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社内事情〔42〕~社長の告白~

 
 
 
〔礼志目線〕
 
*
 
 ━夜。

 大橋くんが帰った後、ぼくは社長と……いや、父と一緒に帰宅した。

 「……礼志……今日の件、手配は滞りなく済んだのか?」

 車の中で父に訊かれた。

 「はい。大橋くんが手早く終えてくれました。兄さんにも連絡済みです。伍堂の方でも警戒する、と言ってくれました」

 「そうか……」

 そう返事をしたものの、何か考え込んでいるようでその表情が厳しい。これは何かあるかな?と思った矢先━。

 「礼志」

 「はい?」

 ぼくを呼びはしたものの、その後が続かない。こんなに歯切れが悪い父も珍しい。と、同時に、何だかとってもイヤ~な予感がする。

 「……実は、お前にまだ話していないことがあってな……」

 (来たーーーーーっ!)

 イヤ~な予感的中。何でイヤなコトって当たるんだろ?

 (これは心して聞かねばならないかな?)

 そう覚悟を決める。顔は平静を装えても、何か背中をイヤなものが伝うなぁ。

 「はい?何ですか?」

 そこまで言ったのに、父はまだ躊躇っているようだった。社長としての父と相対していて、こんな様子を見るのは本当に初めてだと思う。いや、家庭内でも見たことがないけど。

 「……この話の発端は、私が式見を立ち上げる前に遡る」

 うわぁ……年寄りの昔話、長そうだなぁ。

 「はいはい」

 「……お前、真面目に聞く気があるのか?」

 「ありますよ。……って言うか、さっきから聞いてるじゃないですか」

 「お前の返事を聞いていると真面目さの欠片も感じない。ふざけているようにしか聞こえん」

 「………………」

 ひっどー。

 そりゃあ、ぼくは雰囲気とか話し方とか緩いかも知れないけど、これは生まれつきだし仕方ないじゃない。これでも結構いろいろ考えているんだけどなぁ。

 「……まあ、いい。お前が片桐くんのようだったら、それはそれで私も困惑するからな」

 そこで片桐くんを引き合いに出しますか。タイプ違い過ぎるでしょ。

 「片桐くんみたいな人、そうそういないと思いますけどねぇ」

 ナケナシの反論。

 「まあ確かにその通りだ」

 わかってんのに、ぼくに片桐くんの雰囲気を望むかなぁ……実の親が。

 「まあ、それは置いておいて。ところで、話って何なんですか?」

 もう話題を切り替えるしか道が残されていない。

 「……そうだな。私が若い頃に犯した失敗の話だ」

 「………………」

 すんごく長くなりそう。

 だけど、父がそこまで気に病むほどの『失敗』って何だろう?その辺りは気になる。

 「お父さんでもそんな失敗があったんですねぇ」

 「おかしいか?」

 何か少し尖った父の声。あれ?ぼくとしては褒め言葉のつもりだったんだけど。失敗することなんてなさそうなんですけど、って。片桐くんにしても、皆ちょっと被害妄想気味じゃない?

 「……いえ、そう言うことではなくて。お父さんにしては珍しいと思っただけです」

 「……私にだって数え切れないほどの失敗や、拭い切れない後悔もある。特に若い時分には、人の心の読み間違いもあったし、それに気づかないまま過ぎてしまったことも……」

 「………………」

 これはますます危険な香りがして来た。だけど、これを聞かないと話が進まない気がするし……。

 「お父さんはそう言うところを、ぼくたちに見せませんでしたからね」

 フォローになったかな?

 「私自身が背負うべきもの、と思っていたからな。まさか、お前たちの代にまで影響を及ぼすなどと……思いも寄らなかった」

 昔の男っぽい。……って言うか、昔の男か、父は。

 「ぼくたちに影響を及ぼしているんですか?」

 さりげなく訊いてみると、

 「……そうだ」

 さっきのように深刻な表情を浮かべて頷く。

 「……それを今話そうとされてるってことは、今回の件に関係あるってことなんです……かね?」

 ぼくの質問に、さらに表情を硬くした父は目を瞑り、

 「……そうだ」

 重々しく応えた。

 「それは……」

 まいっちゃいますね……。最後まで言葉にならなかったよ。

 そうして父は、自分自身の最大の失敗、とやらを話し始めた。ひとつひとつ、確認するように。その出来事を噛み締めるように。

 ……聞かなきゃ良かった。
 
 
 
 
 
~社内事情〔43〕へ~
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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