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社内事情〔34〕~望まぬ再会2~

 
 
 
〔片桐目線〕
 

 
 ようやく判明した敵の正体。

 流川とコリンズ(=スタンフィールド)に関する報告を専務にし終え、大部屋に戻る途中で藤堂と合流した。専務たちへの報告の場に立ち会いたかったようだが、来客中で抜けられなかったらしい。

 専務はこの後、社長に報告しに行くと言い、各部署の責任者への説明はおれが一任された。

 米州部の矢島部長、欧州部の室井部長と中岡、アジア部の林部長も交え、ミーティングルームであらましの説明をした。彼らの見解を聞いた上で、今後の方針を相談したかったのもあるし、もちろん専務も含めての話し合いの場も持たなければならない。それでも、とにかく概要だけでも説明しておきたかった。

 五年前、おれの詰めが甘かった点も含めて、正直に。

 話しているおれの心境はどん底みたいなものだ。だが、黙りこくって聞いている皆の表情は、引き締まってはいるものの、思ったよりも穏やかなものだった。

 そして、皆の意見は概ね一致したもので、とにかく取り引き先に先手を打つこと。

 あとは、何故か皆一様に『片桐くんの判断に委せる』って……思わず、おれに丸投げかよ!と言いたくなる。━が。

 「流川くんだけでなく、相手を一番知っているのはきみだ、片桐くん。我が社の社員は全員、運命共同体だ。ぼくたちは、何よりもきみのことを全面的に信頼している。きみの力を。きみの思う通りにぼくたちは動く。そして、社をあげて、今度こそ完勝しよう」

 矢島部長のひと言に、その場にいた全員の視線が、静かにおれの方に注がれた。皆の真っ直ぐに視線を感じる。

 おれの力云々は置いておき、確かにおれは自分のツケは自分で支払わなければならない、と思い起こす。

 「……力を貸して戴きます」

 おれの言葉に、全員が一斉に頷いた。

 とにかく、まずは最初にしなければならないのは、今それぞれが担当している取り引き先への根回しと警告。そして、この場にいない社員への伝達と通知。

 さらなる詳しい話し合いは、専務や他部署の責任者も含めて行なうことで合意し、この時は解散となった。

 ━と。

 ミーティングルームから大部屋に戻る途中でおれの携帯電話が鳴った。取り出して画面を見たおれは、見間違いかと表示された名前を二度見。

 (里伽子?)

 仕事中、里伽子がおれに、しかも携帯電話にかけて来るなんて珍しいことだ。と言うか、まず、ない。さっき、外出からまだ戻っていなかったようだが、何かあったのかと不思議に思いながら通話を繋ぐ。

 「もしもし?」

 返事がない。が、布が擦れるような音と外の微妙な音、そして、途切れ途切れの言葉の切れ端のような、呼吸音のような。

 「………………?」

 不思議に思いながら耳を澄ませた途端、設定していた里伽子の居場所を示すGPS機能が作動した。里伽子に今回の件をざっくりと話した時に、万が一の場合にお互いの位置を把握出来るようにしたためだ。

 それだけではない。その万が一に備えて、希望者のみ社に届け出るよう、先日の社内勧告の際に全社員にも募った結果、かなりの人数が情報を提示するに至った。社への届け出を躊躇う者の中には、親しい同士で情報を交換した者もいるだろう。

 一瞬、自分の目が何を見ているのかわからず、頭の中がフリーズする。

 が、次の瞬間━。

 おれの脳がフル回転し始め、弾かれたように身体が動き始めた。

 机の引き出しを開け、社から支給されている滅多に使わない携帯電話を取り出し、GPSをオンにする。

 「藤堂!社員一名のGPSが作動した!至急、手配と専務への連絡を頼む!おれはこのまま現場に向かうから、位置確認と連絡は社用携帯でしてくれ!おれの携帯には連絡されても出れん!」

 おれはそう言って返事も聞かずに出入り口の方へと動いた。突然の事態に、一瞬、藤堂は固まっているのか、代わりに「了解です」と言う根本くんの返事がおれの耳を追いかけて来た。

 里伽子の位置を確認すると大した距離ではない。だが、何かが起きているのなら、ほんの一秒二秒が大きな差を生む。おれはひたすら走った。

 (……里伽子……何があった?)

 電話からは、相変わらずハッキリとした音は聞こえて来ない。話し声のように聞こえる音が、里伽子が無事でいることのようにも思えるものの、応答がないことが焦る気持ちを煽るだけ煽る。

 走って、走って、ただひたすら走った。

 示されている場所の周りは、昼間でもひと気の途切れた場所。嫌な予感だけがおれの脳内を駆け巡っていく。

 あの角を曲がれば里伽子がいるはずの場所、と言うところまで来て、おれは走る力を振り絞った。息が上がる。

 角を飛び出したおれの目に、大柄な外人の男に詰め寄られる里伽子の後ろ姿と、傍に立つ背の高い女が映った。里伽子はその女を庇っているように見える。

 だが、里伽子よりも背が高いその女の後ろ姿に、おれは記憶の一部が逆流して来るのを感じた。心臓が跳ね上がるかのように鳴る。

  「……里伽……」

 不安に駆られながら里伽子を呼ぼうとした瞬間━。

 里伽子が男の太い腕に弾かれた。

 おれの目の前で、里伽子の身体が宙を舞うその様が、まるでスローモーション映像のように目に映る。

 「……っ……里伽子!!」

 おれの声に反応した女が、僅かに顔をこちらに向ける。

 「…………!!」

 おれは声も出せずに、頭の中が真っ白になった。

 振り向いた女━ついさっき電話で『ソニア』と名乗った━流川麗華の整った赤い唇の端が持ち上がり、これ以上ないくらい優雅な曲線を描く。毒々しい美しさを放つ悪魔のように艶然とした笑みが、まるでおれの様子に満足したかのように楽し気に花開く。

 倒れ込んだまま動かない里伽子に駆け寄りながら、おれは流川の姿を幻でも見るように網膜に映していた。
 
 
 
 
 
~社内事情〔35〕へ~
 
 
 
 
 
 
 
 

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