#54 違うけど同じだから対話できる

引き続き「雑談」で出た話。同僚がある分野の職業の方と話したとき、「同年代なのにここまで詳しく知っていてすごい、負けてられない」最近感じたそう。それに対して「すごい、って感じられる時点で十分知識がついているのでは?」と返した。同僚はそれに納得してくれたようだ。

また、その前に、「◯◯高校や⭐︎⭐︎高校はとても面白いことをしているから、もっと倍率高くなってもいいのに」と言う話をした際に、同僚が「その面白さがわかる人とわからない人がいる」と返してくれていた。

ある同じことを見たり、聞いたり、体験したりしても、当たり前だが人によりそれらをどう受け取るかは異なる。「知識を持っている」であるとか「面白いと捉える視点をもっている」であるとか、今回の「雑談」で出た話そのものが異なる理由だろう。

対話はその「根」の部分を意識しないといけない。以前のポストで、「私と同僚は意見が真逆なこともある」と書いたが、「根」の部分では同じである。だからこそ、「雑談」が対話として成立しているのだと思っている。

会議などでうまく折り合いをつけられそうでないときには、この「根」の部分を意識するよう促すことが、ファシリテーターの役割のひとつなのだろうと感じた。

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