捨てる者あれば拾う者あり

捨てる者あれば拾う者あり   作:高木優至


(通勤途中。)

ん? 何だこれ? 

普段なら見向きもせず素通りしてしまう所だが、なぜだか今日は気になって拾ってしまった。お札(さつ)かと思ったがお札ではない謎の紙きれ。いつもならすぐ捨ててしまう所だが、何故だかこの日はポケットに入れてしまった。今思えば、全てはここから始まったんだ。

金じゃないのか、まいいや。余計な事して電車乗り遅れたら洒落にならんからな。

私は駅へと歩き始めた。そう普段通りにいつもの道を。なのに、いつもとは違う出来事が私を待っていた。

(鳥の糞の音)うわっ! え? マジ? 鳥の糞かよ。いや、マジ無いわ! っざけんな、マジで。うわ、うわうわうわ。どうしよ。ティッシュ…ティッシュねぇや。いや、こんな事なら昨日駅前で配ってたの貰っとけばよかった、マジで。テンション下がるわー。

あ、あの。すみません。もしよろしければ、ティッシュとか持っていたら貸していただけないでしょうか? (悲鳴を上げられる)え!? あの、何で悲鳴? あの、決して怪しい者じゃなくてですね、ティッシュを。いや、変態じゃないわ! 何もしてないでしょうが! あ、あの、えーと。ごめんなさい!

私は走って逃げた。全力でその場から逃げ出した。“何で謝ってんだ? 違う! 俺じゃない! っていうか何もしてないし。“そんな言葉が何度も頭を駆け巡った。いやいやいやいや、通勤途中で変質者の冤罪とかマジで洒落にならんし。やめてくれよ。そして出会ったんだ。最悪の奴に。

(人にぶつかる。)うわっ! あ、ごめんなさい。急いでたもので。大丈夫ですか? あ、よかったー。お怪我は無いですか? あー、これで知らない人に怪我なんかさせてたら、マジで今日は厄日でしたよ。すみません。前見てなくて。本当にごめんなさい。

何か謝罪できるものでもあればいいんですが、あいにくと何も手持ちがなくてですね…え? 「あなたの幸せ私にください。」って怖っ! え? 急になんですか? え? ホラー? ホラーなの? 急にホラー来た?

(名刺を渡してくる。顔に来る虫を気にする。)…え? あ、はい。貧乏神…貧乏神!? ってあの貧乏神? え、嘘。ってなんでこんな所にいんの? え? 持ってますよね?って何を? 別に何も持ってないですけど。お札みたいなもの。え…ひょっとしてこれの事ですかね?

あ、そうなんだ。じゃあ、あの、これお返しします。…あれ? 離れない。一度手にすると二度と手放すことはできない…って、呪いの装備かよ! いやこれ絶対ヤバヤバじゃないですか! 嫌ですよ。これはお返し致します。

無理って何ですか?無理って。曲がりなりにも神様でしょ? あの、先程からちょっと気なっていたんですけど。この地味にずっと顔に虫がぶつかって来てるのって、ひょっとしてあなたの仕業じゃないですか? うわ、やっぱそうなんだー。

あの、何とかしてもらえませんかね? いや、無理って何?無理って。Why? 何故? これだから三流はもう…いえ、何でもないです。いや、死ぬのは無理です。無理ですよ。全力で無理です。おいおいおい、死ねばすべて解決とか思ってんじゃねぇぞ、このA4野郎が! いや、雑神ってことだよ。いちいち説明させんじゃねぇよ、恥ずかしい。

はいはいはい、ちょっといいですか。人間、死んだら全部終わりなんです! そもそもあなた達と私達人間は違うんだから。いや、極楽浄土とか、輪廻転生とか、耳障りのいい言葉引っ張り出して来てんじゃねぇよ。貧乏神なんだからそもそも管轄外だろ。

いや、融通は利かすって、どうしても私を殺したいのか? 私の死ぬところが見たいのか? いやいやいや、そもそも死ぬ以外の選択肢はないの? そう、死ぬ以外の。

一つだけあるって、最初からそっち言えよ! で何ですか? …はい、それは? …それは? (間)おいー! ひ・み・つとかそういうの今いいんで。どうすればいいんだよおい。何したらいなくなってくれんの? お願いだから教えてくれないかなぁ? お願いします。本当にお願いします。え、特別に? いいの? ありがとうございます! はい。はい。へー。

私は貧乏神に言われた通り実家へと電話をした。

あ、父さん? 久しぶり。母さん元気にしてる? 今年はお盆に実家帰るわ。あ、うん。たまにはご先祖様にも挨拶しておかないとさ。うん。

私は日常を取り戻した。何が理由かはわからない。私はただ貧乏神が言う事を、言われるがままにやっただけだ。神様の気まぐれなのか? わからない。ただ…久しぶりに実家に戻ると、父さんと母さんが、何かいつもより笑顔でいる様な気がした。何でかな? 何かふと、そんな気がしたんだ。

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