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一生分のひととき〔後編〕~あどりめ×あどりは☆サイドストーリー~

 
 
 

始まりは 雨の中でひとりさん の楽曲
 
 ☆その1『あどりめ~南国の夏に惑う
     『あどりめ~イメージストーリー

 ☆その2『あどりは
     『あどりは~イメージストーリー
 
※勝手にイメージストーリーを書かせてもらったストーリーのサイド版です。ベッタベタでギットギトなメロドラマ展開です(笑) 
 
 
 → 前編
 
 
 
***
 
 
 
 弁護士のおじいさんの声に反応し、中から自動ドアのように扉が開いた。ふたりに促された私が広い応接間に足を踏み入れると、ソファに座っていた年配の男の人と女の人がゆっくりと立ち上がり、食い入るようにこちらを見ている。
 女の人がハンカチで口元を押さえ、男の人がその女の人の肩を抱いていた。

 「あなたのお祖父様とお祖母様ですよ」

 弁護士のおじいさんが私の背中を軽く押した。
 お祖父さんとお祖母さんだと言うふたりを近くまで行って見た時、私はそのふたりにも見覚えがあることに気づく。弁護士のおじいさんと違って、一度だけ、たった一度だけ会った記憶。私はまだ幼くて、お祖父さんとお祖母さんももう少し若い姿だったけれど。

 弁護士のおじいさんと、このふたりと、そしてママが四人で話してるところに、学校から帰るところで遭遇したのだ。
 ママは私に気づくと手招きして呼び、「娘です」そう言って紹介し、「ママの大切なお客様なの。ご挨拶をして」と促されたのを覚えている。

 私の顔を見つめながら目を潤ませたふたりは、確かにこのお祖父さんとお祖母さんだった。お祖父さんの髪の毛は、当時のブラウンの色味はほとんどなくなっているけど、その瞳の色はその時も今も同じ……私と同じブルー。

 お祖父さんとお祖母さんだったんだ。見つめる私の顔をじっと見つめ返して来るふたり。お祖母さんは、あの時と同じようにハンカチを口元にあて、潤んだ瞳で震えている。━と。
 突然、お祖母さんは、私の方に向かって駆け寄るように取り縋って泣き出した。私がビックリして固まっていると、近づいて来たお祖父さんがそっとその身体を支え、「落ち着きなさい」とソファに座らせる。

 「驚かせてしまってすまなかったね」

 私と同じ目の色をしたお祖父さんは優しくそう言い、私にも座るように促した。

 「まずは、お母さんのことは……言葉もない。こちらに来ることさえなければ、事故にも遭うことはなかったのに。……本来なら私たちもお葬式に伺わなければならなかったところなのだが……」

 お祖父さんの言葉に、赤い目をしたお祖母さんも弁護士のおじいさんも俯く。

 「あ、あの……それは親しい近所の人たち皆で送ってくれたので……そんなに気になさらないでください」

 パーカーさんがそっとお祖父さんに目配せし、小さく頷いたのがわかった。

 「それより、ママ……母は今度は私を連れて来るつもりだった、とパーカーさんからお聞きしたのですが……」

 私の質問にお祖父さんが頷き、弁護士のおじいさんの方が口を開いた。

 「ジェームス様……あなたのお父様は生れつき重い病気で、手術をしなければ助からず、かと言って手術の成功率も著しく低い、と言う状況でした。その手術の準備として体力をつけるために、あなたの生まれた街を訪れ、そこでお母さんと出会ったのです」
 「……パパは……そんなに重い病気だったんですか?」
 「本来なら、到底成人までなど生きられない、と言われていましたが、最終的な手術を受けたのは24歳間近……奇跡的と言わざるを得ません」

 その言葉に、私の脳裏には別の考えが頭をもたげる。

 (……パパは……自分が助からないと知っていたのにママと……?ママが哀しむことになると知っていて……?)

 私の顔が険しくなっていたのだろうか。隠すように少し下を向くと、お祖父さんが小さく頷くようにして口を開いた。

 「私たちに弱音を洩らすことはなかったが、ジェームスは子どもの頃から自分はいつ死んでも構わないと考えていたようだ。そのせいなのだろう、手術に関しても積極的ではなかった。それでも、周りには心配をかけないよう、いつも笑っている子だったが……」
 「……あなたのお母さんに出会って、あの子は変わったの」

 ハンカチで口元を押さえていたお祖母さんが、お祖父さんに続くように口を開いた。

 「手術を受ける体力をつけるために行かせたのだけど、本人はあまり乗り気ではなくて。それが、定期的に来る電話の声が、日に日に明るく元気になって行って……検査の結果も少しずつ良くなって行ったの。それで、そろそろ手術のために呼び戻そうとしたら……」

 お祖母さんがお祖父さんを見上げた。ふたりは見つめ合い、頷き合う。

 「……連れて行きたい人がいる、と」

 私は思わず顔を上げた。

 「その人が一緒にいてくれれば、まだ頑張れる。一緒に生きたい、必ず生きる、と」
 「初めて聞くあの子の前向きな言葉に、私たちはふたつ返事で承諾した。……けれど、生まれた街を離れることは出来ない、とその人に断られたと。代わりに、待っていると。だから、必ず帰ると約束したと言って……でも……」

 その後を継いだのは弁護士のおじいさんだった。

 「ジェームス様が亡くなられて、私はあなたのお母さんに会いに行きました。あなたを認知する書類とおふたりから預かったお金、そしてジェームス様からの預かり物……その指輪と通帳、そして手紙を持って。しかし、あなたのお母さんは意志の強い女性で、おふたりからのお金は受け取れないと言い切った。そして認知に関しても、恐らくあなたがいざこざに巻き込まれることを懸念したのでしょう。あなたが自分の意志で選べるようになるまでは受けられない、と」

 その言葉で、私はママが弁護士のおじいさんと時々会っていた理由がようやく理解できた気がする。

 私の手元に目を遣ったお祖母さんは、目を見開いて私の左手を取った。

 「……この指輪は……あの子が選んでいた……あなたがつけてくれているのね」

 ━そう。私はママの指輪をつけていた。青と黒の石がついた指輪。ママの宝物。
 本当は、私はこれをママの棺に入れるつもりでいたのだ。だけど、ママの手に乗せようとした時━。

 『……お前さんが持っていてあげた方がいいんじゃないのかね?』

 ママを見送りに来てくれていた近所のおじいさんが静かに言ったのだ。

 『でも……ママはパパと一緒にいたいと思うから……』

 そう返した私は、

 『お前さんのママもパパも、もうどこにでも自由に行ける。これからは、ずっと一緒にいられるんじゃよ。ふたりはお前さんの傍にいたいと願っていると思うんじゃがな』

 その言葉にハッとして、それで棺に納めるのをやめたのだ。

 「最初の質問の件に戻りますが、あなたのお母さんは、今回、あなたが高校を卒業するにあたり、こちらに一緒に来て話し合いをするおつもりだったようです」

 パーカーさんが話を繋ぐ。

 「しかしおふたりは、どうしてもあなたに会いたいと望まれ……何年か前に一度だけお会いしたのを憶えていますか?」
 「……はい。憶えています」
 「ジェームスと同じ髪の毛と瞳の色のあなたを見て、ひと目でわかったわ」

 お祖母さんは言いながら、テーブルの上にアルバムを開いた。

 パパの子どもの頃の写真。青白い顔で、優しく微笑んでる。けれど、そのほとんどがベッドの上で撮影されている。
 少し大きくなった写真。ベッドではないけれど、室内で撮られた写真ばかり。
 ━と。

 「………………!」

 突然、パパの表情が目に見えて変わったのがわかる。
 弾けるような明るい笑顔。堪らなく愛おしいものを見つめるような瞳。

 その謎は、ページをめくって解けた。

 ここからの写真は、ママが撮った写真だ。パパのこの眼差しは、カメラを向けているママに向けたもの。パパにとって、愛おしくて堪らない存在はママ。

 もう一枚、ページをめくる。
 そこには、ママの部屋に飾ってあるのと同じ、ふたりで写っている写真。笑顔のふたり。
 
 いつの間にか私は泣いていた。
 ママが死んでしまってから初めての涙。ママとパパのために流した初めての。後から後から流れて行く。
 
 写真を見つめたまま涙を流す私を、お祖母さんが抱きしめた。お祖父さんがその上から私たちを抱きしめる。
 
 「必ず、あなたのお母様のお墓参りに伺うわ。だから、時にはジェームズに会いに来てあげて……顔を見せてあげてね」
 
 お祖母さんの言葉に頷く。
 
 「……会いに来ます。……お祖父さんとお祖母さんにも」
 
 私の言葉に、ふたりも頷いた。
 

 
 もう一度、パパのお墓参りをし、私は家に戻った。
 途中の道端、いつものようにおじいさんが私に声をかける。
 
 「おお、おかえり。パパには会えたかね?」
 「ただいま。ええ、素敵なパパだったわ」
 
 私の返事に満足気に頷く。
 
 荷物を置き、そのままママのお墓に報告に行った。
 
 「ママ。パパはママの言う通り素敵な人だった。ありがとう……ママ」
 
 帰る道すがらサンダルを手に、夕陽が眩しい浜を裸足で歩く。
 
 「……でもね、ママ。パパが私たちを大切に思ってくれていたことも、どんなに素敵な人だったのかもわかった……それでも、私にはまだわからないの」
 
 眩しくて目を細める。
 
 「ママが言ってた、一生分のひととき、が……」
 
 私は夕陽に向かって呟いた。
 
 
 
 
 
~一生分のひととき・終わり~
 
 
 
 
 
 

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