社内事情〔28〕~足音~
〔東郷目線〕
*
その日、東郷くんは外出していたんだけど。
社に戻る途中、またまた気になるものが東郷くんのセンサーをビンビン刺激する。
ピッカピカでものすごい立派な車が、社の近くの路上に停まっていたのだ。目立つ目立つ。
(ほぇ~。何て言う車だろ?)
東郷くんは車にそれほど関心がないので、さっぱりわからなかったけど、ヤバ臭がプンプンする。それでいてレンタカーらしきナンバーも却って怪しい。
横目で見ながら通り過ぎようとすると、窓ガラスは黒くて中が見えない仕様になっている。それがまた一段と怪しい臭いを発っしている。
何となく……何とな~く。ものすんごいイヤ~な予感センサーが妖怪アンテナみたいに反応する。ヤバそう。何だかわかんないけど、ヤバそう。
東郷くん、危うきに近寄らず、石橋を叩いても回り道。
用心深い東郷くんは、社の表玄関から入るのを止め、そのまま真っ直ぐに歩いて車から見えない裏口へと回った。
(何だろう?この感じ……)
ワケわかんない。わかんないけど、片桐課長に言っておこう。前みたいに言い損ねるのイヤだし。専務もどんなことでも気になったら、って言ってたし、うん。
営業部の大部屋に向かう途中、東郷くんは休憩室の方へ行く里伽子先輩を見かけた。そうだ。里伽子先輩にも訊きたいことがあったんだ!
……と思った瞬間、うわわ。
違う方に、専務と大橋先輩と一緒に歩いている片桐課長を発見!こっちが優先だ!
「かったぎりかちょお~!」
駆け寄りながら呼ぶと、三人が一斉にこっちを見た。
「お~東郷。相変わらず元気だな。どうした?」
「専務、大橋先輩、お話し中に申し訳ありません」
東郷くんにもこんくらいの言葉は出せるのだ。……当たり前か。
「いやいや、構わないよ~。どうかしたのかい?」
専務が、何故か何かを期待するように、楽しそうに答える。東郷くんは、一体、何を期待されているんだろう?ま、いっか。
「……あ、あの!全然、関係ないかも知れないんですけど!」
「ん?」
いきなり前置きもなしに言い出す東郷くんに、片桐課長が不思議そうな顔をする。
「今、外出から帰って来る時、社の近くの表通りに、何か気になる車が停まってたんです。本当におれの気のせいかも知れないんですけど……この辺りにあんな車が停まってるのあまり見ないし、しかもガラスが完全に黒くシールドされてたんです」
片桐課長と大橋先輩が顔を見合わせ、次いで課長は専務の方を向いて即座に言った。
「確認して来ます」
「でも、様子を見に行った風じゃない方がいいねぇ」
緊迫感なく専務が答えた時。
「おれが先に出ましょうか?」
突然、後ろから聞こえた声。
「北条……」
片桐課長が呟くように言う。いつの間にか後ろに来ていた北条先輩。先輩はいつもの坦々とした調子で専務と大橋先輩に会釈し、片桐課長に向かって提案した。
「おれが入り口前で、課長を待ってるフリをするってのはどうですか?」
一瞬、専務と大橋先輩が顔を見合わせてる間に、課長の決断は早かった。もちろん、東郷くんの視線はその間、四人の顔を行ったり来たりしているだけ。
「行ってくれるか?」
「……了解です」
答えるや否や、北条先輩は躊躇いなく、スタスタと玄関に向かって行く。
「3分後に行く」
その背中を、片桐課長の声が追いかけ、北条先輩は片手を挙げて返事をした。……何かカッコいいなぁ……とか考えてる場合じゃなかった。
「あ、あの、おれ……」
「東郷は顔を見られてる可能性がある。このまま部屋へ戻っていてくれ」
確かにそうかぁ。まあ、怪しい相手とは限らないんだけど、万が一ってあるもんね。
「はい。じゃあ、このまま戻ります」
「うん。サンキューな」
そう言って、課長は時計を見た。
「行きます」
専務たちに言い、課長も玄関に向かって歩き出す。
「片桐くん。無茶はしないでね~」
やっぱり緊迫感はない専務の言葉に、課長は北条先輩と同じように片手を挙げた。……やっぱりカッコいいなぁ。東郷くんじゃサマにはならないかなぁ……ざんねーん。
専務たちに挨拶して、東郷くんはとりあえず大部屋に戻った。すると、既に里伽子先輩が休憩室から戻っている。チャンスだ!
「あ、あの、里伽子先輩!」
呼びかけると、里伽子先輩がゆっくりとこっちを振り返った。
「東郷くん。どうしたの?」
「すみません。おれ、訊きたいことがあって……」
そう言った瞬間。
「里伽子センパーーーイ!」
すごい勢いで欧州部の方から南原先輩が走って来る。
「友萌?どうしたの?」
南原先輩の勢いに押され、里伽子先輩の意識はそちらに向いてしまった。東郷くんは口を挟めなくなり……うわーん。
「今度、相談したいことあるんです~」
「別にいいけど……何?」
「それはその時に話します~」
南原先輩が里伽子先輩に相談!うわー!気になる、気になる!何だろう、気になるー!東郷くん、耳ダンボだよー。
……と、今頃になって東郷くんの存在に気づいたのか、南原先輩がこっちを見た。
「あれぇ?東郷くん、ここで何やってるの?」
「え……おれ……」
うわーん、ひどいよ~。東郷くんの方が先に里伽子先輩に話しかけてたのに~。
……とか何とか言ってるうちに、片桐課長と北条先輩が連れ立って戻って来た!こっちが優先だー!
「……ちょっとすみません!……かったぎりかちょお~!」
里伽子先輩たちとの話を投げ出し、課長と北条先輩に駆け寄る。
「あ、あの……」
東郷くんが恐る恐る切り出すと、
「……うん。東郷の勘は間違っていない、と思う」
片桐課長が真剣な顔で言ったんだ。
「おれが外に出た時、恐らく東郷が見たと思われる車が発進するところだった。見るからに嫌な感じだったが、課長が出て来た時には……」
続けた北条先輩の言葉を受け、
「おれが見たのは、走り去る車の後ろ姿だけだった。だか……北条が言うように嫌な気配が滲み出ていた」
課長の私見も同じ。うわーん。何だか怖いことになりそう。
「専務と大橋に報告して来る。念のため、恐らく社員には勧告を出すことになるだろうが……」
「……そうですね」
片桐課長は米州部のシマで根本先輩に何かを指示し、そのまま大部屋を出て行った。北条先輩と東郷くんは欧州部のシマに戻り、仕事を再開したけど何か落ち着かない。
「……早いとこ、片付けたいな」
北条先輩がポツリと呟いた。坦々とした先輩にしては珍しく、顔が険しい。
「……はい。何か、片桐課長が心配です」
東郷くんの言葉に、北条先輩がチラリとこちらを見た気がした。
「……そうだな」
少しの間の後、先輩が同意の言葉を呟く。
このすぐに後、専務の認可を得た大橋先輩は、電光石火の速さで社内に通達を出した。
社員は出来る限り、ひとりで行動しないこと。特に女性社員は、加えて早めに帰宅すること。
この通達は、所轄の警察署から、近辺で不審者が出たとの理由で通知が来た、と言う名目だった。たぶん、社員の不安を最小限にするためなのかも知れない。
~社内事情〔29〕へ~
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