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「素直に勝るものはない」っていうのなら、なりかたを教えてよ、と思い続けていたら見えてきたこと

「甘いものが好きな人の口の中をしていますね」

久しぶりに訪れた歯医者さんは100発100中の占い師のようにレントゲンを見ていた。

4年間3ヶ月おきに通っていたのに、ふとしたタイミングで定期検診の予約を失念してしまってから2年半が過ぎていた。

「飴とか、食べてますね・・・?」
「飴じゃなくて、チョコレートとかを食べてました。夏は…」
「夏は・・・」
「秋から冬は、焼き芋を食べてます・・・」
「焼き芋・・・・」

レントゲンをじっくり見て、「こことここが問題で、もしかしたら神経をとってしまうかもしれないけど、できる限り温存する方向で行きます」と言う医師の方針は相変わらず「歯を守る」という強い信念に貫かれていて、簡単にはあきらめない。

その方針が好きで通っている歯医者さんだった。

歯のクリーニングをしてくれる歯科助士さんに歯石や歯ブラシで取り切れない汚れをとってもらって、ピカピカになった歯を見ると、歯にとって虫歯菌と同じように悪さをしていたのは、他でもない自分自身だったことがわかる。


・・・・・・・

最近「素直」ということについてよく考える。

「人間やっぱり素直が一番」というような文を目にすることが度々あるからだ。

私自身、自分が子供を育ててて一番強く受け取った学びは、びっくりするほど強烈に「素直に勝るものはない」ということだった。

朝、目が合ったら赤ちゃんが「あなたにまた会えて嬉しい」と笑う。毎朝どころか、瞬間ごとに笑ってくれて、「あなたに会えて嬉しい」と声ではない温度で伝えてくる。「大好き」「あなたがいなくて悲しい」「会いたい」が200キロの綿菓子のように心に飛んでくる。飛んできて溶ける。

それが相手に与える肯定感のすごさ。「素直」がくれる安心感のすごさ。

でも、

素直が大事だっていうけど、じゃあどうやったら素直になれるのか教えて欲しい。大人になってからの素直になり方を教えてよ。

そんな声が自分の奥からも聞こえてくるので、ずっと考えていた。

子供の幼児性が弾ける瞬間はいろいろあるけれど、その一つに「奥歯が見えるほど大きな口を開けて笑う」がある。

大人にはもうできない「奥歯が見えるほどの笑顔」。

口の中を見せることは恥ずかしいことだというマナーや常識ももちろんだけど、「甘いものを好きな人の口の中ですね」と歯医者さんに喝破されるように、口の中にも人間性が出る。

歯磨きをサボるだらしのない人かどうか、歯列矯正をした家の子かどうか、タバコを吸う人かどうか、詰め物の金属のランクでも読み取れるものは出てきてしまうだろう。

見せられない。見せたくない。

それは自分を「よく見せたいから」。

定期検診をサボり続けてるな〜〜と2年半薄目で見てみぬふりをし、9月に親知らずに虫歯を発見してから歯医者さんに行く決意をするまで3ヶ月を要す。そんなふうに「できれば行きたくない」歯科は、ダメな自分と対峙しなければならない場所なのだ。

歯医者さんに見せたくない口の中を大全開で見せて、レントゲンまで撮られて、問題点を洗い出してもらい、生活習慣の見直しまでしてもらって、磨き残ししやすいブラッシングの癖も解明してもらい、見てみぬふりしていた自分のダメな部分を全部言葉にしてもらって、クリーニングしてきれいにしてもらった歯を見て思う。

客観的に判定され、強みと弱みを認識し、準備をされた口なら開けられる。

同じように、大人の素直には客観的視点と準備が必要なのだ。

内臓まで見せろという話じゃない。

奥歯まで見せるには、「悪くなってるところを理解し、可能ならば直し、『治療してあるから大丈夫なんだよ』と言える」というところまで持っていく努力が必要なのだ。

子供特有の「スキもキライも全部わかってよ!」という暴力的な素直さを大人は振るうべきじゃない。

自分のいいところも悪いところも、大体わかって言葉にできるレベルの準備をして人と接することが、技術的に近づける大人の素直さなのではないかと思う。

自分は何で喜び、何で怒り、どんなことが得意でどんなことが苦手かを、言葉にして捉えることができているか。

何を恥と思い、何で傷つき、どんな癒しを求めていて、どんな人に焦がれるか。

自分を正直に見つめることなくして、虫歯ができやすい自分を変えることはできないし、素直になれることもない。

素直さを晒した結果、どう思われるかも大体わかってる、という認識で晒す「奥歯まで」の素直さ。

胸の中や腹の中はもっとぐちゃでも、口の中までを人に見せる線引きで生きてる人には、吸い込まれるような引力がある。

見せない胸や腹の奥に、確実に「自分」を持っているのがわかるから。

「自分」を胸や腹に留めおきつつ、人を受け入れる口腔たるや、どれほど風通しがいいことだろう。

「奥歯まで見える笑顔」ができるほどに、心も口の中も整えていきたい。

歯医者の予約を入れ続ける限り、謙虚で素直な自分でいられる気がして、来年の予約を入れた。

私の通う「歯をとことん残したいと願う」歯医者さん、サイコーすぎて「クーベルチュール」という短編集にも歯医者さんのモデルとして登場してもらいました。よかったら読んでみてくださいね。

https://www.amazon.co.jp/クーベルチュール-2-BE-LOVE-KC/dp/4063804496/ref=nodl_


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