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テーマ:藁人形

洋一は小学校の先生だ。
大学を卒業してからもう十五年、教師として働いている。
自分が小学生の時、いじめから救ってくれた先生の影響で、ずっと教師を夢見て努力してきた。
実際の教師の仕事は、想像していたよりも事務仕事や親への対応など大変なことも多かったが、子供を導く仕事はとてもやりがいがあった。
自分の経験を活かして、子供たちへ対応してきた結果、自分の受け持ちのクラスではいじめはないと自負していた。

洋一はランニングが趣味で、夜になると、公園や川の周辺をよく走っていた。
健康の為ということもあるが、見回りも兼ねていた。
以前、夜遊びをしていた子供を見つけ補導したこともある。
その子は、家庭環境が悪かったようだが、洋一が補導した後は更生し、学校では楽しく過ごせるようになったようだった。

成功経験もあり、洋一はどこか調子に乗っていたのかもしれない。
あんな事が起こるなんて、洋一は予想だにしていなかった。

ある日、いつものように洋一が公園をランニングしていると、木の後ろに人影を見た。
洋一の他にもランニングをしている人がいたので、初めは気にも留めてなかったが、なんだか洋一の方をじっと見ていた気がして、洋一は公園を出ようとしていたのを折り返して、さっき人影を見た位置まで走って戻った。
何の特徴も無い木だったので、探すのに苦労したが、一つだけおかしな木があった。
その木は裏側に藁人形が打ち付けてあったのだ。
「なんだ、これ?」
洋一は、初めて藁人形を見たので、どうしたらよいのか分からず、とりあえず携帯で写真を撮って、その日は帰宅した。

次の日、同僚の中山先生に写真を見せると、
「うわっ、今時こんなことする人がいるんですか?!鈴木先生、こんな写真撮って大丈夫ですか?呪われるんじゃないですか?」
と心配された。
「呪い?これってなんなんですか?」
と洋一が尋ねると、「えー!藁人形知らないんですか?」と驚かれた。
「藁人形というのはですね」
中山先生は藁人形の説明をし始めた。
ホラー映画が好きらしく、藁人形について饒舌に語ってくれたのだが、洋一にはちんぷんかんぷんだった。
要するに、人を呪おうとしている人があの公園にいるということだった。

洋一はどうすべきか迷ったが、その後もランニングをする時に、それとなく、藁人形が打ちつけてある木を見張った。

数日後、ついに洋一は藁人形を打ちつけている人間を見つけた。
バレないようにそっと近づき、その人物の顔を見て驚いた。
藁人形を打ちつけていたのは、洋一が受け持っているクラスの生徒の立花穂乃果だった。
大人しい生徒という印象の彼女が、夜の暗い公園で藁人形を打ちつけていることに驚きを隠せなかった。
「立花、何してるんだ?」
穂乃果は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに真顔に戻り、「何って、見たら分かるでしょう?呪ってるの。」と答えた。
「こんな遅い時間に、小学生が公園にいちゃダメじゃないか。親御さんが心配するだろう。」
洋一の心配をよそに、穂乃果は、
「誰を呪ってるのか聞かないんだね、先生。」と言った。
「誰を、呪ってるんだ?」
「先生だよ。」
「えっ?」
「て、言ったらどうする?」
穂乃果は、小学生には見えない大人びた表情で、洋一に言った。
洋一が返答に困っていると、
「嘘。ホラー映画を見ていたら、私も藁人形を打ちつけてみたくなったの。ストレス発散にもなるし、丁度良いから。」
「そうなのか。」
穂乃果の理由に納得はできなかったが、これ以上深く追求すべきではないと考え、洋一は穂乃果を家まで送って行くことにした。
穂乃果の家まで送って行く途中で、穂乃果はポツポツと心のうちを話してくれた。
去年両親が離婚してから、母親と2人で住むことになったそうだ。その母親は平日仕事で忙しくて、穂乃果と話す時間が無いくらい忙しく、穂乃果は寂しい想いをしているようだった。

穂乃果の家の前について、洋一は、夜の公園に行くことや、藁人形で人を呪っていることについて咎めた。
「人を呪うのは良くない。何か言いたいことがあるなら直接言うべきだ。もし言い辛い相手なら、先生も一緒についていてあげるから。」
そう言うと、穂乃果は、洋一の話に納得したようで深く頷いた。

洋一が帰ろうとすると、穂乃果が「先生」と引き留めた。
「私、本当に先生のこと呪おうとしてた。ごめんなさい。」
洋一はまさか自分が呪われそうだったなんて寝耳に水で、驚きの表情を隠せなかった。
「え?なんで?」
「だって先生、穂乃果に気づかないから。
6年生になって、新しいクラスが始まったときに、先生言ったよね。誰1人として置いていかないって。でも先生は、目立つ生徒しか見えてない。私は親が離婚して可哀想な子なのに。」
「そうか、立花は寂しかったんだな。気がつかなくてごめんな。ただ、先生も人間なんだ。全てのことに気づくことはできない。言いたいことがあったら、きちんと気持ちを伝えようとしてほしい。」
「分かりました。ごめんなさい。」
「じゃあ、また明日な。」

洋一は子供の純粋さが怖くなった。自分のことを見てもらえないからといって、人を呪おうとするなんて。穂乃果は、悲劇のヒロインである自分に浸っているのかもしれないと考えた。

洋一は、自分の驕りに気づかされたような気がした。

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