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【SS 歩道橋の願い】

あるところに、古い歩道橋がありました。ペンキがはげて、錆びが浮かんで、みすぼらしい姿でありました。すぐ下に横断歩道があるので、歩道橋を渡るひとは、誰もいません。

「さあみんな、手を上げて横断歩道を渡りましょうね!」
「はぁーい!」
「横断歩道さん、いつもありがとう!」
「ありがとう!」

お揃いの帽子をかぶった保育園の子供たちが去っていきました。

「誰もわたしを使ってくれないなあ。寂しいなあ」

下校時間になって小学生がやってきました。

「渡っちゃおうぜ」
「信号なんか守んなくていいよな」
「車来ないもんな」
「横断歩道、いらないんじゃね?」
「それよか歩道橋、なんの意味があんのこれ」
「ダッセェかたち」
「ゴジラに踏まれろ」
「ぺちゃんこになれ」
「バーカバーカ」

ゲラゲラ笑いながら走っていきました。

「言われる通りだ…わたしは何のために立っているんだろう。誰の役にもたたないのに」

子供を保育園に迎えに行く忙しいママさんが5人、自転車でやってきました。

「こんばんはー」
「おつかれさまー」
「来週は運動会ねえ」
「まだ何にも用意できなくて」
「うちもうちも」
「ああ、この歩道橋邪魔ね。信号待ってるときに自転車が引っかかるのよ」
「ほんとほんと、これがなかったら、もっとみんな楽々広びろ道を渡れるのにね」

ママさんたちは文句を言い言い、去っていきました。

「誰にも使われないだけではない。私がここに建っているだけで、みんなの迷惑なのだ」

ビルとビルの間から、月がのぼってきました。

「月は、わたしの上からよく見えるのだがなあ」

自撮り棒につけたスマホをくるくる回しながら、ほろ酔いのカップルがやってきました。

「ねーえ、セルフィーしよ」
「夜だよ、バーカ」
「いいじゃん、ピンクムーンだからさ、撮ろ」
「なあ、ピンクムーンもクソも歩道橋がじゃまで入んねえじゃん。歩道橋どけろよ」
「あはははっ! あんた面白い! だから大好き! ほーんと、こんな歩道橋、倒れちまえー。えーい!」

女が歩道橋を蹴っ飛ばし、カップルは、もつれあいながら去っていきました。

「痛くない…痛みも感じないのだなあ、わたしは。ああ、こんなに、月がきれいなのに」

歩道橋は月が西に沈むまで空を見ていました。

「誰でもいい、一度でいい、歩道橋はすごいな、歩道橋があってよかったな、と言ってくれたらなあ。それだけが、わたしのたったひとつの願いだ」

歩道橋の独り言を聞いていた横断歩道や信号機や、郵便ポストなどが、口々に言いました。

「アッハッハ! あるもんか、そんなこと」
「お前の願いなんて永遠に叶うものか」

歩道橋は誰もが渡ってくれなくても、どんな罵声を浴びせられても、小さな願いを胸に、建ち続けました。

それから、
長い時間が過ぎました。

ピンクムーンの夜でした。

「よし、わたしは、歩道橋、なのだから、自分が歩こう」

歩道橋は錆びた鉄骨をギシギシ言わせて一歩を踏み出しました。朝も昼も夜も、次の朝も、次の夜も、ずしん、ずしんと歩きました。

誰もいません。車も通りません。
みんなどこに行ってしまったのでしょう。

歩いて歩いて、そして歩けなくなって、それからまたたくさんの朝と夜が過ぎました。

歩道橋は眠っていたのでしょうか。
ふと、ボロボロのカラダに、スルスルとツルのような植物が這い上がってくるのに気づきました。

「うわあー! 高いなあ!ここはたくさん絡むところがあって楽しいな。ぼくはここできれいな花を咲かせよう。みんなあつまっておいでよ」
「まあ、あんなに月が大きくみえるわ。ここは、なんて素敵なところなんでしょう。これからずっと、ここで花を咲かせましょうね。よろしくね、小さなお山さん」

歩道橋は心で叫びました。

「かなった、かなった、わたしの願いが」

それきり、歩道橋は、二度と歩きませんでした。

(了)

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