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隙間に花 その1


花を植えている。

今日はピンク色のシクラメンを植えた。

あの人との思い出の花など、特にない。
ただ、その喪失に気付いた季節に咲く花を
ホームセンターの売り場の中から選ぶだけだ。

喪失は確実に訪れる。
そしてその瞬間を意識的に見つめることもあれば、
過ぎ去った後、振り返るしかできないこともある。

例えば誰かと巡り会って、
その人といる時間が積み重なるということは、
その分誰かが私たちの傍から消えたということ。
時間が積み重なれば積み重なるほど、
私たちは今までの誰かを、大きく手離している。

私は、その誰かが消えた"隙間"に花を植える。

弔った気になるのだろうか、
それは分からないけれど、
ただ、気付くと新しい誰かが私の傍にいて、
振り返ると喪失の音がする。
だから、その喪失に名付けるように花を植えるのだ。

その花も、いつかは枯れる。
花が枯れ、喪失が完成に近づいても、
記憶だけは残り続ける。
そして、記憶の中の人と再び巡り会うことだってある。
来年咲いた花が、今年植えたものと同じ花なのかどうか
一体誰に分かるのだろう。

本当なら、隙間は隙間のままでいい。
無理に彩る必要はないし、覚えておく謂れもない。
だけど、新しい出会いに包まれた黄色い季節に、
気付くとその隙間は悲しい色をしている。
だから、その瞬間少しだけ、色を足したくなるのだ。

今日のシクラメンは、半年後には枯れているだろう。
それでも、あと数ヶ月は、鮮やかな桃色を放つ。

檸檬の花は、まだ咲かない。

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