#5 奈良県内の赤線と青線白線
昭和32年前後、奈良県の赤線地帯は奈良市内の木辻と郡山の岡町、洞泉寺の3箇所のみである。それ以外の地域は青線白線といわれ、非合法で性売買が行われている地域となる。奈良では芸妓街のあった南市などもそのひとつだったようで、そのほかにも大和八木や五條、十津川にも青線・白線があったという。今回はそういった、売春防止法施行前の赤線を取り巻く状況、人の流れなどを見ていきたい。まずは、青線地帯の様子について、昭和32年9月の記事を紹介する。
※紙面の保存状態が悪く読めない文字は◼️であらわす。
増える十津川の青線地帯
飲食店は百十八軒 「夜の蝶」も五十人を数える
【五條発】電気開発、森林開墾事業と、これに伴う道路の拡張、改修工事で西吉野の大塔、十津川の両村は今有史以来の発展を見せている。◼️◼️と言われた十津川村も風量のダムサイドを中心に、この大事業に従事する人達の宿舎が立ち並び、人口はすでに4千人近い増加を見せている。内吉の保健所では十津川村の要請もあり、このほど衛生課員が大塔、十津川両地区の環境、食品などの衛生監視を実施した。
人口増加に伴い全般的に電開事業着手以前から業者は増えているが、中でも工事従事者の慰安の場所とも言える飲食業が31年7月の調査(84軒)から34軒も増えて118軒となったのを筆頭に旅館4、魚介2、菓子製造、食品販売、清涼飲料水各1が新しく店を開き事業の進展状況と睨み合わせてまだまだ増加する傾向を見せており、連日開業についての問い合わせが衛生課に殺到している。これを地域的に見るとほとんどが風屋、小原、平谷の3地区に集中されている点、利用者の大部分は電開事業に従事する飯場関係者と見られる。
またこの飲食店では、男を相手に春をひさぐ夜の女約50人が青線地帯を形成しており、売春禁止法で締め出された青線、赤線地帯からダムの町十津川へ入り込んで、夜ともなればこれら十津川の3銀座は昼のハッパの爆発音にも近い騒音に歓楽境となっている。
この監視の結果、全般的に環境、衛生状態が悪いのが目立ち、交通不便なため監視の目をくぐって営業されていたので、改善判断については一応10月中を目標としたが、人口の増加によって各業種とも利用者が増え、飲食関係でも風俗営業の点から今後は毎月1回十津川村の協力を得て抜打ち的な衛生監視を励行することとなった。(昭和32年9月13日大和タイムス)
要点をまとめてみると
1) 十津川村をはじめこの界隈に青線地帯が形成されている
2) 事業者の数は約1年で34軒も増えた
3) 同時に売春防止法で締め出された接待婦約50人がいる
このように売春防止法施行前に、業者が転廃業の方針を決めたことによって、活路を求めて青線に接待婦が集まってきている様子がわかる。
また、翌年2月の新聞記事には、橿原署管轄の歓楽街(大和八木界隈)の青線についても記載があるので紹介する。
青線地帯を求めて
いよいよ4月1日から売春防止法実施によって、赤線地帯は姿を消すことになるが、これら職を奪われた売春婦たちが最近、青線地帯を求めて移動するのが目立ってきた。橿原署防犯課の調べによると、現在橿原市内に料理、旅館などの看板を掲げているのが33業者に上っている。このうち従業員が売春を兼ねる、いわゆる“二枚看板”の女性が66人(防犯課のリストによる)もあり最近は増加の一途をたどり80人を上回っているという。
このため、同署ではこれら女性のリストを新しく作らねばならず、まだまだ増えるのではないかと恐れている。このような売春もこの4月から取り締まりの対象となるわけだがどこまで徹底化されるかが見もので、現実はそうなまやさしいものではなさそうだ。
また保健所でも、今まではこれら業者の従業員に対して定期診断は行っているが、これは一般と同じくあくまで健康診断であって性病の診断はやっていない。このため、今後青線地帯に潜り込んでくる客の増加とあいまって、性病患者の増えることも予想され、この対策にも悩みが大きく、結局は警察と連絡を密にして取り締まりの徹底を期すより他に方法がないとみられている。(昭和33年2月7日大和タイムスより)
ここから読み取れるのは、公娼と呼ばれなくなった当時も、赤線では性病検査が徹底して行われていたことである。そしてその検査を受けない青線・白線の女性が性病に罹患することを憂慮しているのがわかる。
はびこるか「白線」 南市では時間延長を要望
青・白線地帯
法の施行で大きく響くのは俗にいう“青線地帯”だ。奈良市の南市検番では3月1日から“あかし花”を廃止する。これに伴っての営業時間の三時間延長の花代の改正を要望している。営業時間は風俗営業取締法で午後11時までと決められているが、国の文化観光都市の特異性から午前2時まで延長してほしいというもの。また花代は現在1時間271円40銭(うち税金35円40銭)となっているが、芸妓の生活を守るために税込み345円(うち税金45円)に値上げしたいと関係方面へ協力を申し出ている。郡山芸者斡旋所でも、三月までに“あかし花”を廃止すると申し合わせている。
このような、赤線・青線に対して“白線”は急激にのさばり始めているという。「スタンドで千円札1枚出せばOK」という話や「旅館はほとんどが・・・」といった具合で巧妙に法のアミの目を潜っていると言われている。警察でもシッポをつかむのに躍起となっているが、その実態や実数は分からないとしている。
そして、こんな話をよそに、県下3地区の赤線地帯は、ちょうどろうそくの火のかがやきにも似た最後のあかりを、ひときわ明るく輝かせている。「もうすぐ見られなくなる」「今のうちに」と客はどんどん増え、その花代も2割方上がっているという。余命わずかしかない赤線地帯の表情はますます複雑だ。(昭和33年2月22日 大和タイムスより)
このように、赤線を一掃したとしても地下で蠢く青線・白線に活路を見出そうとする業者や女性がいると考えられていた。そしてそれらは現実のものとなり、実際に検挙された。各地の青線・白線における売春事件を下記に紹介する。
はびこる青・白線 県警で悪質な3件を検挙
県警では売春防止法全面施行を目前に控え、青・白線におけるもぐり売春取り締まりに力を注いでいるが、このほど聞き込みにより、五條、下市、高田各署管内で悪質な違反三件を謙虚、取り調べている。
五條 カフェー経営者の小畑(58)
Mは昨32年9月ごろ奈良市南市町、スタンド“黒ねこ”で働いていたA子さん(19)に「住み込みで5千円くれるところがある」と誘い出し、五條市五条カフェー・ユニオンへ手数料一千円で紹介した疑い。経営者の小畑(58)はA子さんと以前から雇い入れていたB子さん(28)、C子さん(24)の3人に赤線まがいに一室ずつを与え、同年9月ごろから売春させ、収入を折半していた疑い。
十津川村 旅館経営者 竹内(42)
32年11月中旬ごろ、貝塚市の女工・増谷某と名乗る女から紹介された元仲居D子さん(20)、同E子さん(22)、F子さん(19)の3人に「客を取れ」と強制、売春させて利益を従業員6分、経営者4分の割で分配していた疑い。植谷某は3人を「月2〜3万円もうかるところへ紹介する」とだまして同旅館へ紹介したものらしく、下市署で取り調べている。
北葛城郡香芝町 料理業経営者西田(59)
去る31年1月ごろから愛媛県西宇加郡保内町(出身の)枡田(35)の紹介で雇い入れた仲居7人と個々に職を求めてきた計13人の女に客室や押し入れを改造した部屋で売春させ、席料として一回3百円を客から取っていた疑い。
以上3件ともいずれも「もうかるところへ紹介する」と甘言でつり、一方雇い入れた業者は弱みにつけ込んで売春を強要していたもので、県警では今後ともこうした悪質者は徹底的に取り締まるといっている。(昭和33年2月27日)
住み込み女中に売春
奈良の旅館 増えそうなこの種の違反
奈良署では去る3月11日、奈良市高天市町旅館「万喜」の経営者赤松(41)と同旅館の住込み女中頭、幸前(50)の二人を「売春させることを目的とした契約」の違反容疑で検挙し取り調べていたが、今日、書類を送庁する。
両名は去る2月19日よる10時ごろ同旅館へ遊びに来た35歳ぐらいの男4人に、一人千5百円ずつの売春料を取って住込女中の四人にそれぞれ売春させたもの。4月1日からの売春防止法全面発効を控えて今後もますますこの種の悪質な売春違反が増えるものと予測されることから、同署では引き続き取り締まる方針で挑んでいる。(昭和33年3月20日 大和タイムス)
これらの記事から、赤線の廃業によって奈良県内の各所で違法売春行為が増加しているという背景が読み取れる。別記事で後日紹介するが、この時期には名古屋の赤線はすでに廃業しており、そちらから女性が流れてきている可能性もある。赤線が存在したこの時代の人々は、今と比べて「売春」に関する罪の意識が深刻なものでなかったのだろうか。
これらの記事から奈良県内の青線・赤線地区は、奈良市内の繁華街、五條、高田、八木などの町場、電気開発や道路開設のために西吉野に来ていた工員が集まっている十津川村であったことがわかった。
次回は、赤線最後の日がどのように決定されたのか見て行く予定だ。
参考文献 「大和タイムス」昭和32年9月〜33年2月号
※この記事は昭和30年代のものであり、現在では不適切な表現が含まれることがあるが、当時の記者が伝えたかったことを尊重し、改変せずそのまま掲載する。
※数字は、原本は縦書きであるため漢数字になっているが読みやすさを優先し、アラビア数字に変換した。
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