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2022年 新譜お気に入り ③

「今年は豊作」と毎年言ってる気がするので、もはやこのリリースペースが標準なんじゃないかとも思ってしまうが、まぁ2022年の新譜お気に入りアルバムの感想記事、第三弾です。

Whatever The Weather / Whatever The Weather (2022)

UK新世代ビートメイカーであるLoraine Jamesの変名プロジェクトはIDM名門Ghostly Internationalからのリリースで、アンビエントをベースに所々でビートミュージックを挟むようなアルバム構成。周囲に溶け込むかのような透明感のあるサウンドスケープがやっぱり特徴的で、春の穏やかな気候に似合う柔らかなサウンドから少し肌寒いピリッとするような空気感のサウンドまで、オルターエゴ/アルバムタイトルである「Whatever The Weather (どんな天気だとしても)」に似合うかのように様々な表情を表す。セルシウス温度で統一された曲名もそんな雰囲気とマッチする。M2, M3, M8, M9などのIDM的なビートからは知性と躍動感の両面を感じずにはいられない。正直本家より好きだ。

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Croatian Amor / Remember Rainbow Bridge (2022)

Croatian Amorはデンマーク・コペンハーゲンを拠点とするLoke Rahbekのプロジェクト。Loke Rahbekは他にシンセポップバンドLust For Youthや、IceageのメンバーとのVårなど、複数のプロジェクトをやっていたりする。
本作はCroatian Amor名義での8作目になるのかな?2013年から継続的にリリースしていることからも、Croatian Amorは彼にとってメインとなるプロジェクトと思って良さそう。
内容としては繊細さと躍動感を兼ね備えた実験的エレクトロの良作で、幼少期から成熟した大人になるまでの人生の旅、その間に経験する感情の大幅な揺らぎをパッケージしたかのようにエモーショナルなIDM作品。アンビエントトラックとダンサブルなリズムトラックがあり、憂いと煌めきを感じるメロディアスな旋律が特徴的。この辺りはLust For Youthでの音楽性も大きく影響しているのかもしれない。結構お気に入り。

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masafumi sato / 群像 (2022)

猫ジャケが印象的な、東京のアンビエントアーティストmasafumi satoの2ndアルバム。自分はツイートで流れてきたこの猫ジャケに目を奪われて試しに聴いてみた口なんだけど、これが大当たりのニューエイジ/アンビエントだった。もう本当に素晴らしいサウンドテクスチャー。程よくシューゲ感のある泡のようなノイズも、自然の中に溶け込むような透明感のあるサウンドスケープも、一音一音全てが一級品。自分は晴れた日にこれを聴きながら散歩するのが本当に大好きだった。ジャケットのブルーの色合いも素敵。今年マストのアンビエントアルバムだと思う。

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Father John Misty / Chloë and the Next 20th Century (2022)

「いつの時代の音楽ですか???」

これが率直に最初の感想。Fleet FoxesのドラマーでもあったFather John Mistyのニューアルバムはまたそういう意味で相当に突き抜けた一作となった。クラシック中のクラシックな雰囲気は、まるで古い映画で使われていそうな50年代や60年代前半のラウンジポップス/スタンダードナンバー。ただし、録音だけ現代水準みたいな。この柔らかく繊細で温かい音楽を聴いていると、レトロなカフェに足を運んでブラックコーヒーでもしっぽり飲みたくなってくるし、なんか思わず笑みが溢れてきてしまう。思えば50年代以前のポップスってFrank Sinatraくらいしか聴いたことないなと思い、そのうちに色々と漁ってみたいなと思った。

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Destroyer / LABYRINTHITIS (2022)

90年代から活動するカナダのSSW、Dan BejarのバンドであるDestroyerの13枚目となるニューアルバム。全てを聴いてるわけではないが、Destroyerは2011年の名盤「Kaputt」で知ってから過去作も含め色々聴いたけど、今作は「Kaputt」以降では最も好評なアルバム(個人的には前作も大好きだったけど)なんじゃないかな。

ドリーミーなシンセやエレクトロニクスとバンドサウンドの融合というのが基本設計だけど、今作はなかなか風通しの良いサウンドになっているなというのが第一印象で、M3 "June"、M5 "Tintoretto, It's for You"、M7 "Eat the Wine, Drink the Bred"、M8 "It Takes a Thief"と70年代のディスコシーンを意識したかのようなダンサブルなファンクチューンがいつも以上に散りばめられていてかなりキャッチー。ファンク、ディスコ、AORを通過した音楽ということで、70年代後半〜80年代前半の山下達郎をはじめとした日本のシティポップにも近い音楽性かもしれないが、Destroyerはニューウェイブ的な尖った感性も持ち合わせており、そこが更なるロマンティックさを醸し出してて良いなと思う。よくある前半にアゲて、後半尻すぼみになるというものではなく、むしろ徐々にアゲていくアルバム構成もかなりグッド。

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The Smile / A Light for Attracting Attention (2022)

RadioheadのThom YorkeとJohnny Greenwood、そしてUKジャズバンドのSons of Kemetのドラマーも務めていたTom Skinnerによるバンド、The Smileのニューアルバムは率直に快作だと思う。音楽性としては、雑に言うと「Hail to the Thief」、「In Rainbows」、「A Moon Shaped Pool」の良いとこどりのようなバンド主体の音に、Tom Skinnerのアフロテイストも感じさせるドラムが色を添えるような形だ。人によって賛否ありそうだけど、自分がこのアルバムを割とポジティブに捉えているのは、やりたいことを発散するような、そんなフレッシュなエネルギーを感じる点が理由だ。Radioheadでも十分可能な音楽だとは思うが、あまりに巨大になりすぎたバンドから離れることでしか、この新鮮さは醸し出せなかったんじゃないかと思う。もちろん、何か発明的なコンセプトがあるわけではないので、Radioheadのニューアルバムとして聴くと物足りなく思うかもしれない。ただ、純粋にThom Yorkeの幽玄な歌声、ジョニーの解放的で切れ味鋭いギター、Tom Skinnerが刻むパワフルで巧みなリズムの絡み合いは素晴らしく、昨今のUKポストパンクシーンの音楽とも邂逅するようなスリルも味わえる。個人的にRadioheadのサイドプロジェクトとしては最も優れた作品の一つだと思う。

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Kendrick Lamar / Mr. Morale & The Big Steppers (2022)

M1 "United Grief"で自身が言及しているように、1855日ぶりのニューアルバムはTDEからの最後のリリース。全世界が待っていたと言っても過言ではない、スーパースターの新譜はリリースされるなり、賛否両論が巻き起こる物凄い喧騒を引き起こしている。この作品で語られるモチーフはLGBTQ、家庭内性的虐待、キャンセルカルチャー、メンタルヘルスと多岐に渡るが、そのような社会的背景や彼自身の経験も扱いつつ、真の主題としてはケンドリック自身が多くの人の過大な期待に応える立ち位置から降り、今後何を大切に生きるかを改めて表明するアルバムだと思った。それは家族とその仲間たちになるのだろうが、個人的にはそんなケンドリックの姿勢にひじょーーーーに好感を覚えている。

前作DAMN.がメインストリーム的なポップさ、キャッチーさを売りにしていたことを思うと、今作のサウンドはかなり地味・・・な括りになると思う。全体的にトーンは抑制され、ものすごく分かりやすいキャッチーな曲は無い印象。ただ、Disc 1、Disc 2と統一感はあるし(Disc 2の方がオーケストラも駆使して祈りっぽい雰囲気を感じる)、ビートスイッチやケンドリックの多彩な声色を駆使した表現方法は改めてクールで、アルバムとしての完成度は非常に高いと感じた。今回のクレジットでとりわけ注目されたのがDuval Timothyの参加で、彼のピアノの音色は繊細な印象を加えるとともにどこか不穏な雰囲気も孕んでおり、アルバム全体の色付けに貢献している。そして、シンプルに録音がとても良い。低域、中域、高域とキレイに音が鳴っているように感じて、相変わらず変幻自在でキレキレのケンドリックのラップも合わさって、正直リリックの内容云々を考えなくても永遠と聴ける(こういうソウルサンプリングのヒップホップがそもそも好きってのはある)。ただ、やっぱりそこはケンドリックというか、リリックにも向き合わなきゃいけないんだろうと、最近は(根性がなくて)普段はあまりやらないGeniusなども確認しては色々と思う毎日を送っていた。

というわけで、ここからは特に印象的な曲についての感想を。
M1 "United In Grief"
Duval Timothyのピアノとヴォーンと入るベース音、突如スイッチが入って主役に踊り出すビートがめちゃくちゃカッコよく、いきなり心をつかまされた。リリック的にはこのアルバム全体で語られるテーマが散らばっており、さまざまなトラウマ、不安、悲しみから心の平穏を取り戻す物語である本アルバムの導入に相応しい。

M5 "Father Time"
Samphaのフックがとにかく印象的。ヴァースではブリブリに低音が効いたトラックで、ケンドリックが幼少期に受けた父親のしつけの問題について早口でラップする。父親は前時代的というべきか、男たるもの〜という「有害な男らしさ」全開の態度でケンドリックを厳しくしたようで、それを受けたケンドリックは次第に心を閉ざすようになる。このようなトラウマをあくまで個人的な問題とするのではなく、黒人社会一般の問題と捉えているのがケンドリックの偉いところだ(M17 "Mother I Sober"もそう)。ヴァースの最後のライン"let's give the women a break, grown men with daddy issues"はしっかり心に留めておく。

M8 "We Cry Together"
Fワード、Nワード連発の罵り合いは、正直聴くのがしんどい部分もあるんだけど、ここまでではないにせよ自分にも思い当たる節があり、かなりくるものがあった・・・。どうにかしたいと思ってもどうしてもコントロールが効かない様子。「お互い泣いている」という曲名も言い得て妙で、ケンドリックですらやっぱりそういうこともあるんだろうなとある意味勇気付けられたというか。夫婦、カップル間だけでなく、世の中こんな争いで溢れていて、みんな泣いてるのかなと思うと悲しくなった。

M15 "Auntie Diaries"
議論を呼んでいるM15 "Auntie Diaries"のリリックは個人的にとても興味深く、勉強になった。トランスジェンダーである親戚(おば、いとこ)とのエピソードを題材にケンドリック自身がヒップホップ文化、はたまた世界全体に蔓延るトランスフォビアにNoを突きつける内容なんだけど、その中でF-Slurワードを意図とは反するにせよ、何度も用いたことでケンドリック自身が批判に晒されているというのが炎上の背景。個人的には、ケンドリック自身が反省し変化していくという物語の形式を用いて、ここまで多くの人に考えるきっかけを与えたことを素直に称賛したいという立場かな。デッドネーミングも本人に許可取った上でのことだと思うし。

M17 "Mother I Sober"
PortisheadのBeth Gibbsonが歌う"I Wish I was Somebody"というフレーズが特に耳に残るが、囁くようにラップするケンドリックのリリックが本当に重たい。母が受けていた家庭内性的虐待や一般的に見られるような黒人家庭における過去のトラウマを淡々とラップするんだけど、徐々に曲のテンションが上がっていって解き放たれたと思ったら最後に家族から許しを得られる展開はかなり胸熱。

M18 "Mirror"
"I choose me, I'm sorry"に尽きる。ここには他人の期待に応えられない自分に対する葛藤がありつつ、それでも自分を(家族や仲間を)選択するという意志を感じて、なんか聴いていてジーンときた。M5やM8、M17を経てのこの結論だと思うと余計に。自分も含めみんな彼に背負わせすぎた。たかが音楽、たかがラッパーである。ほんと自由にやってほしい。良ければ勝手についていくし、もうケンドリックはそれで十分です。

最後にまとめ的な感想になるけど、DAMN.から今作の間でケンドリックに大きな影響を与えたであろうことが子どもの誕生(しかも二人も!)であることは間違いないだろう。これまでも家族や周りの仲間にインスピレーションを受けながら楽曲制作をしてきたケンドリックだけど、今作でセラピーの描写(アルバムで語られる数々のトラウマの克服に重要な役割を担った)が多々出てくるように、やはりビッグになるにつれ、それ相応の葛藤がどんどん膨れ上がっていったことは容易に想像がつく。ただ、新たな家族の誕生を機に原点に立ち返ったであろう今作のケンドリックの姿勢は、個人的に自身の境遇ともシンクロする部分があり、余計に身に染みた。ほんとに。GKMCの世界は日本に住む自分にとってはある種のファンタジーだけど、今作は割とリアルに共感する部分が多かった。自分自身や社会に蔓延する悪しき点を真摯に受け止めて改善し、子どもたちの将来がより良いものになるように‥そんな想いをアルバム全体から感じる。そういう意味で、今作は自分にとってはかなり特別なアルバムになる予感で溢れている。今後もじっくり味わっていきたい。

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どのアルバムも好きなんだけど、やっぱりケンドリックですかね〜。彼のアルバムがリリースされてからちょうど1週間、何を聴いていてもずっと頭の片隅にケンドリックがいた気がする。なので、できるだけ思ったこと、感じたことを新鮮なうちに書き残したいなと思い、自分にしては最速ペースでグァーっと書いたんだけど‥、なんせ情報やレビューが回るのが早いので、ある程度それらに影響されちゃった感は否めないよね。まーしょうがない。正直、まだまだ書き足りない感もあるのだが(ほら、Ghostface Killahが参加してたりとかさぁ)、ただでさえまとまりのない文章がさらにカオスになってしまうので自重する。
とにかく、ここまで気持ちを持ってかれるアルバムをリアルタイムに聴けたのが単純に喜ばしい。今後もceroとかArctic Monkeysとか自分にとって特別なバンドの新譜がありそうだし、2022年は本当いい感じだ。

あとがき的なのまでケンドリック一色になってしまったが、他のアルバムも実に良いのでもし未聴のがあって引っかかるものがあったら聴いてもらえると嬉しい。

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