第三章 晩秋のひかり 16


   16

 自分にいい聞かせているのかもしれない、と思いながら、私はそういう。
「きみがいま、ここにいる。私の腕のなかにいる。私がここにいる。きみを抱きしめている。いまがすべてなんです」
「はい。これがずっとつづけばいいのに。永遠につづけばいいのに」
「それは事実にはなりにくい」
「わかってます。でもいまは事実でしょう。わたしがもっと早く生まれていたらよかったのに」
「それは仮定の話ですね」
「仮定の話はいけませんか?」
「いや、仮定の話はおもしろいから好きですよ」
「じゃあ、先生がもっと遅く生まれたらよかったのに」
 私は思わず笑ってしまう。
「わたしたちの歳がずっと近かったらよかったのに。そしたらまわりのことを気にせずに、好きなだけ一緒にいたり、くっついたりしていられたのに」
「でも、若いときの私はほんとに馬鹿で、きっと真衣が好きになることはなかったと思いますよ。好きになったとしても、すぐに別れたくなったんじゃないかな」
「いまは大好き。ずっといっしょにいたい」
「真衣がいっしょにいたいと思っているあいだは、ずっといっしょにいてもいいです」
「先生はいいんですか? 先生は私がいっしょにいることで迷惑したり、嫌になったりしないんですか?」
「それはわからないけれど、いまこの瞬間はいいと思ってますよ。私がどう変わるかはわからないし、変わらないことを約束なんかできない。自分が約束したことについて変わるかもしれないということについて、私は正直でいたいんです。真衣も自分が変わりうるかもしれないということについて正直でいてくれるとうれしいです」
「よくわからないけど……でも……いまこの瞬間、わたしといっしょにいることを許してくれているのがうれしいです。その瞬間がつづいて、ずっと連続していったらいいのに、と思います」
「私もそう思いますよ」
「先生とこうやっていると、本当に安心できるんです。わたしはこれまで一度もこんなに安心できたことがなかったような気がします」
「きみが安心できるといってくれることが、私にはうれしいですね」
「先生はわたしの安心がうれしいんですか?」
「はい。きみの安心が私をうれしくさせてくれる……なぜだろう。きみが安心できることが、なぜ私の喜びになるんだろう」
「先生の手がとても安心です。やさしくて、あたたかくて、そんなふうにだれかに触られたことなかった」
「彼はどうだったんですか?」
「全然違います。先生の手はわたしをとても大事にしてくれているみたいです」
「そのとおりですよ」

白楽ないと@横浜白楽〈ビッチェズ・ブリュー〉(10.31)
白楽〈ビッチェズ・ブリュー〉での水城ゆうによる即興ライブセッションがひさしぶりに復活。10月31日(土)ハロウィンの夜です。

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