届けぬ想い
幸せでいてほしい
きみはぼくの魂の片羽(かたは)
届けることはないけれど
それがぼくの変わらぬ想い
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大手運送会社に勤めるぼくは、あの日、配達に行ったある会社で彼女に出逢った。
「毎度、○○運輸です」
代理で行ったその事務所に、いつもと同じように挨拶をしながら足を踏み入れたぼくを迎えた女性...それが彼女だった。
「あ、はーい」
明るく返事をしながら手早く送り状の控えに押印をしてくれる彼女は、社の制服を着ている様子から察するに、受付も兼ねた事務員のようだった。
特に驚くような美人というワケではないけれど、色が白くて猫みたいな大きな瞳。女性の年齢はよくわからないが、30歳前くらいだろうか。
「ありがとうございます。またよろしくお願いします」
そう言って事務所を出ようとするぼくに、彼女は「お疲れさまです」と労いの言葉と一緒に笑顔をくれた。
たったそれだけのことだったけれど、何故だか妙に印象に残った。
それからもその事務所には、いつもの担当者がいない時に代わりに配達するくらいだったが、一度顔を覚えたせいなのか何なのか、彼女がその界隈を意外とよく出歩いていることに気づくようになった。
時には買い物袋を持ちながら歩き、時には小走りで道を駆け抜けて行く。
そうこうしているうちに、彼女も仕事中のぼくに気づいてニコニコと笑いながら挨拶の会釈をしてくれるようになっていた。
配送の仕事は時間との勝負。荷物が多い時や夕方は、眉間にシワがバリ3くらいに寄ってしまうことも少なくない。そんな時、小走りで駆け抜けて行く彼女を見かけると、何故か意味もなく笑ってしまう。別に面白い走り方をしているワケではないのに。
その姿を見て、自分もがんばろうという気になっていたのかも知れない。
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何度か挨拶を言葉で交わすようになっていた頃、ぼくは仕事上がりの同僚に「お前にらしいぞ」と小さな封筒を渡された。
受け取った封筒の表には、『御社のSDの方にお渡し願います。確か樫村さんと仰ったと思います』とハッキリとした字で書かれている。確かにぼくの姓は樫村だけど...
「トラックの後ろに置いてあったぞ」
同僚にそう言われたぼくは、覚えのないその封筒を開けてみる。
中にはボールペンが1本。見るからにわかる高級品...というワケではないが、ちょっと変わったデザインの洒落たペン。だけど覚えがない。
頭を捻りながらもう一度封筒の中を見ると、2つに折られた小さな紙が1枚入っている。開いてみると、それは手紙。
社名、住所、電話番号、メールアドレス、名前がプリントされた便箋のような紙に、封筒の表書きと同じ筆跡の文字が並んでいる。内容を読む前に社名に目が吸い寄せられる。
ひと目でわかった。彼女のいる会社だ、と。
そうわかると、これは彼女以外には考えられない。社名の下に記された名前は『広川 彩』となっている。『ひろかわあや』と読むのだろう。確かに荷物の受け取りで押印してくれた時、デート・インの姓は『広川』となっていたような気がする。
手紙を読むと、彼女の事務所がある雑居ビルのエレベーターホールに落ちていたと。ちょうどぼくがエレベーターから降りて去って行く後ろ姿を見た直後に落ちていたので、ぼくが落としたと思ったらしい。
綺麗に書かれたその文字を眺めながら、ぼくは何とはなしに彼女の顔を思い浮かべていた。
「ひろかわ...あやさん...って言うのか」
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数日後。
仕事の休憩中に、ぼくはトラックの中でペンを眺めながら、彼女からの手紙のことを考えていた。
彼女がぼくのものだと勘違いしたペンは、もう誰のものかもわからない。返す宛もないペンなのだから、捨ててしまえば良いのだろうけど、まだ新しいように見える洒落たペンを捨てるのはもったいない気がして、ぼくはそのペンを自分で使うようになっていた。
今にして思えば、そのペンが彼女との繋がりのような気がして、何となく持っていたかったのかも知れない。
そのペンを胸ポケットに入れると、ぼくは忙しさを理由に先伸ばしにしていた迷いを捨て、手紙にプリントされていた彼女のメールアドレスにメールを送ってみることにした。
別に内容は特別なものではない。勘違いだったとは言え、ぼくのものだと思ってわざわざ返そうと思ってくれたことへのお礼と、実はぼくのものではなかったけれど気に入ったので使わせてもらっていること。それだけ。ぼくには家族が...家内も子どもたちもいるんだから。無用な煙を立ててはいけないことは充分にわかっている。
でも。
「別にこれくらいのメールなら送ってもいいよな」
自分で自分に確認しながら送信ボタンを押した。
***********
その日の夜、彼女からの返信があった。
勘違いしたことへの詫びと、わざわざ連絡をくれたことへの礼。最後は業務的な挨拶で締められていた。きちんとしていながらも明るい雰囲気を醸す彼女の文面に、仕事の疲れが癒されていくような気がする。
でも、その当たり障りのない内容にホッとしながらも、どこか少し残念なような、何故かはわからないけれどモヤモヤした感情が湧く。
「バカだな。おれは何を期待してたんだ」
自分が知らず知らず何かを期待していたことに気づき、自分で自分がおかしくなる。
でもホントならそれで終わりのはずだった。...はずだったのに。
一体ぼくは、どこで何を間違ってしまったのだろう。自分の置かれた立場も状況もちゃんとわかっていて、それを乗り越えるつもりなんてなかったのに。
何かに促されるように、ぼくは何と言うこともない内容のメールを打ち、再び送信ボタンを押した。
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彼女とぼくは、事務所の界隈でたまに顔を合わせては世間話をするだけでなく、時々メールをやり取りする『メル友』のようになっていった。
内容はホントに他愛もないこと。仕事のこと、趣味。
その他愛もない話やメールは新鮮で、代わり映えのない生活の中に不意に湧いたオアシスのようだった。忙しくてなかなか返信できなかったけれど、ぼくの心に少しずつ少しずつ染み込んでいく。彼女の文面はおもしろくて、何だかメルマガのように楽しく読むことができたのもあるかも知れない。
この時には、メールの中では彼女のことを『彩ちゃん』と書けるようにまでなっていて、このまま、この穏やかで生ぬるい関係を続けていけたらどんなにいいだろう...そんな風に考えるくらいに。
だけど、ふと、不安になる。
ぼくは彼女に結婚していることを言っていなかったのだ。聞かれたワケでもないし、別に特別な関係に踏み込もうともしていないのに、自分からわざわざ言うのも何だか自意識過剰なような気がして。彼女だって、別にぼくに対して特別な感情など持っていないだろうに、何故だか罪悪感のようなものを感じてしまう。
この気持ちが何なのか。今まで感じたことのない感情に、ぼくは答えを出せずにいた。
***********
どうするべきか答えを出せないまま、季節はお盆休みを過ぎた頃。
いつものように彼女から届いたメールには、彼女がお母さんの実家へ家族で帰省した際に、お土産として買ったビールを飲まないか、と書かれていた。いつも予備として多目に買うらしい。
ビール好きのぼくが喜んで飲みたい旨を伝えると、事務所の近くにトラックを停めている日に連絡をすれば、仕事帰りに持って行くと返事が来た。その日からぼくは、悩んでいたことなどすっかり忘れ、ビールを受け取れる日を楽しみに仕事をしていた。
数日後。
夕方、トラックの後ろで集荷してきた荷物を積んでいると、「お疲れさまです」と声をかけられ、振り向くと彼女がニコニコと笑いながら立っていた。手には紙の手提げ袋を持っている。
「お疲れさま。今日も暑かったですね」
そう言ったぼくに、
「ですね~。はい、これ。暑い日のお仕事上がりのお供です」
と、持っていた手提げ袋をぼくに差し出した。
「ありがとう!今日、仕事が終わったらさっそく戴きます!」
袋の中を覗きながら言うと、彼女はニヤリと猫のようなイタズラっぽい表情を浮かべた。嬉しさのあまり興奮し過ぎたのがバレバレだったみたいだ。
「でも今夜は無理なんじゃないですか?帰ってから冷やしたんじゃ遅いですよね?」
そう言う彼女に、ぼくはクールボックスを持ち上げながら、
「終わるまでに、これでキンキンに冷やしておくから」
彼女に対抗するかのように得意気に笑って見せた。
「あ、なるほど~」
彼女は感心したように言う。
お母さんの実家への帰省の話などをしていると、
「樫村さんは夏休みはあるんですか?」
と彼女の方からも質問され、ぼくは何の気なしに、
「ありますよ。4日、休みをもらいました。でも、まあ、子どもをプールに連れて行ったりで終わりましたね」
...言ってから、ぼくはハッとした。
完全に油断していた。こんな形で、自分が妻子持ちなのだと伝えるハメになるなんて。自分がちゃんと『伝える』と意識していない状態で。
冷静を装いながら彼女の様子を伺うと、彼女は全く表情を変えた様子もなく、
「じゃあ、お子さんも喜んだでしょうね~」
とニコニコしながら言った。
どこかホッとしながら、どこかガッカリしながら、
「もう、休みでもヘトヘトですよ~」
そう答えたぼくに、
「身体に気をつけてくださいね。お疲れさまです」
笑顔でそう言って帰って行った。
悩んでいたと言えば大袈裟だが、それを問題なく解決できたと言うのに。何故かぼくの心の中には、寂しさと虚しさが渦巻いていた。
***********
それからもぼくたちの間は、何となくメル友関係が続いていて。
彼女の自宅の近くは、父親と離婚したぼくの母親が妹を連れて住んでいた場所であることを知ったりして、「もしかしたら昔、すれ違っていたかも?」などと話し、さらに親近感が増したり。またある時は、偶然にも彼女の年齢を知ることができたり。
彼女の以前の勤め先を、彼女が住んでいたことのある場所だと勘違いしたぼくが、
「えっ!そこにいたの!ぼくの妹もそこにいて、○○小学校と○○中学校に通っていたんだよ。もしかしたら同級生だったりして」
と言ったところ、
「違いますよ~。私の元の勤め先が近くで、仕事でその学校には行ってたことがあるんです。だから同級生ってことはないですよ~」
と返事が来てぼくは自分の勘違いに気づいたのだが、その後の彼女の言葉で衝撃を受けた。
「大体、私がその学校のOBだとしても、お兄さんである樫村さんより歳上なのに妹さんと同級生だなんてありえないですよ~」
って、それって...ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って。彼女がぼくより歳上?そんなことはぼくの中ではありえなかった。妹の同級生でもちょっと上に見すぎたかと思っていたのに、そんなバカなって感じだ。
「彩ちゃん、おれってそんなに若く見えますか?妹と同じでも上に見すぎちゃったと思っていたんだけど」
そう送ってみると、
「私の見立てでは、樫村さんって34歳か35歳くらいなんですけど」
と返ってきた。と言うことは、少なくとも彼女は36歳以上と言うことになる。どう高く見積もっても30歳そこそこにしか見えない。
「おれは今37歳で、早生まれだから今年38歳の人と同じ学年だよ」
と返すと、
「えっ!そうなんですか!目上の方とは全く思ってなくて失礼しました。てっきり私より2つくらい下かな~と勝手に思ってました...私より1学年上なんですね」
若く見られていたことよりも、彼女が30代の半ばを過ぎていることの方が驚きだった。やっぱり女性の年齢はわかりにくい。
と言うか、ぼくに見る目がないだけなのか。思い返して見れば確かに、妙に落ち着いた感はあったけど、単にそういう質なのだと思っていた。
仕事に忙殺されながらも、ホントにたまにとは言え、そんなやり取りをしながら何となく季節は過ぎ。ぼくはこの状態から脱け出せずに...いや、正確には脱け出さずにいた。
ホントはぼくにだってわかっていたのに。
この状態が心地良いのは、これがぼくの生活の中で『イレギュラーなこと』だからだ、と。これがぼくの日常になれば、特別なことではなくなる。そうすれば、これは新鮮なことでも何でもなくなるのだ、と。
特別なことだからこそ、手放したくない思いが募る。ホントはぼくのものではないのに。
最近、家内が何となく携帯電話を見ているぼくを見ている気がすることも、ぼくの心に焦りを生じさせていた。極力、家では携帯電話に触らないようにしてはいたけれど。内容を見れば、特にどうと言うものではなくても、例え取引先の客であっても、やはり家内からすればイヤなことであるには違いない。
決断をしなければいけないことはわかっているのに、ぼくはなかなかそれが出来ないでいた。
決断の時を計算しつつ、ほくはある日彼女を飲みに誘ってみた。それが最後になるのか、その可能性も覚悟はしてのことだったけれど、そこまではその時点では図りかねた。
彼女は一瞬の間のあと、
「はい、いいですね」
と、いつもの調子で承諾し、
「...気長に待ってます」
と、イタズラっぽい笑顔を浮かべながら言った。ぼくの仕事が忙しいことをわかっているからこそのセリフに、思わず苦笑した。
***********
そのまま、なかなか実行できずに2月。
彼女の事務所が入っている雑居ビルのエレベーター前で、偶然、彼女に会った。彼女はぼくに気づくと、持っていた紙袋の中から小さな箱をひとつ取り出し、
「ハッピー☆バレンタインデー」
とチョコレートをくれた。何気なく紙袋の中を覗くと、小さな箱がいっぱい入っている。正直、義理なのか何なのかさっぱりわからない。
夏のビールの時も思ったが、どうも『念のための予備』をしっかり用意する用心深さがあるのだろうか。
そんなことを考えるぼくに、
「そのチョコ、シャンパンの入ったトリュフらしいからお仕事中はやめた方がいいかもですよ」
そう注意点を教えてくれた。ぼくはたかだかチョコに入ったお酒なんて...とタカを括っていたのだが、悲劇はその後すぐの休憩時に起きた。
その午後、再び彼女に会った時、
「さっきもらったチョコ美味しかったよ。ありがとう。でも油断してたら、かなりお酒が強くてビックリしたよ。顔が赤くなっちゃって、運転して大丈夫か焦った」
と笑いながら報告すると、
「えー!食べちゃったんですか~?だから言ったのに~」
と妙に楽しそうに笑われた挙げ句、
「でも、私もこないだ同じの食べたんですけど、私、シャンパンの味わからなかったんですよね~」
...彼女はぼくよりも全然酒豪かも知れない。
そのタイミングで、ぼくは予てより約束していた飲みの日程を打診した。次の金曜日の夜。
彼女は承諾した。
いろいろ考えながら話す前に、ぼくの方がツブされるかも知れない。
***********
次の金曜日の夜。
ぼくたちは駅で待ち合わせ、ちょっと小綺麗な居酒屋に入った。
彼女は思っていた程には飲まなかったが、顔色は赤みをおびるものの、全く変わらないその様子に秘めた酒豪の片鱗を匂わせた。もし本気で彼女が飲み出したら、間違いなくツブされる予感が脳裏を駆け巡る。
そうは言いながらも、和気あいあいと話は弾み、時間は過ぎていく。
ここに来てまだ、ぼくは心の中で迷っていた。
これで終わりにするべきなのか。
知らん顔を決め込んで、今までのような関係を引っ張るのか。
時間は刻々と過ぎ、電車の時間を考えてもそろそろタイムリミットが迫っていた。
ほんの少し、黙り込んだぼくに、彼女は穏やかな笑顔で、
「あ、そろそろ出ましょうか」
そう言った。
そう言われては仕方ない。とにかく会計を済ませ、店の外に出たぼくたちは、裏道をゆっくりと歩き出した。
横を並んで歩く彼女の気配を意識し過ぎて鼓動が早まる。アルコールのせいだけではないはずだ。
━どうする。
━どうすればいい。
━どうするべきか。
ヘンな三段活用を頭の中でしながら言葉を探していたその時。
「私、今はあんまり飲まないんですけど...樫村さんって、本気で飲んだ私よりお酒弱そうですよね」
と得意気に笑った。
「今日はやっと樫村さんのヨッパー姿を見れました。ありがとうございました」
ぼくの方を向いて、ニッコリと微笑んだ彼女の顔を見たその時...
思うよりも先に、ぼくの足は動いていた。
彼女の指先を握りながら向き合うと、驚いた彼女の唇に自分の唇を重ねた。自分でも自分の行動に戸惑いながら、それでも止まれない自分がいた。微かに香る彼女の香水の匂いがぼくの鼻腔をくすぐる。
目を見開いたまま身動きひとつしなかった彼女は、やがて静かに睫毛を伏せた。
自分で自分を抑えられなくならないように、唇に触れるだけの口づけ。
これ以上触れたら、止まれなくなるから。
そのラインを踏み越えない、ギリギリの。
角度を、向きを変えながら、息継ぎをするたびに洩れる吐息のような呼吸が重なる。
その呼吸が熱を帯び、彼女の吐息を感じてぼくの心が深みを求めそうになる。
深みに嵌まらないように必死に堪えながら、でも、唇を放すことはできず、重なった唇が2人の体温と吐息でさらに熱を帯びていく。
その熱気で彼女の唇に塗られたリップが溶けるように、2人の唇を潤していくのを感じながら、ぼくが彼女の指先を強く握りしめたその時、吐息とともに洩れた、彼女の微かな囁きを聞いた。
(...順一さん...)
ぼくにはわかった。
さっきの彼女の言葉で。
『ありがとうございました』
彼女はこのひと言でぼくに伝えていたのだ。
これで終わりだ、と。
今夜が最後だ、と。
迷っているぼくに気づき、
決断をできないぼくに気づき。
だからこそ、自分から先に言ってくれたのだと。
そして、最後に苗字ではなく名前で呼んでくれたことで、彼女も本当はぼくに好意を抱いてくれていたのだと。
その、たったひと言で。
どれくらい、ぼくたちはそうしていたのだろう。
先に手を放したのは、やはり彼女の方だった。
彼女はぼくの目を真っ直ぐに見つめ、強い、強い瞳に笑顔を込め、その後一瞬、全てを断ち切るかのように強く睫毛を伏せた。
彼女はぼくが思うよりもずっと。強く、しなやかで、そして潔かった。
思わず謝りそうになるぼくに何も言わせず、再び駅に向かって歩き出す。
何も、何も言えない自分。何もできない自分。
情けないこんなぼくを、彼女は全てわかった上で受け止めてくれたのだと思うと、どうしようもない思いが込み上げてくる。
駅に着くと、
「今日は本当にありがとうございました。とても楽しかったです。これからも身体に気をつけて、また配達よろしくお願いしますね」
そう言って手を振りながら改札口に向かって歩き出した。
「おれの方こそ楽しかった。ありがとう」
やっとの思いでそれだけを口から絞り出す。
彼女は笑ってもう一度手を振り、ホームへの階段を降りて行った。
その姿を見送りながら立ち尽くすぼくの唇には、彼女のリップの潤いだけが残っていた。
しばらくして、自分も家路につきながら彼女との数ヵ月を思い出していた。
非日常の関わりの中で感じていた、懐かしいような気持ち。
若い頃、独身の頃のようなドキドキ感やときめき。
そんなものを、思い出させてくれた彼女との時間。
セピア色に薄れていくことはあっても、きっと忘れることはない。
折に触れ、時に返り、いつまでも記憶の波の中を漂っているに違いない。
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幸せでいてほしい。
どんな時でも。
今生で交わることはなくても、
きみはぼくの魂の欠片。
***********
~完~
(誤字脱字、ご容赦あれ)
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