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テーマ:ビターチョコレート

あゆみとあゆみの姉・綾子は10歳も歳の差がある。
あゆみが物心ついたときには、綾子はすでに1人暮らしをしていた。一人暮らしといっても、家からそう離れていなかったので、あゆみは綾子の家によく遊びに行っていた。

綾子はいつも好んでビターチョコレートを食べていた。甘いの苦手だから、それが綾子の口癖だった。
あゆみも真似して食べたことがあるが、いつも食べているお菓子のチョコと違って苦くてびっくりした。
「お姉ちゃん、これ美味しくないよ!」
そうあゆみが言うと、いつも決まって
「あゆみも大人になったら、これの美味しさが分かるわ。」と綾子が言うのがお決まりだった。

ある時から綾子は、あゆみが家に遊びに行くのを嫌がるようになった。
そのことを母親に言うと、「きっとお姉ちゃん、彼氏が出来たのよ。」
と嗜められ、あゆみはムッとした。
姉が男の方を選んだのだと、そう感じたからだ。
その頃から、あゆみは中学受験の為の勉強を始めたのもあって、綾子の家に遊びに行くことは無くなった。

とはいっても、外で遊ぶことはあった。
2人で買い物をしたり、カラオケをしたり、カフェで話したりした。
綾子は聞き上手だから、仕事で忙しい母親の代わりにあゆみの話を聞いてくれた。
そんな優しい綾子のことが、あゆみは大好きだった。
だからこそ、綾子が男の方を取ったことがあゆみは悲しかった。
ある日あゆみは、綾子に聞いてみることにした。
「ねぇ、お姉ちゃん。彼氏出来たの?」
オレンジジュースをストローで飲みながらあゆみは尋ねた。
パフェを食べていた綾子は食べる手を止めて驚いた顔をした。
「えっ、何でそんなこと聞くの?」
「だってお姉ちゃん、家に入れてくれなくなったじゃない。だから、彼氏が出来たんじゃないかって、お母さんが。」
「えー!お母さんがそう言ってたの?」
「うん。」
ズズズとストローを吸う音がする。
綾子はあゆみに向かって「実はね」と話し始めた。
「私今、就職活動をしてるの。」
「就職活動?」
「そう。大学を卒業したら、その後どうするのか決めないといけないんだけど、私はどうしても入りたい会社があるの。だから、そのために色々と動いててね。家に来ることを断った日も面接とか説明会とか、用事があったの。そのことをお母さんに話してたから、彼氏が出来たって言ったのかもね。」
「嘘じゃん。」
母親に嘘をつかれてたことを知って、あゆみは頬を膨らませた。
「小学生には就職活動を理解することは難しいからね。咄嗟にそう言っちゃったのかも。ごめんね。」
嘘をつかれてたことはショックだったが、彼氏が出来たからあゆみを拒否したわけじゃないということを知ってあゆみは少し嬉しかった。
「お姉ちゃんの入りたい会社って何の会社なの?」
「実はね、ここなの!」
待ってましたとばかりに、綾子は鞄からチョコレートのケースを取り出した。
「これって、お姉ちゃんが大好きなビターチョコレートだよね?」
「うん。私ね、このチョコにいつも助けられてたんだ。受験勉強のときも、テニスの試合のときも。私にとってお守りみたいなものなの。だから、この会社に恩返ししたいって、そう思ったんだ。」
そう話す綾子が嬉しそうで、あゆみも嬉しくなった。就職活動のことはちんぷんかんぷんだが、綾子が本気で取り組んでいることはあゆみにも理解できた。
「この会社に入れるか分からないんだけど、もし試験に合格出来たら1番にあゆみに連絡するね。」
「うん!絶対だよ?」
あゆみと綾子はゆびきりげんまんをして約束した。

綾子と別れたあゆみは、帰り道にコンビニに寄って綾子のお気に入りのビターチョコレートを買った。
ビターチョコレートを食べるとやっぱり苦い味がした。
あゆみは、いつかこのビターチョコレートを食べれるようになったら、大人になれるのかもしれないと思った。

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