分長生きしてしまうので、ひみつのないしょ話に付き合ってくれる愛情深い人だけ購読お願いします。ちはやふる基金の運営と、多方に寄付活動もしているので、その寄付先を増やします。どんな方が読んでくださってるのか知りたいので、コメントくださったら覚えます。

末次由紀のひみつノート

¥800 / 月 初月無料

漫画家のプライベートの大したことないひみつの話。何かあったらすぐ漫画を書いてしまうので、プライベートで描いた漫画なども載せていきます。

サポート嬉しいです!ちはやふる基金の運営と、月に3本くらいおやつの焼き芋に使わせて頂きます。