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社内事情〔32〕~目的~

 
 
 
〔大橋目線〕
 

 
 来るべきもの、来るべき時が来てしまったのか。

 一番、来て欲しくなかったはずのもの。

 まさか、流川麗華が現われるとは。しかも、ロバート・コリンズと手を組んでるだと!?

 片桐の予感は的中した。

 やはりあの時、彼の言うように徹底的に潰しておくべきだったと思い知らされる。社長たちを説得出来なかったおれの責任も軽くはない。━と。

 「……まさか、本当にまた流川さんがウチを攻撃して来るとはなぁ~……」

 専務が呟く。話し方はいつもの脱力系だが、その表情は厳しい。それもそのはずだ。

 専務にとっては、二回も元・社員に反旗を翻された、と言うだけではない。前回の時に片桐の言うことを聞いておけば、繰り返さないで済んだかも知れない、と言う事実も含んでいることなのだから。

 「あの時、大橋くんも片桐くんの意見を推してたよね……やっぱりきみたちの意見は聞いとくべきだったなぁ」

 「専務……」

 専務にしてみれば、既に勝敗は決しているのに、かつて一度でも式見に在籍していた社員、しかも有能な人間を潰すのは心苦しかったのだろう。おれにだって、その考えがわからない訳ではない。

 だが、おれは流川麗華に対しては、片桐ほどではないが油断ならないものを感じていた。だからこそ、片桐の意見を推したのだ。しかし、今さら何を言っても始まらない。これからどうするか、だ。

 「とりあえず、R&Sがどう出て来るか……先手を打たなくちゃ、ね。あそこと関わりのあるところをピックアップして……」

 「リストは出来ています」

 専務の目の前に、おれは現在R&Sが懇意にしていると思われる企業の一覧を提示した。

 「ほ……さっすが大橋くん」

 専務が一瞬だけ目を見開き、すぐにいつもの脱力系の顔に戻るのを見て、その切り替えの早さに感心する。

 「いえ……これは、企画室の雪村さんが作成してくれていました。そして、こちらが流通の流れ……もちろん、わかっている分のみですが」

 おれの言葉に、嬉しそうに笑みを浮かべた専務の表情。これは、専務がかなり本気になった時の顔だ。……目に見える本気モードが発動することは滅多にないが。

 資料にざっと目を通すと、専務は徐に電話を取った。

 「……あ、兄さん?礼志です。実はですね。敵の正体が判明しまして……ええ。詳しいことは、今夜お会いした時に話します。それで、すみませんがお願いがあるんですけど……」

 ━今夜。そうか。身内同士で会う予定になっていたのか。そこまではおれも関知はしていない。仕事絡みでない以上、護堂副社長とは実の兄弟なのだから。

 「R&Sと関わっている企業で、伍堂財閥とも懇意のところはありますかねぇ?……ええ、そうです。我が社はほとんどR&Sとは被っていないんですよ」

 護堂副社長との通話を終え、専務は再びリストに目を落とした。その視線が一点を見据えている。

 「大橋く~ん。ここと……この会社、押さえといて~」

 専務が指し示したリストの二点を覗き込む。

 「……この二社は確か……」

 「うん、そう。大橋くんなら憶えていると思ってた。……ここは……」

 一端、言葉を切った専務は、書棚に並んだ大量のファイル━その一冊に目を止めた。

 「五年前のあの時、まだ少しウチとの関わりがあって、ウチの味方をしてくれたところ。……そして……」

 皆まで言わずもわかっていた。お互いに。しかし、それでも。

 「こっちは、唯一、最後まで“向こう”に味方したところ、だね」

 専務は敢えて、最後まで事実を突き付けた。恐らくは自分自身に対しての。

 「すぐ矢島部長と片桐課長に動いて戴きます」

 「うん、そうしてくれるかな」

 おれはすぐに矢島部長に連絡を入れた。

 矢島部長は片桐に任せっぱなしの感がある人だが、あれでいて、実は根回しの巧妙さには定評がある。片桐のように派手ではないが、目立たないところで重要な位置を確立しているのだ。『北部米州部・営業部長』と言う肩書は、決して伊達ではない。

 つまり、部長は人が気づかないところで、片桐を絶妙にフォローしていると言うことだ。片桐もそれをわかっているからこそ、部長が苦手なことを押し付けられても肩代わりしているに違いない。

 ━それにしても。

 流川麗華が退職して、かれこれ十年近くになるか。

 あの時、良くわからないままバタバタと退職してしまった気がするが……仕事上で何かあったと言う報告もないし、もちろん片桐との間にトラブルが起きた、とも思えない。

 彼女は美人で有能だったが、片桐との間に男女の関係があった、とは到底おれには思えない。何故なら、この言い方は失礼だろうが、彼女には片桐が『女』として見る要素がないからだ。

 当時の片桐は明らかに女好きだったし(もちろん見境なしではなかったが)、気の強い女を嫌厭していた訳でもないだろう。交際している彼女もいたはずだ。

 ━が、変なところで古風なところがある片桐にとって、彼女は異性として見るあからさまな『対象』ではなかったように感じる。あくまで、おれの勘だが。

 そして彼女にしても、片桐を仕事上の良きパートナーとしてのみ見ていたように思う。

 ……とすると、もし、ふたりの間に何らかのトラブルが発生したとすれば、仕事絡みなのか。しかし、社員同士の間で起きたトラブルで退職などするか?あの流川麗華が。

 異動願いを出すとか、もしくは片桐を追い出そうとした、と言うなら話はわかるが、自分が引くなどあるだろうか?

 それに彼女は、何のために五年前の件を起こしたんだ?

 式見を潰すため?(何のために?)

 片桐に仕返しするため?(何の仕返しだ?)

 そもそもは、そこを突き詰めなければならない気がする。

 何か、良くわからない感覚に突き動かされ、おれはある場所へと電話をかけていた。確かめなければ。

 しかし、こうしてる間にも、既に流川麗華は次の一手をかけていた。
 
 
 
 
 
~社内事情〔33〕へ~
 
 
 
 
 
 
 
 

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