140字では語りつくせぬ映画愛 第7回「太陽を盗んだ男」邦画史上最も破天荒な映画
「太陽を盗んだ男」(1979)
これほどぶっ飛んだ日本映画もそうはないだろう。設定、展開、結末、撮影方法、映像。すべてがぶっ飛んでいる。
時代を感じるポスターである。味がある。ポスター下部に注目。キャッチコピーがなにやら不穏。
あるいはその突飛な内容に単なるくだらない娯楽映画だ、と感じる人もいるだろう。仰る通り、この映画はリアリティ度外視の超娯楽映画である。
しかし僕はこの映画になにか独特の魅力を感じてしまっている。映像表現や音楽、またいくつかの印象的なシーンが僕にこの映画を「ただ派手なだけの娯楽映画だ」と切り捨てることを許してくれない。
事実この映画は1979年の公開以来、今なおカルト的人気を誇っているのである。
DVDのパッケージもこのアヴァンギャルドさ。「なんかすごい」というザックリとした印象を与えてくれるが、まさに中身もそんな感じ。なんかすごい。ところでアヴァンギャルドってどういう意味なのだろう。
ザックリとしたあらすじ
中学校で理科を教える主人公・城戸は無気力かつテキトーに毎日をやり過ごして生きていた。いわゆるダメな人間である。普通のダメな人。
そんなダメ男を当時のトップアイドル沢田研二が演じているのがなかなか面白い。
そんな彼がたった一人で世間を揺るがす大規模なテロを起こすのがこの映画のメインのお話。
原発からプルトニウムを盗み出し(無理がある)、
自宅で核爆弾を製造(無理がある)、
国会にレプリカを仕掛けるなどして政府を脅迫(無理がある)する。
↑おウチでカンタン核爆弾のコーナー
すでに無茶すぎる。この時点で受け付けない人もいるだろう。
そして政府に様々な要求を突き付けた城戸は交渉役に指名した熱血刑事・山下との死闘を繰り広げることとなる。
まず面白いのは主人公・城戸にはこれほどの大犯罪を成し遂げるに至る動機や信条がないということだ。そもそもテキトーに生きている空っぽのダメ人間にやりたいことなどない。
退屈な日常にスパイスが欲しかったとでもいうように実にヘラヘラと、狂っていく。さながら邪悪な子供である。
その最たるシーンは政府に要求を突きつける場面だろう。動機なきテロリストは都民の命と引き換えに要求するべき対価が思い浮かばないのである。
そこで彼が要求したのは「野球中継」だった。
当時野球中継は終了予定時間で放送が中断されるのが当たり前だった。城戸はその野球中継を試合終了まで放映するよう要求したのだ。
↑原爆小脇に政府とお電話
普通のダメな人が特に中身もないまま狂気に飲まれていく様はなかなか見物。ほんとに何も面白いことのない人生を歩んでしまった男が吹っ切れて全てを滅茶苦茶にしていく退廃的な雰囲気はどこか『タクシードライバー』にも繋がるところがある。
途中城戸は完成させた原爆で軽くサッカーしながら(絶対に真似しないでくだい)こう呟く。
「お前は何がしたいんだ」
爆弾に聞くように
自分に聞くように
そして彼が次に要求したのはローリングストーンズの日本公演だった。
原爆作るシーンも面白い(不謹慎かもしれない)。
一介の理科教師があまつさえ自宅で核爆弾作れるのか、とかいうツッコミはこの映画にはナンセンス。
しかしこの核爆弾作るシーン、なかなかどうして素人目から見ると一定の説得力みたいなものがあるのが面白い。製造工程が思いのほか緻密に、丁寧に作業の一つ一つまできちんと描写される。こうやれば作れるんだって思えてしまうような細かさ。
全体的に無理のある作品でありながらここだけは妙にリアルなのがそこはかとなく怖かった。
また城戸の振る舞いも最高である。時に踊りながら、時に歌いながら陽気に完成させていく。鉄腕アトム歌いながら作っていた。
↑こんな原爆製造はやだ:ノリノリで歌う
まあ、こんな風にしてたらもちろん被爆。具合悪くなって髪もバンバン抜ける。ただ、放射能の影響で自分がこの先長くないことを悟った城戸はさらに暴走していくことになるんだけど。
前半城戸が狂気に目覚め、原爆を作り、国会に精巧なレプリカを仕掛け政府に盾突くまでは質の良いサスペンスに仕上がっている。
ところが後半は突如としてバキバキのアクションに変貌する。後半の内容は城戸と菅原文太演じる刑事・山下との対決なのだが、もうとにかく派手。
ビルの4階からターザンしたり、ヘリから飛び降りたり、首都高でカーチェイスしたり。山下刑事の執念が怖い。
ちなみにすごいのはアクションの撮影方法である。
大体無許可
皇居でのバスジャックシーン撮影、ゲリラ撮影。
ビルから現金ばらまくシーン、無許可。
首都高カーチェイス、トラックで高速道路を無断で封鎖し撮影。
犯罪です。というか助監督一人捕まったらしい。
↑右が山下刑事。実はヱヴァンゲリヲンと縁がある。
うん、これらの無茶も含めて作り手の熱量とかエネルギーが画面を、作品全体を覆ているんですねこの映画。にじみ出ているとでもいう様な感じ。それが本作の最大の魅力かもしれない。
という感じで色々褒めてきたが、、、
ところでこの映画は名作なんだろうか・・・
ただ言えるのは一回観れば確実に忘れられない一作になるということで、それはつまり作った側からすれば名作にほかならないだろう。
特にラスト、すべてが終わり核爆弾を小脇に抱えて街をどこへともなく歩く沢田研二の表情はなんとも印象的である。
長くなっちゃったのでこの辺で終わります。他にも色々書くべき考察があるんだけど、この量超えちゃうともう誰も読んでくれなくなりそうなので・・・
ほんとにおすすめの一本です。
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