社内事情〔60〕~外堀~
〔礼志目線〕
*
「大橋く~ん。雪村さんが言ってた、今井さんからの注文品、手配出来た~?」
「はい、問題ありません。そもそも、アレは専務が独断で手中に納めていたも同然のものなので……」
……半分、嫌みに聞こえる。
……そうだよ。アレはぼくが勝手に気に入って、大橋くんは反対したのに無理に入れようと画策したんだよ。
あ、嫌みじゃなくて負け惜しみかな?何でアレが役に立つかも知れないんだ、って言う。
だとしたら……顔がほくそ笑みそうになる。大橋くんの意表を突けるなんて……いや、ガマンガマン。バレたら嫌われちゃう、と必死に口を突っ張る。
大橋くんに嫌われたら後が怖い。
*
ひとり解放された雪村さんから伝えられた、今井さんの伝言。
何だか謎に満ちていなくもないんだけど、今井さんが言うんだから何か考えがあるに違いない。彼女は入社したばかりの新人の頃から、『意味のない事はしない』女の子だった。
それは決して無機質な意味ではなくて、一見、無駄に見える会話や作業も、後々に意味を持つと判断すれば行なう。つまり、先読みが深いとも言える。だから、ぼくは一応用意しておく。うん、オッケー。
「それにしても、根本くんが素早い対応してくれて良かったよねぇ……」
ぼくのひとり言に、顔を上げた大橋くんが頷いた。
「根本くんは、社内で一番長く片桐課長の傍にいますからね。一番近い場所でもありますし……ある意味では、一番課長の事をわかっているとも言えるのでしょう」
「彼は新入社員の時から、落ち着いて思慮深い子だったよねぇ。目立たなくて地味だけど、確実で誠実って言うか……」
「そうですね」
「彼だと思ったんだけどなぁ……」
「……何がですか?」
「……いーや、何でもないよ」
(……あっぶなぁい……)
つい、ひとり言のつもりで余計な事を言っちゃうとこだった。大橋くんの合いの手が自然で絶妙過ぎるから……。
う~ん。大橋くんが不審な目で見てる視線を感じる……。困ったなぁ……。
「専務」
「何?」
「藤堂くんから、社長に待機して戴く詳細と、放送に入る時のタイミングについて概要が届きました」
藤堂くん、ナイスタイミング!話が逸れてくれた、良かった。
「はーい。どんな塩梅?」
大橋くんが印字してくれた書面に目を通し、社長に連絡を入れる。
……全て任せるから、言う通りにするから、と返事が返って来た。
もう、一切、口を出さない方向みたいだ。余程、前の事で懲りたんだろうなぁ……何か可哀想みたい。いや、懲りたのはぼくも一緒だけどさ。何であの時、片桐くんの……って、言っても始まらないから止めとこう。
後は、もうひとつ重要な根回しをしとかないとなぁ……。大事(おおごと)にならないように、尚且つ、広がりを止められるように、しておかなくちゃね。これはもう、あの人に頼むしかない。オッケーしてくれるかな?
「専務……」
「……はーい?」
今度は何だろう?蒸し返すのは止めてよ?
「……彼のお人からの返事も届きました。ご了承戴けました」
「……はーい」
……良かった。話を蒸し返されなくて。
これでぼくの準備は万端。後は、片桐くんと今井さん頼みってとこが、ひっじょーに!情けないけど、仕方ない。
「……兄からも援護射撃の用意しておく、って言ってもらえてるから……後は流川くんがどう来るのか……」
「はい」
ぼくたちは、長い間、放置していた痼(しこり)を取り去る時が来た事を感じながら、ついにその日を迎えた。
~社内事情〔61〕へ~
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