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中込遊里の日記ナントカ第103回「力を無理に合わせなくていい/コロナ禍で思うこと①」

(前置き)

私は、東京で「鮭スペアレ」という劇団を主宰して、演出業をしている。日記ナントカ「コロナ禍で思うこと」シリーズは、ほとんどが近い未来の自分への覚書であり、自分を律するための心沈めである。

自粛期間の“力み”

2020年4月。参った。劇場や稽古場での活動ができなくなってしまった。これまでひと月たりとも空かずに集合して活動していた劇団という私の生活の場が、これほどまでに揺さぶられることがあるとは。

主宰として、劇団を守らなければならない。

幸いなことに、劇団の定期公演は2月の頭に滑り込みで決行され、大きな問題は起こらなかった。しかし、緊急事態宣言に伴い、劇団員が4月に立つはずだった客演の舞台は3本とも開催されず、劇団の拠点は休館になった。劇団の年間通しての仕事である中高生の演劇ワークショップの継続が難しくなった。こんな<ナシ・ナシ・ナシ>がかつてあっただろうか。

3ヶ月経った今当時を振り返れば、私はとても力み、焦っていた。当時は国や地方自治体によるフリーランスや舞台芸術関係の補償制度はまったく決まっていなくて、その状況を好転させようと署名運動が起こっていた時期だったので、より一層焦りには火が付いていた。

たぶん、私だけではなくて、業界問わず、みんなとても焦って力んでいたと思う。

「前向きに・力を合わせて・批判せず」に対する批判

焦るだけではなく、大勢の人が怒っていた。

わけのわからないウィルスに、どう対処すればよいのか。日本政府はどうにも助けてくれそうもない。じゃあ誰に頼ればいいのか?

誰と顔を合わせても、困ったねえ、と言い合い、メディアも怒りをあらわにし、SNSではやり場のない怒りと不安が爆発していた。(今もだ!)

そのあまりにも穏やかではない渦の中からモヤモヤと、「こんな時だからこそ力を合わせて乗り切ろう」という風潮が起こる。

「安倍政権を批判するのはもう止めないか」と、知名度の高い人が呼びかけると、その発言が“炎上”した。

怒ってもいいことはない。冷静に取り組もう。みんなで怒りの熱を冷まそう。そういう主張だったのではないだろうか。

しかし、怒りの熱は冷めるどころか、火に油を注ぐ結果となった。

まあ当然だよな、と思う。

「力を合わせて乗り切ろう」と言った人は、たぶん、焦って力みすぎていた。

観察する力が弱まる

「危機を乗り切ろう」ということに対してはきっとほとんどの人がウンと言うだろうと思う。誰だって危機は乗り切りたい。そもそも、「もう危機は乗り切れない」と覚悟していれば、誰も怒らない。静かに諦めるのみ。

危機をどうにかして本気で乗り切りたいからこそ、「そのためには力を合わせよう」というクリーンなファンタジーは、もう誰も受け入れられないんじゃないだろうか。

ひとつの同じ危機に向き合った時には、人々の考え方や態度の違いがよくわかる。日頃の考えていることや大事にしていることが明るみに出る、と思う。

自分と他人とその周りの空気を観察していれば、色々な現実がわかる。けれど、焦って力んでいると、目の前のことをじっくり観察するのが難しくなる。

無理に力を合わせなくていい

生き方の選択肢が今ほどはなかった時代を過ごした人たち。高度経済成長期を体験した人たち。そういう体験を共有した人たちは、がんばれニッポン!と、力を合わせて乗り切ることができる、と考えるのかもしれない。

でも、2020年の私たちは力を合わせることは難しい。

だからといって、批判することで危機を乗り切れるとも思えない。批判するのは自由だ。だけど、批判することが目的にすり替わってしまうとしたら、これも無理が出る。

現代を生きる私たちは無理に力を合わせなくていい。不自然に律する必要はない。だけど、その分、一人一人がしっかりと意見を持たなくてはいけない。

どうやったら自由になれるのか

焦って力んでいた4月、それでも、劇団のあり方について少し立ち止まって思いなおすことができたと思う。

私の劇団<鮭スペアレ>は、「独立したアーティストである一人ひとりがもっと自由になるための場所」であろう。そう、改めて考えた。

どうやったら自由になれるのか?

4月当時も、今も、ぐるぐると考えを巡らせ続けている。集団で何かを成し遂げるというのはどういうことなのか。正解はひとつではないと思う。では、私と、私と一緒に長い時間を過ごしてきた仲間たちとはどういう関係を取ればよいのか?

たぶん、「自分と他人は違う」という事実を優しく受け止めることが必要なのだと思う。

仲間だから、同じ考えを持って進むのは当たり前だよね。という見えない圧力が働いていないだろうか。演劇の現場は注意深くしていないとすぐこういう同調圧力のようなものが起こる。

また、仲間には過度に期待をしてしまうもの。

私の気持ち、わかってくれるよね。と期待する。でも、きっとその期待は裏切られる。そうわかりながらも期待し続けると、裏切られたことに傷つき、とらわれる。それは自由ではない。

続く!

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演出家。音楽劇・鮭スペアレ代表。多摩地域の中高生×シェイクスピア×中込遊里「たちかわシェイクスピアプロジェクト」代表。「八王子学生演劇祭」総合ディレクター。東京都立川市在住。4才女児の母。