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ディオニュソスの化身ニーチェ(資料)

ニーチェはディオニュソスの弟子、あるいは「ディオニュソスの最後の使徒」と名乗り、さらに自らをディオニュソスと同一視しました。神を殺したニーチェは、自らが神となりました。「死せる神の後継者」であるとさえ言っています。ディオニュソスはニーチェにとって極めて重要な存在であり、彼を理解するためにはディオニュソスの理解が不可欠です。
以下は、ディオニュソスを理解するための資料です。

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サロメによれば、ニーチェの思想の全発展はほとんど「彼が信仰を失ったこと、〈神の死という感動〉」から出ている。失われた神の空所を埋めようとする自己神化の企投の諸形式がニーチェの哲学の構造をなす、というサロメの解釈を支持することはできないにしても、神喪失の苦悩という一点だけは恐らく信じるに足る証言と思う。
信太正三『永遠回帰と遊戯の哲学』(勁草書房)p86

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神は死んだ。神は死んだままだ。そして我々が神を殺したのだ。世界がこれまで持った、最も神聖な、最も強力な存在、それが我々のナイフによって血を流したのだ。この所業は、我々には偉大過ぎはしないか?こんなことが出来るためには、我々自身が神々にならなければならないのではないか?
『喜ばしき智慧』

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ツァラトゥストラのようなあれほどの善意の浪費が、どんな種類の休息を必要とするかは、けっきょくだれにも察してもらえまい。──神学的に語るなら──聞くがいい、わたしが神学者として語ることなどはめったにないのだから──あれは神自身だったのだ、予定の仕事を終えて、蛇となって知恵の木の下に身を横たえていたのは。彼はそのようにして、神であることから休息したのだ──神はすべてをあまりに美しくつくってしまったのだ──悪魔とは七日目ごとの神の息抜きにすぎない──
『この人を見よ』「善悪の彼岸2」

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十字架にかけられた者対ディオニュソス
死せる神の後継者
新しい永遠の道化

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これらの手紙に現れる「十字架につけられたディオニュソス」という暗号めいた象徴は、処女作『悲劇の誕生』でニーチェが生の具現化とみなしたディオニュソスと、彼が生涯攻撃の手を緩めることのなかったキリスト教との緊張に満ちた出会いを思わせる。
村井則夫『ニーチェ──ツァラトゥストラの謎』(中公新書)

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わたしは、たとえば、断じて案山子ではない、道徳幽霊ではない、──それらのものでないどころか、わたしは、従来有徳者として尊敬されてきたようなたぐいの人間とは正反対の生まれである。打ち明けていえば、ほかならぬこのことが、わたしの誇りの一つになっているらしい。わたしは、哲人ディオニュソスの弟子である。わたしは、聖者になるよりは、いっそサテュロス(半人半獣神)になることを選ぶだろう。
『この人を見よ』「序言」

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『悲劇の誕生」こそ、私の最初の「すべての価値の価値転換」であった。こうして私は再び、私の意欲、私の才能が育つ土壌となったところに立ち戻る。──この私、哲学者ディオニュソスの最後の使徒が、──この私、永劫回帰の教師たる私が──
『偶像のたそがれ』「古代の人びもに負うもの5」

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われわれがいま文化・教養・文明と名づけている一切のものは、いつかは欺かれることのない裁判官ディオニュソスの面前に出頭せざるをえないのである。
『悲劇の誕生』

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パラドクスとは、互いに矛盾する主張を並存させることによって、思考の一義的な決定を覆し、意味の確定を揺るがす装置である。ニーチェにとって、何よりもこのようなパラドクスや自己分裂を体現するのが、創造と破壊を二つながらに司る「ディオニュソス」(酒神バッコス)という神であった。なぜなら、豊穣の神ディオニュソス、別名ザグレウスは、ギリシア神話において、八つ裂きにされることで自らを犠牲にしながら、やがて再生する転身の神だからである。苦悩し自己をさいなむ神であるディオニュソスは、生と死、誕生と消滅といった極度のパラドクスを具現するが、そうしたパラドクスは、ニーチェのテクストのあらゆる場面に浸透している。
村井則夫『ニーチェ──ツァラトゥストラの謎』(中公新書)

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ニーチェは『悲劇の誕生』ではこの混沌としている無差別の相を「根源的一者」とか「自然の心臓部」とか「矛盾撞着に満ちたもの」とか、いろいろに言い換えた。要するに言い表しようがなかったからである。ソクラテス以前の古代ギリシャの哲学者タレスが、形而上学的原理として水と言い、アナクシマンドロスがト・アペイロン(無規定なもの)と言い、ヘラクレイトスが火と呼んだものも、この言い表しようのない「なにか」を無理に名づけたのであったろうと考えられる。個体のすべての差別(「・・・である」という規定)を押し流してしまった無秩序、無差別、混沌としたこの根源的一者を、ニーチェは要約してディオニュソスと呼んだのであった。もとより「存在」と呼んでもいっこうさしつかえはなく、「・・・がある」は「・・・である」といういっさいの規定を廃しているいるのであるから、いかなる名も与えようがないのであり、何と呼ぼうと便宜上の仮の名にすぎない。
西尾幹二『ニーチェとの対話』

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病気、苦悩、闘争、矛盾、破壊、犯罪、死などは、そのものとしてはディオニュソス的な意志にとっては何ら敵性物ではない。むしろ、そうした諸要素は、ディオニュソス的なるものが真にディオニュソス的でありうるための薬味にほかならない。

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「至福なるギリシアの民よ・・・デルフォイの神があなたがたをディテュランボス的狂気から癒すために、これほどの魔力を必要と思ったのであれば、あなたがたのあいだではディオニュソスはどれほど偉大であったことか!」──しかしこういう気分になった者のところへは、年老いたアテナイ人が、アイスキュロスの崇高な眼で見つめながら、近寄って来るかも知れない、「だが、さらにこう言いなさい、ふしぎな異邦人よ、この民はかくも美しくなりうるためには、どれほど多く悩まざるをえなかったことだろう!と。しかしいまは私について悲劇を観に行きなさい、そして、私といっしょに両神格の神殿で犠牲を捧げよう」と。
『悲劇の誕生』

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ギリシア悲劇がその最古の形態においてはひたすらディオニュソスの苦悩を対象にしていたこと、また、かなり長いあいだただひとつ存在した舞台の主人公がほかならぬディオニュソスだったということは、異論の余地のない伝承である。しかし同じ確実性をもって主張していいのは、エウリピデスにいたるまではディオニュソスが悲劇の主人公であることを決してやめたことがなく、ギリシアの舞台の有名な登場人物たち、プロメテウス、オイディプス等々はたんに、あの本来の主人公ディオニュソスの仮面にすぎないということである。
『悲劇の誕生』

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ディオニュソス的な智慧は、反自然の悪業であり、自分の知識によって自然を破滅の深淵に突き落とす者は、自分の身にも自然の解消を経験しなくてはならぬのだ。
『悲劇の誕生』

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同じ個所でショーペンハウアーは、根拠律が何か一つの形成のなかである例外を示さざるをえない場合に、人間が突如として現象の認識諸形式を見失うにいたるとき、人間を襲う途方もない恐怖をわれわれに叙述してくれている。

もしわれわれがこの恐怖に加えて、個別化の原理の崩壊の際に人間のもっとも内奥の根底から、のみならず自然の根底から、湧き上がる歓喜に満ちた恍惚状態を受け取るならば、われわれはディオニュソス的なるものの本質を一瞥することになる。

これは陶酔という類例によってわれわれにもっとも身近なものとなる。すべての原始的人間と民族が讃歌のなかで語っている麻酔力のある飲物の影響か、それとも全自然に快感をみなぎらせる春の接近か、いずれかによって、ディオニュソス的な興奮が目覚め、それが高まるにつれて主体的なものは完全に消滅して忘我状態と化するのである。
『悲劇の誕生』

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ニーチェはアポロ的なものと関連させる形で、「固体化の原理」というショーペンハウアー用語を使っています(『悲劇』1)。アポロ的な衝動というのは、表象と形式への衝動であり、典型的には彫刻や叙事詩において示されています。それに対してディオニュソス的な衝動というのは、ショーペンハウアーの場合のような意志の盲目的努力ではなく、Rausch(独)すなわち陶酔への衝動、あるいは陶酔の状態とされます。ディオニュソス的な芸術において、この「陶酔」や「恍惚」は「固体化の原理の崩壊」(『悲劇』1)を意味します。私たちは個体性を喪失し、世界の根源的統一性を垣間見るというわけです。ディオニュソス的なものの典型は音楽だとされます。ニーチェによると、こうした衝動は、自己意識的な芸術や芸術家よりも先に存在しています。アポロ的なものの衝動とは、秩序と節度への衝動であり、他方でディオニュソス的なものの衝動とは、過剰への衝動、つまり節度から自由になろうとする衝動です。これらは、個体たる人間の内にも存在するような力であり、またあらゆる芸術の背景にある衝動だと言われます。この二つの間の対立はそれ自体が芸術的に有益で、その絶頂においてアッティカ悲劇を生み出します。ニーチェはこう言います。アポロ的な芸術家、「彫刻家および叙事詩人は形象を純粋に見ることに没頭する」のに対して、ディオニュソス的な音楽家は「いかなる形象も持っていないのであり、根源的苦痛、その根源的反響にほかならない」(『悲劇』5)。
ピーター・ケイル著/大戸雄真+太田勇希訳『わかる!ニーチェ』(春秋社)p29

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抒情詩人は何よりもまず、ディオニュソス的な芸術家として、全的に根源=一者に、それの苦痛と矛盾に合体しており、この根源=一者の反映を──もしも音楽が世界の反復であり、第二の鋳造物だと呼ばれてきたのが正当だとするなら──音楽として産出する者である、と。
『悲劇の誕生』

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悲劇的神話が生み出す快感は、音楽における不協和音の快感に満ちた感じと、同じ故郷を持つのである。苦痛にさえも知覚される原=快感を伴うディオニュソス的なるものは、音楽と悲劇的神話との共有の母胎である。
『悲劇の誕生』

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われわれには不協和音の人間化ということは考えられないだろうか?――人間はそれ以外の何物であろうか?そうだとしたら、この不協和音は、生きえんがためには、自分自身の本質にかぶされる美の面紗(ヴェール)である壮麗な幻想を必要とするであろう。これこそはアポロンの真の芸術意図なのであって、われわれはアポロンという名のもとに、あらゆる瞬間に現存在一般を生きるに値するものにし、次の瞬間の体験へと押しやる美しい仮象の無数の幻想すべてを総括するのである。その際、一切の存在のあの基盤たる世界のディオニュソス的根底は、あのアポロン的な浄化力によって再び超克されうるぎりぎりの限度においてのみ、個別的人間に意識されることが許される。この結果、あの両芸術衝動はその威力を、厳密な相互の均衡において、永遠の公正の掟に従って発揮することを強制される。
『悲劇の誕生』

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ニーチェの文書群には、矛盾し合うものを衝撃的に出会わせることで新たな思考の局面を切り拓くという着想が随所に現れている。『悲劇の誕生』において、生の混沌たる力であるディオニュソスと、理性的形式を体現するアポロンとの抗争の内にギリシア悲劇の起源が求められていたのは、そのきわめて早い時期の現れである。ニーチェの思考の中では、表層と深層、真理と虚偽、健康と病など、対立する項目同士が鋭い緊張をなし、その葛藤ゆえに、類いまれな運動の力が発生することになる。
村井則夫『ニーチェ──ツァラトゥストラの謎』(中公新書)

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ギリシアの二柱の芸術神、アポロンとディオニュソスとに結びつけて考察すれば、ギリシア世界のなかでは彫刻家の芸術、つまりアポロン的芸術と、音楽という非造形的芸術、つまリディオニュソス的芸術とのあいだに、起原から見ても目的から見ても巨大な対立が成立する、という認識がわれわれに与えられるのである。
『悲劇の誕生』

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私が美学の内に導入したアポロン的・ディオニュソス的という対立概念は、ともに陶酔の種類と捉えられるなら、それぞれ何を意味するのだろうか?──アポロン的陶酔は、とりわけ眼を興奮状態に保ち、幻視の力を獲得させる。画家・彫刻家・叙事詩人は特別な意味で幻視家である。

これとは反対にディオニュソス的状態は、欲動の全組織を興奮させ、高揚させる。それによって欲動組織は、そのすべての表現手段を一挙に発動し、描写 ・模倣・変容・変化の力を、あらゆる種類の変身技法・演劇技法を同時に繰り出してくる。本質的なのは、形態変化(メタモルフォーゼ)の軽快さであり、反応しないではいられないという無抵抗である──
『偶像のたそがれ』「反時代的人間の渉猟10」

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わたしがはじめて、本当に対立する二つのものを見いだしたのだ──すなわち、一方では、表面に出さぬ復讐心をいだいて生に逆らう退化しつつある本能 ​( ──キリスト教、ショーペンハウアーの哲学、ある意味ではプラトンの哲学がすでにそうであり、理想主義の全域はその典型的形式である)と、これに対するに他方では、あふれる豊かさから生まれたあの最高の肯定の方式、つまり、苦悩や罪、生存におけるあらゆるいかがわしいものや異様なものに対してさえ留保なしに「然り」という態度、この二つのものの対立である・・・・・・

こうした窮極的な、この上なく喜びにあふれた、過剰なまでに意気盛んな生命肯定は、単に最高の洞察であるばかりでなく、これはまた、最深の洞察、真理と学問によって最も厳正に是認され、支持されている洞察なのである。およそ存在するものであるかぎり、何一つ排除してよいものはなく、何一つ無用なものはない──それどころか、キリスト教徒やその他のニヒリストたちがしりぞけた生存の諸側面は、価値の順位からいえば、デカダンス本能があえて是認し、善と呼んできたものより、無限に高い位階をもっているのである。

このことを理解するには、勇気が必要であり、その勇気をもつ条件としては、ありあまる力が必要である。なぜなら、勇気が前進を敢行する度合いと力の量に正比例して、われわれは真理に近づいて行くのだから。真の認識、すなわち現実への肯定が強者にとってやむにやまれぬことであるのは、弱者にとって、現実に対する怯懦とそこからの逃避──つまり「理想」──がやむにやまれぬことであるのと、同じである。弱者は弱さからインスピレーションを受けて、そういう逃避をするのである──認識することは、弱者のなしうることではない。デカダンたちは、うそを必要とする──うそは彼らの自己保存のための要件の一つである。

──単に「ディオニュソス的」という言葉を把握しているだけでなく、「ディオニュソス的」という言葉によって自分自身を把握している者は、プラトンやキリスト教やショーペンハウアーを論破する必要を少しも感じない──彼の鼻はそれらのものが腐つてゆくにおいをかぎつけているのだから・・・・・・
『この人を見よ』「悲劇の誕生2」

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しかし、このアポロン的な傾向のもとで形式がエジプト流の硬直と凍結にいたらないように、また、個々の波にその道と領域を守らせようとする努力のもとで湖全体の運動が死滅しないように、時をおいて繰り返しディオニュソス的なるものの高潮は、一面的にアポロン的な「意志」がギリシア精神を呪縛して閉じこめておこうとした、小さな圏をことごとく打破し去ったのである。突如としてふくれ上がるあのディオニュソス的なるものの高潮は、プロメテウスの兄弟でティタンであるアトラスが大地を背負うのと同様に、あまたの個別者たちの個々の小さな波頭をおのれの背に載せて運ぶのである。
『悲劇の誕生』

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ツァラトゥストラというのは、古代ペルシア教の開祖ゾロアスターの名を借りたものであるが、ニーチェの自由に創造したフィクションの人物であることはことわるまでもあるまい。
高橋健二・秋山英夫訳『ツァラトゥストラはこう語った』「解説」

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「真実を語り、弓矢と親しむこと」──これが私の名を生んだあの民族には、趣味のいい難行だと思われた──依って其の名の意(こころ)は、私にとって趣味のいい難行だということだ。
『ツァラトゥストラ』「千の目標と一つの目標」

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ニーチェの初期の思想におけるディオニュソス概念がツァラトゥストラに結実したこと、また永劫回帰の思想がはじめて本格的に展開されたことは、この書物の意義の一つである。ツァラトゥストラとは、ゾロアスター教の開祖の名前であるザラスシュトラ(ゾロアスター)をドイツ語読みしたものである。しかし、この著作の思想は、ザラスシュトラの思想とはあまり関係がない。ニーチェ自身が『この人を見よ』で解説した内容に拠れば、ニーチェがツァラトゥストラの名を用いた理由は、二つある。第一に、最初に善悪二元論を唱えたゾロアスターは、道徳についての経験を最も積んだ者であり、道徳の矛盾を最も知っているはずだという理由である。第二に、ゾロアスター教では「誠実」を重んじ、ニーチェの重んじる「真理への誠実さ」も持つはずだという理由である。

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まさに最初の反道徳家であるこのわたしの口から言われるとき、ツァラトゥストラという名はいったい何を意味するのか、ということを誰もわたしに尋ねたものはない。尋ねるべきであったろうに。わたしがそう言うのは、歴史においてこのペルシア人の聳え立つ無比性をつくりあげているものは、反道徳家であるということとはまさに正反対であるからである。

ツァラトゥストラは、何よりも善と悪の戦いをもろもろの事物の活動をあらしめる本来の歯車と見た──道徳を、力自体、原因自体、目的自体として形而上学的なものたらしめることが、彼の仕事である。しかし、さきほどの設問は実はそのまますでに答えとなるであろう。ツァラトゥストラは、この最もいまわしい誤謬である道徳を創造した。従って彼はまた、だれよりも先にこの誤謬を認識する者であらざるをえないのである。彼はこの点において他のいかなる思想家よりも長期にわたって、そしてより豊富に経験をつんでいるのだ──まことに歴史の全経過は、いわゆる「道徳的世界秩序」という命題の実験的反駁にほかならないのだ。

──しかしそれだけではない、より重要なことは、ツァラトゥストラが他のいかなる思想家よりも誠実であるということである。彼の教説は(そしてかれの教説のみが)誠実さを最高の徳としている──すなわち、現実に向き合うと逃げてしまう「理想主義者」の怯懦とは正反対のものを最高の徳としているのだ。ツァラトゥストラは、すべての思想家を一つに合わせたよりもより多くの勇敢さを身にそなえている。真実を語り、そしてよく矢を射ること、これがペルシア的徳なのだ。

──わたしの言おうとすることがおわかりだろうか?誠実からする道徳の自己超克、道徳家が自己超克してその反対のものに──わたしになること──これが、わたしの口から言われたときのツァラトゥストラという名が意味するところのものである。
『この人を見よ』「なぜわたしは一個の運命であるのか3」

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わたし以前には、ドイツ語で何をなしうるか──そもそもことばというもので何がなしうるかということは、誰にもわかっていなかったのだ。崇高な、超人的な情熱の、大浪のような起伏を表現するための偉大なリズムの技法、畳みかける文章構成の偉大な様式は、わたしによってはじめて発見されたのだ。「七つの封印」と題したツァラトゥストラ第三部の最後にあるディオニュソス頌歌によって、わたしは、これまで詩と呼ばれてきたものを飛びこえて、さらにその上千マイルの高みにまで達したのである。
「なぜわたしはこんなによい本を書くのか4」

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わたしはすべてを「よし」と言う、
木の葉も草も、幸福も、祝福も雨も。
「ディオニュソス的頌歌」

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ツァラトゥストラは言っている。「どんな深淵の中へも、わたしは、わたしの祝福する然りのことばを運ぶ」と──。しかしこれもまたディオニュソスの概念そのものなのである。
『この人を見よ』「ツァラトゥストラ」

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この『ツァラトゥストラ』という著作は、まったく独自のものである。ほかの詩人連を問題にしているひまはない。おそらく、これにひとしい力の充溢から生み出されたものは、ほかにはおよそ一つもあるまい。「ディオニュソス的」というわたしの概念が、ここで最高の行為になったのだ。
『この人を見よ』「ツァラトゥストラ」

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生のもっとも異様な、そして苛酷な諸問題の中にあってさえなおその生に対して「然り」ということ、生において実現しうべき最高のありかたを犠牲に供しながら、それでもおのれの無尽蔵性を喜びとする、生命への意志──これをわたしはディオニュソス的と呼んだ。
『この人を見よ』「悲劇の誕生」

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この書においてはディオニュソスという象徴によって、極限的な肯定が達成されたのだ。
『この人を見よ』「悲劇の誕生」

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このような運命が人間の形をとって現われる場合、それはどのようなものであろうか、それを簡潔に言い現わした句はわたしの『ツァラトゥストラ』の中にある。

そして、善と悪において創造者であろうとする者は、まず破壊者となって、もろもろの価値を砕かざるをえないのだ。
それゆえ、最高の悪は最高の善意の一端である。そして最高の善意とは創造的な善意である。

わたしは、これまでこの世に存在した中での、比較を絶して最も恐ろしい人間である。とはいえ、このことは、わたしが最もこの世のためになる人間になることとあい容れないものではない。わたしが破壊の喜びを知っているのは、その破壊を行なうわたしの力量に相応した程度においてである、──破壊の場合も世のためになる場合も、わたしは、否を行なうことと然りを言うこととを分離することができないディオニュソス的本性に従うのである。わたしは最初の反道徳家である。だからわたしはずばぬけた破壊者なのである。──
『この人を見よ』「なぜわたしは一個の運命であるのか2」

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ディオニュソス的生成の世界は、破壊と建設のいとなみを永遠に反復する悲劇的自己肯定の世界である。

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わたしはこの人(ヘラクレイトス)の近くにいると、ほかのどこにいるときよりも、寒さを感ずることがなく、快い気分になる。かれにおける、流転と破壊との肯定は、ディオニュソス的哲学における決定的要素である。また対立と戦闘の承認、「存在」の概念をすら拒否して憚らない生成の思想──そこに、わたしはどうしても、今まで考えられたもののうちでもっともわたしに親近関係をもつものを認めざるをえない。「永劫回帰」説、すなわち、万物は制約のない完全な循環を無限にくりかえすのだという見解、──このツァラトゥストラの教えは、結局はすでにヘラクレイトスによって説かれていたと言っていいのかもしれない。
『この人を見よ』「悲劇の誕生3」

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