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私的育休日記10 寝かしつけのこと

生まれてから1か月間、殆どの親は子どもに起こされてまともに睡眠をとることが難しい。それが段々落ち着いて、大人と同じ睡眠リズムになるのだと思っていた。幸い我が娘も、夜起きる回数は徐々に減っていき、授乳せずとも7~8時間位は寝てくれるようになった。

ところがここ1~2週間だろうか。寝かしつけのタイミングで激烈に泣き、両親の手を焼かせるようになった。何をしても泣き止まない。妻が添い乳をすれば寝ることもあるのだが、私には為す術がない。妻が風呂にいる間は延々泣き放しで、抱っこをしたり背中をなでながら、泣き疲れて体力が尽きてしまうのをただ待つのみである。結構苦しいのだが、朝になるとケロッと泣き止んでしまうので、病院に連れて行くわけにもいかない。

今日も変わらず、娘は極限まで声を張り上げて泣いた。寝たくないんだと思う。寝るのが怖いのか、つまらないのか、とにかく嫌だということを訴えている。それだけは分かる。風呂上がりの妻が添い乳をしてくれたおかげで、少し寝る。しかし、1時間ほど経って起きてしまう。妻はもう寝てしまっている。

私は、大泣きの娘を抱き上げて立ち上がり、小刻みに揺れてみる。いつもやっていることである。けれど今日は既に疲れていたんだろうか(池袋に出かけて、外出先でもギャンギャンやった)、私の抱えた腕の中でウトウトし始め、徐々に泣き声が引いていった。そして、しまいには目をつぶり、かすかな「すやぁ」が聞こえてくる。私は自分の体内から親ホルモンが分泌されるのを感じる。我が子の安らぎに呼応して我が身も安らいでいる。こんな気持ちになるんだろうなと思っていたが、予想を遥かに超える優しい気持ちに満たされる。この実感は親にならないと分からない。そして多分、育児にしっかりコミットしないと味わえない(泣き声に煩わされなければ分からない、とも言えるだろう)。幸せな気持ちで、自分の胸に寄りかかる小さな子どもの寝顔を眺め、そのまましばらく小刻みに揺れた。

ここで1つの問が私を悩ませる。それは「いつ娘を布団に下ろそうか」という問である。娘は、というか多くの赤ちゃんが、抱っこされているときは大人しいけれど、布団に置いた瞬間にギャン泣きを発動することがある。今日も何度もそれをやった。抱っこして泣き止んだから、置く、そしてまたギャン泣きされる、また抱っこする、今度は泣き止まない……こうしてゴールはどこまでも遠ざかる。夜泣きのケアについては、苦労が全く報われないことがしばしばある。今日の私は、初めて安らぎの寝顔を抱えている。これを崩壊させて良いのか。あるいは、もう布団に置いても気づかないほどに深く寝入っただろうか。「すやぁ」と聞こえてた時点でOKかと思いきや、娘は親の期待を裏切るのが大得意なのである。

結果、あれこれ考えながら5分位して、私は娘を布団に置いてしまった。私の胸で寝るということは余程眠いのだ、という判断による。果たして娘、そのままスヤスヤと寝てしまった。泣き声による非難を受けずに済むこと、そして何より娘が安らかに寝られること。色々な意味でホッとさせてくれる、娘の寝顔である。

しかし安心したのも束の間。さっき寝室から、娘の泣き声に似た寝言が聞こえてきた。起きるのか。緊張が走る。寝た。怖い夢でも見てたのか。かわいそう。どうか安眠を続けてくれますように。

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