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社内事情〔29〕~後悔~

 
 
 
〔礼志目線〕
 

 
 名目は『警察からの注意喚起』とは言え、社内に注意通達を出すような事態になってしまった。もっと早く解決出来てさえいれば、と悔やまれる。

 今回の件が5年前に起因しているのか、それとも全くの別物なのか。

 少なくともぼくは過去に関係している、と思っている。ここまで大きな問題になったと言うことは、10年前の寄木さんの問題とは別と考えていいだろう。

 5年前の大口契約白紙の件、片桐くんの執念に近い頑張りによる奪取、そして、突然の異動願い。しかも、あれだけ可愛がっていた藤堂くんを手離すと言う選択。

 あの時、片桐くんは強硬な手段を提案して来た。彼にしては珍しいくらいに。

 どうも大橋くんも片桐くんに賛同していたようだけど、社長とぼくはそれを却下してしまった。そこまでの必要性を見出だせなくて。

 だけど、後々になって考えてみたら、片桐くんはまだ何かを、自分だけで抱えていたに違いない。ぼくたちに話せない『何か』を。その『何か』が、彼を強硬手段に駆り立てのだ。

 それを見抜けず、後顧の憂いを残したぼくたちの責任は重い。片桐くんの性格をわかっていながら、重きを置かなかった責任は。

 今度こそ、間違えない。

 全面的に片桐くんの判断を信じよう。彼の能力は、本当に計り知れないものがある。

 そして、その判断が万が一にも間違っていたとするならば、その時こそ、ぼくが全面的に責任を負う。片桐くんには、思う通りに、思い切り動いてもらいたい。

 それこそが、片桐くんの能力を最大限に引き出すものだから。

 社内通達を出してすぐ、ぼくは兄さんにも連絡を入れた。合同で調査をしている以上、伍堂財閥にも何らかの接触がある可能性は否定出来ない。

 『ついに直接……しかも、社の目の前に接触して来たのか』

 「まあ、確実、と言う確認が取れた訳ではありませんが。しかし、その可能性が高いと思って行動した方が良さそうです」

 ぼくの言葉に兄さんが頷く気配。

 『ウチの方も、社員にそれとなく通達を出しておくことにするよ。闇雲に怖がらせることはないけど、念には念を入れて用心するに越したことはないからね』

 「そうしてください」

 攻めと守りはバランスが重要だ。もちろん、その状況によってバランスは変わるから見極めは難しい。だけど、どちらかに傾けば、必ず足元から掬われる。

 少しの間の後、兄さんが思い出したように訊いて来た。

 『そう言えば、前に少し話したけど……あの今井里伽子さんって言う子はもしかして……?』

 あちゃー。やっぱりバレちゃったか。さすが兄さんの情報網と記憶力は伊達じゃないなぁ。

 「ありゃ、わかっちゃいました?」

 ぼくがおどけた体で返すとプッと吹き出す。

 『何だか気になってね。あの後、一生懸命、記憶を手繰ったよ』

 「……このことは……」

 『わかってる。誰にも 洩らすつもりはないよ。その調子じゃ片桐くんや藤堂くんも知らないことなんだろう?』

 そこまでバレバレかぁ。

 「社内では社長とぼく、そして、当時の人事部長しか知りませんよ」

 『静希のことに匹敵する極秘事項な訳だ』

 兄さんが如何にも可笑しそうに笑った。

 「もしバレたら辞められちゃいますよ。そうなったら、我が社の大損害です」

 『そうなるね』

 「簡単に言わないでくださいよ」

 まったく、ヒトゴトだと思って軽く言ってくれる。

 『ごめん、ごめん。だけど、彼女は大丈夫な気がする。もし彼女が退職するとか言う事態があるとしたら、結婚する、とかなんじゃない?あれだけの美人さんだし』

 そうなのだ。その辺が心配でもあるけれど、こればかりはどうしようもない。彼女を射止めるような男が想像もつかないけど。

 ━と、考えた時。

 ふと、脳裏を過った可能性に、ぼくの思考と身体はフリーズした。

 (……まさか……だよねぇ……)

 『礼志?どうかしたのかい?』

 兄さんの心配そうな声で我に返る。

 「いえ、何でもないです」

 『そう?急に黙り混んだから何かあったかと思ったよ』

 「大丈夫ですよ。とにかく、お互いに最善の注意を払って行きましょうね、兄さん」

 そう言って、兄さんとの電話を切った。

 (いや……ホントに、まさか、だよねぇ……)

 ぼくは頭を振って志向を散らし、大橋くんが置いて行った大量の書類に目を通し始める。

 怒涛の数十日が始まろうとしていた。
 
 
 
 
 
~社内事情〔30〕へ~
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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