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短編ホラー小説。『本当に怖いもの』

あれは私が小学校5年生の時でした。
夏休み、私は離婚した母と一緒に、母方の祖母の家へと引っ越す事になりました。
丁度、祖母は閑静な住宅街に立つ一軒家を知人から格安で購入したばかりで、親子二人が増える事自体は物理的には何の問題は無いとの事でした。

『ほら、綾音。明るいでしょ』
祖母が案内した6畳一間の洋室は、窓から差し込む明るい日差しに包まれていました。
『うん。おばあちゃん、ありがとう』
私は感謝の言葉と同時に窓へと駆け寄りました。
これから長く付き合う事になるであろう、2階からの景色。まずはそれを見てみたいという衝動が抑えきれなかったのです。
『……』
ですが、何も言葉が出ませんでした。
私の瞳に写ったのはコピペしたかのような家々が立ち並ぶ何気ない景観。ですが、ほんの僅かな違和感が私の肩を叩いたのです。
『おばあちゃん、アレは何?』
真新しい住宅街の中に、ポツンと佇む古びた平屋建て。色褪せた群青色の瓦屋根のまわりには蔦のようなものが這っていました。私が指さした先に気付いた祖母があからさまに眉を顰めました。
『あれはね、幽霊が出る家なんだよ』
『幽霊?』
『…..いいかい。あの家の近くに行ってはいけないよ。あとはね、外であの家の話もしたらいけないよ。呪われるからね』
かつて見たことがない祖母の真剣な表情。私は得体のしれない恐怖を抱きながら、無言で頷きました。

ですが、どうしても気になった私は、つい、『幽霊が出る家』に祖母の目を盗んで近づきました。
 
間近で見るその家はさらに薄気味悪く、家を隠すかのような背の高いブロック塀で囲まれていました。手入れされていない庭、玄関前から溢れた色々なゴミ。私はなんだか嫌な気持ちになって背を向けようとしました。その時です。
『おねぇちゃん。可愛いねぇ….何年生だい?』
ぼろぼろの服を纏った老女が、『幽霊が出る家』の玄関の前に立っていました。
『幽霊だ!』
怖くなった私は、一目散に家までかけ戻りました。
……大変だ。目を合わせちゃった。どうしよう。家まで着いてきたら。
私は布団をすっぽりかぶり、お経を唱え続けました。
それから老女は幸いにも枕元に立つ事はなく、私は二度とあの家に近付くまいと、反省し、祖母の言いつけどおりの日々を過ごしました。
『幽霊が出る家』の事を忘れかけたある日の事。
学校から帰ってきたら、沢山の重機が『幽霊が出る家』を取り壊していました。
驚いた私が、『幽霊が出る家』に近づくと、
周りにいた綺麗な服を着た女の人達がコソコソと何かを話していました。
『孤独死?ってやつね。身寄りがなかったから』
『ちょっと頭もおかしかったみたいでしょ?』
『申し訳ないけど、やっぱりみんなの言う通り、子供達には『幽霊がでる』って言っておいてよかったわ』

大人になった私は今、考えてしまうのです。
本当に怖いものは何なのだろうか、と。













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