幸せになろうね

幸せになろうね   作:高木優至
 
 
   娘が実家に帰って来る。
 
折角の連休に実家にしか来るとこ無いなんてほんと寂しい娘だわ。その若さならもっと楽しい事なんていくらでもあるでしょうに…お茶しかないけどいい? 
 
で、今度は何? あー、はいはい。もう4回目。それ今年入ってから4回目だわ。実咲。健君が休みの日にグータラしてるのは今に始まったことじゃないでしょ? あんね、あんたの父さんなんて家の事なーんにもさっぱり、本当にこれっぽっちもしなかったんだから。それに比べたらあんたなんてまだまだ恵まれた方よ。ゴミは出してくれるんでしょ? 子供の面倒だって見てくれるし、たまに料理だって作ってくれるんだよね? それでたまの休みにグータラしてるくらい、可愛いもんじゃない。
 
あんた覚えてる? 父さんとお出かけした日の事。…でしょうね。だってあんたたちと出かけた事一度もないんだもの。いつもあんた達の面倒を見るのは私。たまに私が友達と出かける時だって、あの人いい顔しなかったんだから。
 
それにあの人。結婚してすぐの頃なんてさ。友達と飲みに行った帰り道に道路の真ん中で大の字になって寝てて…菅野さん。覚えてる? そう、あの何かと口うるさい菅野さん。もうホント口うるさくてあのババア、今思い出しても胸がムカムカする。何度ゴミ捨ての時に後ろから蹴り飛ばしてやろうと思った事か。いや、そんな話はどうでもいいのよ。
 
その菅野さんが急にうちのピンポン鳴らしてきてさ。「お宅の旦那さんが道路で寝ててタクシーを止めてるわよ。」って。慌てて走ったわよ私。で運転手さんに平謝り。
…ね? 健君はそんなことしないでしょ? あんたホントに幸せ者よ?
 
何? 使った物も出したまんまで片づけない? …ねえ。あんた父さんが家事してる所、見たことある? 無いよね? そんなに散らかす人ではなかったけど、その代わりに一切家の事はしなかったからね。わかる? 全部一人でやる大変さ。あー、全然わかってないわ。わかる訳がないよね。だって全部自分でやってないんだもん。
 
いい? 美咲。「飯。」って言われて作ったのに、あいつはそのまま寝ちゃってさ。何も言わずに残り物にラップをする私の気持ち。わかる? 悲しいよ~。かと思えば私の作った料理を見てさ。「インスタントラーメンがいい。」とか言い出して目の前でラーメン食べられるこの私の気持ち! わかる?! あーもうやってらんないわって思ったけど、あんたたちがいる手前頑張ったわよ私。頑張ったの。頑張ったのよ。
 
ありがと。そう言ってくれるだけで、ちょっと救われた気がするわ。
…そうだね。何で結婚したのかね。好きだったのよ。それでもあの人の事。今思い出しても酷い事ばっかり…それでもね。それでも嫌いになれなかったのよ。あんな人なのにね。何でかなぁ。
 
夜中にね。知らない女から「旦那さんはあなたの事愛してるのよ。」とか訳の分からない電話はくるし、水曜日は意味もなくどこかに泊って来るし、携帯見たら女とのイチャイチャメール残ってるし。挙句の果てには向こうから「別れてくれ。」…だって。
バカだよね。本当にバカだ。それでもあの人の事嫌いになれないんだもん。…何がいけなかったのかなぁ?
 
いい? 美咲。あんたの事を大事にしてくれる人は、全力であんたも大事にしないとダメ。完璧な相手なんてどこにもいないのよ。今目の前にいる人を大事にしなきゃ。何にも大事にできないよ。あーあ、私も色んな人から聞いてたはずなのになぁ。
本当にね。本当に居なくなってからじゃ遅いんだから。あんたはまだ間に合う。いい? 実咲。絶対に母さんの真似しちゃダメだよ。なんせ、あんたは一番私に似てるんだから。
 
ねえ実咲。幸せになろうね。

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