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仲直りはオムライスで(54作目)

「どうして分かってくれないの?」
美樹は溜まっていたものを吐き出した。
そのままハンドバックだけを手に持ち、家を飛び出した。
行先は決まっている。
一駅先に住んでいる、親友の雅の家だ。
雅はいつも、怪訝な顔をしながらも受け入れてくれる。

雅の家のドアをノックすると、中から雅が出て来た。
「あんた、また来たの?しょうがないから、入りな。」
「ありがとう。」
雅の家は万年炬燵が出ている。
美樹は買ってきたものを炬燵の家に広げて、勝手に晩酌をし始めた。
「ちょっと、人様の家で勝手にくつろがないでよ。」
「いいじゃない。」
「また卓と喧嘩したの?」
「まあね。」
「いつも通り、美樹が大げさなんでしょ?早く帰りなよ。」
「違うもん。」
ふくれっ面でいかのゲソを食べ始める美樹を見て、雅はため息をつきつつ、自分の分のお酒を用意して、美樹の対面に座った。
「で、今日は何があったの?」
「聞いてくれるー?」
美樹と雅はいつもこんな感じだ。

美樹は被害妄想が激しいと雅は思う。
いつも自分が悲劇のヒロインかのように話す。
でも雅にとっては、とても面白い友人のうちの一人だ。
自分とは感性や考え方が全く違って、その差が面白いと思うのだ。
脚本家をしている雅にとって、脚本の執筆が進まないときにふらっとやってくる美樹の存在はとても有難かった。

「今日ね、卓がご飯を作ってくれるって約束してたの。何を作ってくれたと思う?」
「あんたの好きなパスタとか?」
「それが、違うの!オムライスだったんだよ?あり得なくない?」
雅は美樹の話を聞いて、目が点になった。
「何があり得ないの?」
「オムライスなんて超簡単に出来るじゃない!私はいつも手の込んだ料理を作ってあげてるのに、自分はたった数分で出来る料理で済ますなんて。」
「な、なるほど。」
雅はほとんど自炊をすることがないから、オムライスを作ること自体が凄いことだと思う。
雅は美樹との関係が長いので、ここで美樹が悪いというようなことを言うと面倒くさいことになると理解していた。
お酒を飲みながら話していると、家のインターホンが鳴った。
インターホンに映った顔をみると案の定卓だった。
「卓来たよ。いつもより早いね。」
美樹は返事もせず、ツマミをバクバク食べている。

チャイムが鳴り鍵を開けると、卓が顔を見せた。
「雅ちゃん、いつもごめんね。」
申し訳なさそうな顔を見て、雅は卓が可哀想に思えた。
美樹の行き先は雅の所だとすぐに分かるくらい、美樹が家を飛び出すことはままあった。

「美樹ちゃん」
「何よ」
「帰ろう。」
「イヤ!卓はどうせ私の気持ちなんて分かってないでしょ。」
「分かってるよ。美樹ちゃんのことで分からないことなんてあるわけないじゃないか!」
やり取りを聞いていた雅は、また始まった、と思った。
美樹と卓は2人とも元演劇部で、芝居を観ることも演技をすることも好きだった。
2人の初デートは演劇鑑賞だったらしい。
だからなのか、2人の喧嘩はいつも演技がかっているのだ。
雅は、美樹が突然家にやって来ることは鬱陶しいと思いつつも、2人の面白い喧嘩を見ることが好きで、美樹に苦言を呈したことは一度も無かった。
今日は、美樹が悲劇のヒロインで、卓がそれに振り回される可哀想な男、といった役どころだろうか。
今までも、不倫男とその妻だったり、DV妻と下僕だったりと様々な役を演じたのを見てきた。

「どうしてオムライスを作ったの?」
美樹が卓を問い詰めると、
「だって、初めてデートに行った時に食べたものがオムライスだったから。」
と卓がしゅんとして答えた。
「え、初デートの時に食べたのはカレーだよね?」
「美樹ちゃんはそうだけど、俺はオムライスを食べたんだ。あの時のオムライスを思い出して・・・。あんなに、美味しいオムライスを食べたことはなかったから、美樹ちゃんにも食べて欲しいなと思って。あの味を思い出して作ったんだ。」
話を聞いていた雅は、卓が作ったらお店の味じゃないし美樹にも食べて欲しいって言葉の意味が分からなくないか?と疑問に思った。
美樹はと言うと、「そうだったんだ。」と、卓の言い分に納得したようだった。
今日はいつもよりも、喧嘩が収まるのが早い。
「卓の気持ちも知らずに家を飛び出してごめんね。」
「いいんだ。俺が分かりにくかったのが悪いんだから。」
「愛してる。」
「僕もだよ。」
いつものお決まりの文句を言って、2人は後片付けをして帰って行った。

2人が帰った後、「よし、次の展開決まった!」と呟き、雅はすぐに自室に籠り、脚本を書き始めた。
しばらく脚本を書き進めていると、美樹から写真が送られてきた。
美樹がオムライスを美味しそうに食べている写真と共に、仲直りしましたと文字が書いてあった。
写っていたオムライスはまるでお店で出てくるような、卵がふわふわで半熟具合がちょうど良いオムライスに見えた。
演技がかった喧嘩は、2人のルーティンのようなものなんだろうな、と雅は思った。

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