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『silky~白い触媒~』           yuutsukiの包帯ギプス小説

ふと出会った美しい人。足首を怪我して包帯を巻き、ハイヒールで痛そうに歩くその人に魅入られた俺。付き合ってた彼女が偶然同じように足首を怪我したことから悲劇が始まり、そして...。大好きな包帯とストッキング、ハイヒールを履いて痛そうに歩く綺麗な女性を書きたかっただけの小説。お楽しみいただければ嬉しいです。 yuutsuki拝

2010年5月14日 (金)
silky-1
とても美しい人を見た。

いつもの帰り道。

なぜかぼんやりしていて、
自分の降りる一つ手前の駅で
降りてしまった。


隣の駅なのに、まったく知らない町。
なんとなく、
一駅くらい歩いてみようか、と思い
改札に向かって歩きだした時..。

時々立ち止まりながら
ゆっくり歩いている
その人が目に入った。

透き通るようなストッキングに包まれた
その人の右足首には
白く眩しい包帯が巻かれていた。

怪我しているにも関わらず
けっこうヒールの高い靴を履いている。

右足を引きずるようにして
ほんの少しだけ前に出し
体重を一瞬だけかけて
すぐ左足に体を預ける。

足を大きく踏み出せないので
なかなか前に進めない。

柱があるところで立ち止まって休み
また、おそるおそる足を踏み出す。

肩に掛かる長さのストレートヘアが揺れる。

その人との距離はあっという間に縮まった。

ハイヒールのバックストラップに
締め付けられているような右足の包帯が
ますます痛々しく目に迫ってくる。

どうしようか...。
声をかけて助けてあげるか...でも...

決めかねて立ち止まり
携帯を見るフリをして
こっそりその人を見続けた。

白く眩しく

それでいて輪郭が曖昧な包帯から
目が離せない..。

いつの間にか、
その人は改札に近づいていた。

慌てて早足で追いかける。

改札のゲートに手をかけて
右足を浮かせながら
跳ねるように抜けたその人は
また慎重に足を踏み出して歩きだした。

距離を詰めすぎた自分は
しかたなく、できるだけゆっくり、
その人を追い抜く。

うつむいている横顔は
しなやかな髪に覆われていて
盗み見ることは叶わなかったが、
荒い吐息と甘い香りが自分の肩をかすめ

心臓が一瞬止まった。

出口前で、人を待っているフリをして、
その人が通り過ぎるのを待つ。

振り向きたい気持ちをなだめ、
カッツーン..カッツーン...
という不規則なヒールの音が近づくのを
目を閉じてじっと待つ。

音が止まり
はっとしながら目を開けると
斜め前にその人が立っていた。

右膝を少し曲げ、
足首に体重をかけないように
ちょっとふらつきながら立って
辺りを見回している。

....やがて、
迎えのクルマが近づいてきて、
彼氏らしき男に支えられながら
助手席に乗り込み、
その人は行ってしまった。

クルマに乗り込む前に
バランスを崩して右足に体重がかかり

「いたっっ!!!」と小さく悲鳴を上げた。

体を折り曲げるようにして
右足首を右手で支え、
そのままうずくまるようにしていたので
結局
その人の顔ははっきりとは見れなかった。

でも、その人の姿と
吐息、香り、声、
そしてストッキングに包まれた包帯は
とても美しく...

脳裏に焼き付いて離れなくなってしまった。
 
次の日、何も手につかず、
その人のことばかり考えていた。

どうしても、もう一度会いたい。


次の日、電車に乗る前から
あの駅で降りることは決めていた。


2010年5月17日 (月)
silky−2
電車の中でその人を探したい
という気持ちを抑えて最後の車両に乗った。

いつもより電車の進みが遅く感じられる。

やっと、駅に到着
ドアが開くのを待つのももどかしく、
ホームに飛び降りる。

歩きながら目を凝らして前方を見る。

...たくさんいた乗客が消えていった..

..が、その人の姿はなかった...。

考えてみれば、
いつも同じ電車に乗るとは限らない。
なんてバカだったんだろう。

...一日中ワクワクしていただけに
失望は大きかった。

それでも諦めきれず、
駅の向かいにあったファーストフード店で
窓を見ながら2時間ほど粘ってみたが、
その人は現れなかった。

社会人のように見えたが、
オフィス勤めではないのかもしれない。
その場合、
時間や休日が不規則なのかもしれない。

だとしたら、
また巡ってくる偶然を
期待するしかないのだろうか?

ホームに戻っても、
わずかな希望が捨てきれず、
数本電車を見送った。

やっぱり無駄だった。


その夜、夢を見た。

薄靄のような光沢を帯びた
ストッキングに包まれた白い足。

微かな陰影が美しい文様を織り成す包帯は
厚く輪郭を覆っているにもかかわらず
華奢な骨と腱とを想像させ
今にも崩れ落ちそうな緊迫感と悲壮感がある。

そっと触れると..

最初はすべらかで、

やがて、しっとりと湿り気を帯びてくる。

最初は冷たく感じられるが、

次第に深部の熱が沸き上がり、
ジンジンと伝わってくる。

その人の全神経は
歩くたびに疼痛の走る足首に集中しており
次第に増していく痛みに耐える表情は

恍惚のそれと似ていた。

..やっぱり、あきらめられない。
なんとかして見つけよう。
そう決心した。


2010年5月18日 (火)
silky−3
自分でもバカだと思うが、
今日はサボることにした。

自転車で隣の駅まで行き、
またファーストフード店に腰を据え
文庫本を読むフリをしながら
駅入り口を見張り続けた。

通勤ラッシュがすぎ、9時を過ぎた。

普通の勤め人は、もうほとんどいない。

何度もコーヒーをお代わりする
自分に対する店員の目が冷たい。

とりあえず、店を出て別の場所に移るか、
それともあきらめるか...。

と思った時、

1台のタクシーから降りるあの人が見えた!

焦って店を出たが、
ゆっくり歩いているあの人には
すぐに追いついてしまい
慌てて歩調をゆるめる。

右足首には、
一昨日より厳重に包帯が巻かれていた。
分厚い包帯は、足首だけでなく
ふくらはぎの中程まで達していて
より痛々しく見える。

それでも

あの人は包帯の上にストッキングを履き
ヒールのある靴を履いていた!

足首に交差されたストラップが
無理矢理包帯を締め付け
拘束しているように見える。

階段の手すりにしがみつきながら
体を引上げるようにして
一歩一歩昇る。
少し息を切らしながらやっと昇り切った後
右足の膝を曲げて足首を浮かせて休む。

やがて通路の壁にもたれかかるようにして
足を引きずりながら歩き出す。

降りる時は、
右足を着くことができないらしく、
手すりを頼りに左足だけで跳ねるように降りた。


たくさんの人があの人を追い越していく。

好奇の目を向ける人
ただただ先を急ぐ人...。

無心に痛みを堪えて進むあの人と
息を潜めて見守る自分だけ
別の時間軸にいた。

怪しまれるのを覚悟しつつ、
同じ車両に乗り込んだ。

入り口付近の空席に座ったあの人の
斜め前に、さりげなく立つ。

あの人は
左足の上に右足を組んで、
しばらく痛そうに足首をさすっていた。

携帯を見るフリをして、横目で観察する。
分厚い包帯の下
両サイドをカバーするプレートのようなものが
あてがわれているようだ。

どんな状況で怪我したんだろう?
この間は怪我したばかりだったんだろうか?
包帯を取った足はどうなっているんだろう?
捻挫?
全治は?

...怪我にまつわること全て
知りたくてたまらない。

分厚い包帯を包み込む
ストッキングの煌めき
そして華奢なヒールのパンプス...

初めて見ることができたあの人の顔は
予想通り
....いやそれ以上に美しかった...


2010年9月 8日 (水)
silky−4
あの人が立つ気配を見せたので
さりげなく後方のドアに向かった。

ちょっと電車が揺れ、
よろめいたあの人は右足を着き、
肩をこわばらせて声にならない声をあげる。

ドアが開く。

ゆっくりと降りていくのを確認しながら、
後方のドアを出てしばし立ち止まる。

芸がないなあ,と思いながらも、
また携帯を見るフリをしながら
ゆっくり追いかける。

あの人に視線を向けているのは、
自分だけではないことに気づく。

すれ違いながら横目で見ていたり、
振り向きながら
連れと何か話している人もいる。

ホームの中で
あの人だけが
異質なオーラを持っているようだった。

相変わらず携帯を小道具にしながら
尾行を続ける。

包帯の足に目が吸い寄せられそうになるが
行き先を突き止めるのが目的だから
あえて近づかないようにした。

痛々しく足を引きずって歩く姿は、
遠くからでも容易に見分けられる。

駅からほど近い
ビルの通用口に消えるのを見送り
一旦尾行を打ち切った。


2010年9月10日 (金)
silky-5
さすがに帰りまで待つのは
後ろめたかったので、
諦めて大学に行った。

講義なんて全然耳に入らず、
あの人の包帯の足と痛々しく歩く
姿で頭がいっぱいだった。

なんかムラムラした気分になったので
彼女のアパートに突然
行ってしまった。

「今、外にいるんだけど」とTEL

「え?うっそー!なんで?」
とびっくりしながらも

「ちょっと散らかってるけど、どうぞ。
あ、でも今うちなんもないよー」と言う。
「一応酒とか買ってきたから・・・」

俺は
素直に喜ぶ彼女に後めたさを感じながら
アパートの階段を昇った。

彼女は、なんというか尽くすタイプで
最近それがウザく感じるようになった俺は
いろいろ理由をつけて避け気味にしてたのだ。

ドアを開けた彼女の
嬉しそうな笑顔をまともに見られず、

「突然ごめんな」と、ぶっきらぼうに言った。

「いいよいいよ、てか嬉しい!」
跳ねるように部屋の奥に行く
彼女の足につい目が行ってしまう。

別にスタイル悪いわけじゃないけど
普通の足だ。

あの人の綺麗な足と包帯を
また思い浮かべてしまい

俺はブンブンと頭を振った。

その時

「あっっ!!!!!」と声がし、
慌てて目を向けると、彼女が床に倒れていた。

「・・・おい、大丈夫かよ?」
そばに近づいて助け起こすと、
彼女は右足首をおさえて
「いたたた・・・・」と、
かぼそい声を出した。

心臓がドクン、と跳ねた。

彼女の手を振りほどき、
右足首を手に取る。

「痛っ、ちょっ痛いって」
抵抗しようとする彼女に

「ひねったのか?どんな感じで?
どこが痛い?」と矢継ぎ早に聞く。

「わかんないけど、
床にあったなんかに躓いて・・・痛っ」

彼女の回答などほとんど無視して、
俺は彼女の足を押したり曲げたり、
いじくり倒した。

彼女は俺の勢いに呑まれたように
黙って身を任せ
痛みのある箇所を押されたり
足首を曲げ伸ばしする度に
小さく息を飲むような悲鳴をあげた。

「ね、ねえ・・大丈夫だよ。
ちょっと挫いただけだって」

どうやら彼女は
俺が心配のあまり
真剣に調べていると思っているらしい。

多少興奮が治まって我に返った俺は、
彼女を抱き起こし、ソファに座らせて聞いた。

「湿布とか包帯とか、ある?」
「・・ない。大丈夫だよ。
ちょっと冷やしとけば治ると思う」
「いや、ダメだ。
ちゃんと手当しないと。
コンビニで探してくるから、
氷で冷やして待ってな」

冷凍庫から出した氷をレジ袋に入れて渡し、
「ちょっと行ってくる」と言うと、
彼女は嬉しそうに頷いた。

コンビニで
ありったけの湿布と包帯を買った。
あの人が巻いていたような
しっかりした素材の包帯はなかったが、
仕方ない。

部屋に帰って、彼女の足首を見ると、
くるぶしのあたりが
少し腫れてきたように思える。

湿布を貼り、包帯を巻き付ける。

あの人の包帯の巻き方を思い浮かべながら
丁寧に巻いた。

ちょっと不格好だが、
厚みなどの雰囲気は
再現できたように思った。

満足そうな俺を見て、
「なんか大げさすぎない?これ」
と彼女が笑った。

「・・やり過ぎて悪いってことないだろ。
いいからちょっと歩いてみろよ」

「えっ?」

「歩けないほど酷かったから、
病院に連れてくからさ」
言いながら、
手をひっぱり立ち上がらせた。

片足で立ち上がった彼女は、
おそるおそる右足をついて歩き出した。

「てっ・・・痛っ・・・いたたたた・・・」
何歩か歩いてから振り返り、
「大丈夫。痛いけど歩くのは問題ないみたい」
にっこり笑う。

俺は舌打ちしたい気分だった。

彼女の歩き方は全然美しくない・・・。

2010年9月15日 (水)
silky-6
次の朝、目が覚めると
彼女がキッチンで
ヒョコヒョコ歩き回っていた。

どれだけ怪我が酷いのか、
本当のところはわからないが、
つい包帯の足に目が行ってしまう俺に、
「心配しないで」と言わんばかりに、
いつもより甲斐甲斐しく
動き回っているように感じた。

なんだか妙に苛ついた気分になり
「座れよ」と乱暴に椅子に座らせ
右足の包帯を外す。
湿布を剥がして、足首を観察する。

くるぶしの腫れは
昨日とあまり変わらないが、
くるぶし周りに
赤紫っぽい内出血の跡が少しあった。

俺の態度に困惑して、
息を潜めている彼女に物も言わぬまま
新しい湿布と包帯を施した。

その間も、俺の頭の中はあの人のことで
いっぱいになっていた。

この足じゃなく、
あの人の足を見たい・・・。

「あの・・・大丈夫だよ。
それに怪我したの自分のせいだし・・」

俺が思い悩んでいるように見えたようで
彼女が心配そうに顔を
覗き込んできた。

それは、俺が好きな彼女の顔だった。

が、あの人を知ってから
前のように魅力を感じることが
できなくなった自分に気付いて
少し後ろめたい気持ちになった。

「あのさあ、今日は○○に行かない?」
俺の内心にはまったく気付かぬように、
彼女が明るく言った。
「いいよね?」と
言いながら、もう準備を始めている。

○○は、あの人が降りた駅のすぐそばだ・・・。

もしかして・・・

気がついたら、駅に着いていた。

彼女と会話していたような気も
するが、上の空だったため覚えていない。

俺の腕にすがりつくようにして
ヒョコヒョコ歩く彼女と一緒に、
駅の外に出た時、

100mほど前方にあの人が見え、

思わず
立ち止まってしまった。

あの人は、
相変わらず痛々しく足を引きずりながら、
ゆっくり歩いていた。

きっと1本前の電車に乗っていたのだろう。

彼女に気付かれたくないと思いつつも、
少し歩調をゆるめて
あの人を追い越さないように気をつけた。

見ないように、と思っても
目が引きつけられてしまう。

薄衣に包まれて輝く包帯・・

拘束具のようなハイヒール、

1歩ごとに痛みに震え、

苦悶に耐えるかのような後姿


・・腕を強く引っ張られて

はっと傍らの彼女に気付いた。


2010年9月16日 (木)
silky-7
上目使いに俺を見つめた彼女の表情は
もの言いたげだったが
結局なにも聞かず、
また腕を引いて大股で歩きはじめた。

ちらっとあの人の方を見ると、
ようやくビルの中に入って行く所で
こちらに気付いた様子はない。

ほっとした俺は
とりあえず彼女の歩調に合わせて
黙々と歩いた。

なんとか取り繕ろうため
口を開こうとしたその時、

「あっっっ!!!!」
と声を上げて彼女が座り込んだ。

慌てて助け起こすと

「いったあい・・足・・
また捻っちゃったみたい」

俺にしがみついて右足首をさすりながら
彼女が泣き声を出す。

「大丈夫か?歩けないかんじ?」

「・・・わかんない。
でも・・痛い。歩けないかも・・」

言いながら、俺にしがみついて歩き出す。

「痛っっ!いたっっ!!!
いったあい・・・・!!」

「・・・病院、行くか?」
「・・・・ううん。大丈夫。
また帰ったら手当してもらうから」

大げさに見えるほど痛がりながらも、
俺にしがみついて歩くのを
やめようとしない。

結局何度か休んで
お茶を飲んだりしたものの、
1日中彼女は俺にしがみつき、
足を引きずって歩き続けた。

なんかムキになってるようで可愛かったし
痛がる姿と声は
けっこう色っぽかった。

帰り道、ドラッグストアに寄って、
あの人が巻いていたような
包帯を買った。

今朝より明らかに腫れと内出血が
酷くなった彼女の足に
丁寧に包帯を巻く。

なんだか急に愛おしくなって
痛めた足を愛撫する。

湿布の香りとひんやりとした冷気を感じ
包帯の手触りを楽しむ。

たぶん、俺の様子を見て

わざと足を捻ったに違いない彼女は

痛みに吐息を漏らしながら

満足そうに身をよじった・・・。


2010年9月17日 (金)
silky-8
1週間ほどの間、
彼女はかなり不自由そうに歩いていた。

怪我した足に体重をかけたり、
階段の昇り降りなどは結構痛むらしく、

痛みに立ちすくんだり、
泣きそうになることもあった。

俺は、
自分が怪我を酷くさせたようなものでもあるし
できるだけ彼女と一緒にいるようにはしたが

本当の理由は怪我した足の状態を
知りたい、
という好奇心が8割以上を占めていた。

腫れて変色した足首を愛撫しながら
包帯とストッキングに隠された
あの人の足首を妄想する。

手が届かないと思えば思うほど、
あの人のことが知りたくなる。

会えない期間が長くなるほど、
せめて一目だけでも
という欲望が募る。

彼女の足首をほしいままに弄りながらも、
俺の飢えは増すばかりだった。


・・気がついたら、
彼女の目を盗んで隣駅に来てしまった。

また向かいのファストフード店で
朝から駅を偵察する。

ほどなく
あの人がタクシーの後部座席に
乗っているのが見え、俺は店を飛び出す。

タクシーが走り去った後、
あの人の全身が見えた。

あれから何があったのか・・・

あの人の右足は、膝下からつま先まで
幅広い板のような物があてがわれ、
厚く包帯が巻かれていた。

あの人は、
揃えて持っていた松葉杖を両脇に当てて
ゆっくり歩き出す。

左足は相変わらず踵の高いパンプスだ。

慣れているのか
階段を器用に昇降していたが、
バランスを崩して
転げ落ちそうで、
自分の方がドキドキしっぱなしだった。

電車内では、
痛めた右足を床に着かないように
注意しながらうつむき、
時々吐息のようなため息をついていた。

降りる駅が近づき、
手すりと松葉杖にすがって
立ち上がろうとする。
ちょっとバランスが崩れ、
松葉杖の1本が床にカラン、と落ちた。

思わず近づいて松葉杖を拾い、
恥ずかしそうに頬を染めたあの人に
そっと渡す。

「あ、ありがとう・・ございます。
すいません」

想像どおりの澄んだ美しい声。

俺は体も思考も固まってしまい
「は、はい」としか言えなかった。

プシューと電車のドアが開く。

あの人が慎重にホームに降り
歩き出すのをボーっと見ていたが、
ドアが閉まりかけた時に
慌てて飛び降りた。

「あ、あの・・・」
「はい?」
「あ、なんというか、
その・・・大丈夫ですか?」

あの人はちょっと立ち止まり、クスッと笑った。

あの人は、
話してみると、意外と気さくな感じで

俺を怪しむこともなく
怪我のことについても教えてくれた。

松葉杖に慣れているなあ、と思ったら
数えきれないほど
右足を怪我しているそうで
「捻挫が癖になってしまって、
ちょっとしたことで捻ったり酷くしたり・・
1年のうちなんでもない期間が
ほとんどないかも」と笑う。

「へえ、大変ですね」などと、
ヘラヘラしていた俺の目に

前方から
こちらを睨みつけている
彼女の姿が飛び込んできた・・・。

2010年9月18日 (土)
silky-9
彼女が足を引きずりながら、
こちらに向かって歩いてくる。

ちょうど、あの人のビルの手前だったので、

「あ、ヤバ。ちょっと急がなきゃ
・・じゃ、お大事に」と慌てて挨拶した。

「ありがとうございました」
と頭を下げるあの人に、
(こっち見ないでくれ)
と祈りながら、
彼女に近づく。

「あの人、知り合いだったの?」
彼女が冷たい声で聞く。

「いや、ああ、まあ・・ちょっと」
しどろもどろの俺に
彼女の視線が突き刺さる。

「なんだよ、オマエこそなにしてんだよ」
しかたないので逆切れすると
彼女は唇を噛んで横を向いた。

ここで泣かれたりすると面倒なので
「いいから、どっかで飯でも食おうぜ」
と腕を取る。

彼女は不本意そうに、
でも、しっかりと俺にしがみついてくる。

右足を見ると、
包帯の足にストッキングを履き
ヒールのある靴を履いていた。
どうやら、あの人に対抗しているらしい。

あまりヒールの高い靴をはく女じゃないので
怪我のせいもあって
歩き方がたどたどしい。

しょっちゅう突っかかって、
「いたっ!」「っつ!」
と声をあげては俺にしがみつく。

・・なんでこいつは
歩き方が美しくないんだ・・。
俺は次第にイライラしてきた。

「ねえ、足が痛いよ・・・。
少しゆっくり歩いて」
腕を引っ張られ、
立ち止まった俺は、キレる寸前だった。

もちろん、
彼女に罪はないのはわかっている。

でも、せっかくの、
あの人との邂逅を邪魔された思いで、
気持ちがささくれだっているのが
自分でもわかった。

「・・・あじゃあ、ここで休むか」
目についた適当な店を指差す。

彼女を引きずるような勢いで、
入り口の階段を昇る。

急に方向転換させられた上、
階段を昇らされた彼女は、
足をもつれさせ、

「ギャアアアッッッッッ!!!」

と、けたたましく悲鳴をあげて
階段に倒れ込んだ。


俺は、
右足を抱え
階段で悶え苦しむ彼女を
茫然として見下ろした。

右足のパンプスが転がって
俺の足元にあり

彼女は野生動物のような
咆哮をあげている・・・・。

なんだか現実感がまったくなく
俺は映画を見るように

その光景を見ているだけだった・・・・。


2010年9月19日 (日)
silky-10

通行人が通報してくれたらしく
茫然としているうちに救急車が到着し、
彼女と一緒に中に押し込まれた。

酸素マスクのようなものをあてがわれ
点滴をされた彼女が
「ウーウー」と唸り声を出す中
救急隊員がテキパキと作業している。

体のあちこちを触って、
怪我の状態を調べ、処置をしている。

右足を触っている時、
彼女がまた
「ギャーッッッ!」という悲鳴をあげ
俺は思わず耳をふさぐ。

空気枕のようなもので右足が固定される。
他に、
右腕と頭、顔の擦り傷が消毒され、
絆創膏が貼付けられる。

ほどなく、救急車は病院に到着し、
ストレッチャーのまま彼女は
処置室に吸い込まれた。


処置室脇のベンチに座り、
やっと、これは現実なんだと思い知る。
後悔、というより
ヤバい・・と、まず思った。

暴行罪で捕まるかもしれない・・。

いろんなことをぐるぐる考え、
かなりの時間が経った頃、
看護士に呼ばれた。

彼女の家族の連絡先を確認され
遠くてすぐには来られない
ことがわかったので、
代理として医師の説明を聞き
入院手続きをする。

彼女の右足は、

足首の靱帯が断裂し、
膝に近いふくらはぎ部分の
太い方の骨(脛骨)が折れ、
膝の靱帯も損傷を受けたらしい。

その他に、
右腕や肩、頭、顔などに
打撲と擦過傷(軽症)

右足は太ももまでギプス固定が
最低6週間。

リハビリの状況にもよるが、
3ヶ月以上歩けないだろう・・・

目の前が真っ暗になった状態で
彼女の病室へ行った。

「ごめん・・・」

俺の声にうっすらと目を開けた彼女は
包帯の巻かれた右手を差し伸べ
俺の手を力なく握り・・・・
嬉しそうに

にっこり微笑んだ・・・・。


2010年9月20日 (月)
silky-11

彼女は、
怪我は自分の不注意だと言い張り
俺には咎めはなかった。

そうすることで、
彼女は俺を
逃れられない状況に追い込んだのだ。

俺は罠に嵌ったも同然だった。

彼女の右足は
あの人と同じような板
(シーネと言うらしい)をあて
包帯ぐるぐる巻きで
1週間ほど固定された後

つま先から太ももの中間くらいをまで
ギプスでがっちり固定された。

ギプスになってしばらく経つと
痛み止めも必要ない位になり、
かといって、
棒状になっている右足では
あまり歩き回ることもできず

退屈している彼女は
どんどんワガママになっていった。

あげくの果てには、
ただ寝てるだけなら退院する、
と言い出し
無理矢理アパートに帰ってきた。

彼女の両親は娘の言いなりで、
田舎に帰っていたし、
俺がすべて面倒をみなければならない・・・。

2ヶ月後、一応骨折は回復し、
ギプスを外して装具による固定と
リハビリに入ることになった。

その時の、医師の説明を聞いて
俺はまた暗澹たる気持ちになった。

彼女の膝下骨折は、
場所が微妙なため
プレート固定した方が治りが早いし、
足首の靱帯損傷も
今後不安定になる可能性が高いので
手術を勧めたが
彼女が断った。

・・・という事実を聞かされたのだ。

足全体に装着するオーダーメイドの装具と
松葉杖でのリハビリは
なかなか進まなかった。

足首も膝もガチガチに固まっていたし
彼女が足首の激しい痛みを訴えるため
負荷訓練も進まない。

リハビリ室では、
確かにしばしば
阿鼻叫喚の世界が展開されてるが

彼女の場合は、
わざとじゃないかとしか思えなかった。

装具があるので
必要というわけではないが、
彼女は足に包帯がないと不安だといい
毎夜、風呂上がりのマッサージ後
俺に包帯を巻かせた。

そして、朝出かける前にもまた、
巻きなおさせる。

彼女は足を弄られている間
恍惚とした表情をしており
性的に興奮しているのがわかったが
俺はとてもそんな気になれず

「怪我が治ったら・・」と誤摩化し

逃げ続けた。

怪我をしてから4ヶ月経ち、
検査で問題なし、と言われても
彼女は足に包帯を巻かせた。

雨や肌寒い日には足首と膝下の
痛みを訴え、

長い距離や階段を歩くと
足首が痛いと泣きつく。

うっとおしくなって冷たくすると

わざと転んで足首を痛めたと言う。

こんな生活が続くかと思うと
俺は
神経がおかしくなってしまいそうだった。


そんな俺の
たった一つ生き甲斐は
あの人に会うことだった。

彼女の目を盗んで、
あの人がいる可能性に賭けて隣駅に行く。

あの人に彼氏がいるのは
最初からわかっているが、
会えば話をするくらいの
間柄になっていたし、
それで十分満足だった。

あの人の足はもう回復していたが、
包帯はその足首にいつも巻かれていた。

通勤時は念のため固定しているのだと言う。

「ハイヒールを履いていると
危なくないですか?」と聞いてみた。

彼女の答えは・・
「だって、履けなくなったらイヤだから」
だった。

確かに
包帯とストッキング
そしてハイヒールは彼女の代名詞だ。

剥き出しではなく、
絹の紗に包まれた包帯は
なんて美しいんだろう・・・

ハイヒールの齎す
不安と官能は、なんて甘いのだろう・・・


2010年9月21日 (火)
silky-12

彼女が怪我して5ヶ月が経とうとする頃

運良く偶然に、あの人と帰りの電車で
一緒になることができた。

とりとめのない話をしてるうちに、
駅に到着した。

ホームの階段を下りる時
あの人が足を滑らせ転びそうになった。

横にいた俺は、慌ててあの人を支える。

あの人は
右足を浮かせて俺にしがみつき

下を向いて肩で息をしながら痛みを堪えていた。

「大丈夫・・ですか?」

「ええ・・ごめん・・なさい・・・」

眉をしかめながら顔をあげ、

「あーあ、またやっちゃった・・・・
怒られちゃう」と苦笑いする。

「彼・・・氏に・・ですよね・・?」

とりあえず、
足を痛そうに引きずるあの人を支えながら
聞く。

「うん。まあ、怒られるけど、
むしろ嬉しそうかも・・」

「え?」

「怪我の手当するのが好きな人なの」
あの人はふふっと笑う。

「私の足は手術とかしないと
一生治らないから・・二人して楽しんでる
っていうと変かもしれないけど・・」

「楽しむ・・」

あの人は迎えに来ていた
彼氏に抱きかかえられながら、
俺に手を振って去って行った。

今度会える時は
どんな手当をされているんだろう・・・

俺はぼんやり考えながら
彼女のアパートに帰った。

彼女は
包帯ぐるぐる巻きの右足を投げ出し
ビデオを見ていた

あの人と比べてなんて下品なんだろう。
俺は一瞬で不機嫌に
なってしまった。

「ねえ、包帯グダグダに
なっちゃったから巻き直して」

画面を見たまま
ぶっきらぼうに彼女が言う。

怒りを押し殺して跪き、
包帯を巻き取る。

剥き出しになった足を見つめる。

あの人の繊細で優美な足に比べ
この醜さはどうだ。

怒りが沸々と沸き上がってきた。

2010年9月22日 (水)
silky-13

動かない俺に、
さすがに不審を抱いたのか
彼女が顔を覗き込む

「どうしたの?早く巻いて?」

「うるさい!」

「なっなに?」

「立てよ!」

「え?」

「いいから立て!」

俺の剣幕に押されて、
彼女がそろそろとソファから立ち上がる。

右足にはほとんど力を入れていない。

「歩け」

「・・・・?」

「歩いてみろよ」

ぐらぐらした足取りで、彼女が歩き出す。

「痛い・・痛っ・・・
ねえなんで?何がしたいの?」

「・・もっと歩け・・・
痛みを噛み締めるように・・
そう・・・ゆっくり・・」

「・・・はあっっっ!・・
ああっっ・・・・・・
ああああっっっ!!!」

足首がぐにゃりと曲がり
彼女が倒れ込んだ。

俺は痛みに悶える彼女に
乱暴に襲いかかり・・・

よくわからない激情に駆られ
我を忘れて獣のように犯した。

事が済み
しばらく経った頃
彼女が俺に身を寄せて来た。

「うれしい・・
ずっとこうしてほしかったの」

「・・・・・」

「痛みと快感って似てるんだね。
すごく感じた・・・」

「そう・・か・・」

たしかに
どちらも生死ギリギリの感覚かもしれない・・

腫れてきた彼女の足首を手に取り、
俺は優しく包帯を巻いた。

巻きながら
俺はあの人を思い浮かべた。

俺があんなにあの人に引かれたのは
あの人が”痛み”を体現して
いたからかもしれない。

そして、
その”痛み”は白い包帯に覆われ
さらに、
なめらかな薄衣に包まれ光を放ち
蠱惑的だったから・・

「楽しむ・・・か・・・・」
俺は独りごち

眠りについた・・・


それから、俺たちの生活は変わった。

彼女はすっかり素直になり
俺、というより”痛み”の虜となった。

俺は包帯の巻き方と
ストッキングの色や素材、
靴の組み合わせについて研究を重ね、
さらに彼女には美しい歩き方を習得させ
芸術品のような足を作り上げた。


例えば

白い真珠のように光るストッキングには
華奢で儚げな
ストラップ付きの白いハイヒールを

肌色に馴染む透明感のある
ストッキングには
ストリングを足首に巻き付けるような
チョコレートカラーのハイヒールを

ラメの入った細かい網タイツには
冷たく光る鉄の処女のような
ハイヒールを与えた。

彼女は、
人魚姫のように
決して消えない痛みを抱えて歩く。

そしてその姿は
誘蛾灯のように人を引きつける。

あの人と彼氏

俺と彼女のように

・・・どこかで新しい仲間が

今日も
生まれているかもしれない







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