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社内事情〔60〕~外堀~

 
 
 
〔礼志目線〕
 
 

 
 
「大橋く~ん。雪村さんが言ってた、今井さんからの注文品、手配出来た~?」

「はい、問題ありません。そもそも、アレは専務が独断で手中に納めていたも同然のものなので……」

 ……半分、嫌みに聞こえる。

 ……そうだよ。アレはぼくが勝手に気に入って、大橋くんは反対したのに無理に入れようと画策したんだよ。

 あ、嫌みじゃなくて負け惜しみかな?何でアレが役に立つかも知れないんだ、って言う。

 だとしたら……顔がほくそ笑みそうになる。大橋くんの意表を突けるなんて……いや、ガマンガマン。バレたら嫌われちゃう、と必死に口を突っ張る。

 大橋くんに嫌われたら後が怖い。

 ひとり解放された雪村さんから伝えられた、今井さんの伝言。

 何だか謎に満ちていなくもないんだけど、今井さんが言うんだから何か考えがあるに違いない。彼女は入社したばかりの新人の頃から、『意味のない事はしない』女の子だった。

 それは決して無機質な意味ではなくて、一見、無駄に見える会話や作業も、後々に意味を持つと判断すれば行なう。つまり、先読みが深いとも言える。だから、ぼくは一応用意しておく。うん、オッケー。

「それにしても、根本くんが素早い対応してくれて良かったよねぇ……」

 ぼくのひとり言に、顔を上げた大橋くんが頷いた。

「根本くんは、社内で一番長く片桐課長の傍にいますからね。一番近い場所でもありますし……ある意味では、一番課長の事をわかっているとも言えるのでしょう」

「彼は新入社員の時から、落ち着いて思慮深い子だったよねぇ。目立たなくて地味だけど、確実で誠実って言うか……」

「そうですね」

「彼だと思ったんだけどなぁ……」

「……何がですか?」

「……いーや、何でもないよ」

(……あっぶなぁい……)

 つい、ひとり言のつもりで余計な事を言っちゃうとこだった。大橋くんの合いの手が自然で絶妙過ぎるから……。

 う~ん。大橋くんが不審な目で見てる視線を感じる……。困ったなぁ……。

「専務」

「何?」

「藤堂くんから、社長に待機して戴く詳細と、放送に入る時のタイミングについて概要が届きました」

 藤堂くん、ナイスタイミング!話が逸れてくれた、良かった。

「はーい。どんな塩梅?」

 大橋くんが印字してくれた書面に目を通し、社長に連絡を入れる。

 ……全て任せるから、言う通りにするから、と返事が返って来た。

 もう、一切、口を出さない方向みたいだ。余程、前の事で懲りたんだろうなぁ……何か可哀想みたい。いや、懲りたのはぼくも一緒だけどさ。何であの時、片桐くんの……って、言っても始まらないから止めとこう。

 後は、もうひとつ重要な根回しをしとかないとなぁ……。大事(おおごと)にならないように、尚且つ、広がりを止められるように、しておかなくちゃね。これはもう、あの人に頼むしかない。オッケーしてくれるかな?

「専務……」

「……はーい?」

 今度は何だろう?蒸し返すのは止めてよ?

「……彼のお人からの返事も届きました。ご了承戴けました」

「……はーい」

 ……良かった。話を蒸し返されなくて。

 これでぼくの準備は万端。後は、片桐くんと今井さん頼みってとこが、ひっじょーに!情けないけど、仕方ない。

「……兄からも援護射撃の用意しておく、って言ってもらえてるから……後は流川くんがどう来るのか……」

「はい」

 ぼくたちは、長い間、放置していた痼(しこり)を取り去る時が来た事を感じながら、ついにその日を迎えた。
 
 
 
 
 
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