社内事情〔29〕~後悔~
〔礼志目線〕
*
名目は『警察からの注意喚起』とは言え、社内に注意通達を出すような事態になってしまった。もっと早く解決出来てさえいれば、と悔やまれる。
今回の件が5年前に起因しているのか、それとも全くの別物なのか。
少なくともぼくは過去に関係している、と思っている。ここまで大きな問題になったと言うことは、10年前の寄木さんの問題とは別と考えていいだろう。
5年前の大口契約白紙の件、片桐くんの執念に近い頑張りによる奪取、そして、突然の異動願い。しかも、あれだけ可愛がっていた藤堂くんを手離すと言う選択。
あの時、片桐くんは強硬な手段を提案して来た。彼にしては珍しいくらいに。
どうも大橋くんも片桐くんに賛同していたようだけど、社長とぼくはそれを却下してしまった。そこまでの必要性を見出だせなくて。
だけど、後々になって考えてみたら、片桐くんはまだ何かを、自分だけで抱えていたに違いない。ぼくたちに話せない『何か』を。その『何か』が、彼を強硬手段に駆り立てのだ。
それを見抜けず、後顧の憂いを残したぼくたちの責任は重い。片桐くんの性格をわかっていながら、重きを置かなかった責任は。
今度こそ、間違えない。
全面的に片桐くんの判断を信じよう。彼の能力は、本当に計り知れないものがある。
そして、その判断が万が一にも間違っていたとするならば、その時こそ、ぼくが全面的に責任を負う。片桐くんには、思う通りに、思い切り動いてもらいたい。
それこそが、片桐くんの能力を最大限に引き出すものだから。
*
社内通達を出してすぐ、ぼくは兄さんにも連絡を入れた。合同で調査をしている以上、伍堂財閥にも何らかの接触がある可能性は否定出来ない。
『ついに直接……しかも、社の目の前に接触して来たのか』
「まあ、確実、と言う確認が取れた訳ではありませんが。しかし、その可能性が高いと思って行動した方が良さそうです」
ぼくの言葉に兄さんが頷く気配。
『ウチの方も、社員にそれとなく通達を出しておくことにするよ。闇雲に怖がらせることはないけど、念には念を入れて用心するに越したことはないからね』
「そうしてください」
攻めと守りはバランスが重要だ。もちろん、その状況によってバランスは変わるから見極めは難しい。だけど、どちらかに傾けば、必ず足元から掬われる。
少しの間の後、兄さんが思い出したように訊いて来た。
『そう言えば、前に少し話したけど……あの今井里伽子さんって言う子はもしかして……?』
あちゃー。やっぱりバレちゃったか。さすが兄さんの情報網と記憶力は伊達じゃないなぁ。
「ありゃ、わかっちゃいました?」
ぼくがおどけた体で返すとプッと吹き出す。
『何だか気になってね。あの後、一生懸命、記憶を手繰ったよ』
「……このことは……」
『わかってる。誰にも 洩らすつもりはないよ。その調子じゃ片桐くんや藤堂くんも知らないことなんだろう?』
そこまでバレバレかぁ。
「社内では社長とぼく、そして、当時の人事部長しか知りませんよ」
『静希のことに匹敵する極秘事項な訳だ』
兄さんが如何にも可笑しそうに笑った。
「もしバレたら辞められちゃいますよ。そうなったら、我が社の大損害です」
『そうなるね』
「簡単に言わないでくださいよ」
まったく、ヒトゴトだと思って軽く言ってくれる。
『ごめん、ごめん。だけど、彼女は大丈夫な気がする。もし彼女が退職するとか言う事態があるとしたら、結婚する、とかなんじゃない?あれだけの美人さんだし』
そうなのだ。その辺が心配でもあるけれど、こればかりはどうしようもない。彼女を射止めるような男が想像もつかないけど。
━と、考えた時。
ふと、脳裏を過った可能性に、ぼくの思考と身体はフリーズした。
(……まさか……だよねぇ……)
『礼志?どうかしたのかい?』
兄さんの心配そうな声で我に返る。
「いえ、何でもないです」
『そう?急に黙り混んだから何かあったかと思ったよ』
「大丈夫ですよ。とにかく、お互いに最善の注意を払って行きましょうね、兄さん」
そう言って、兄さんとの電話を切った。
(いや……ホントに、まさか、だよねぇ……)
ぼくは頭を振って志向を散らし、大橋くんが置いて行った大量の書類に目を通し始める。
怒涛の数十日が始まろうとしていた。
~社内事情〔30〕へ~
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