第三章 晩秋のひかり 9
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私は寝室のベッドに横になっている。
もうすぐ午後七時になろうとしている。リビングのほうから音楽が聴こえてくる。私がセットしたCDの音で、ビル・エバンスの五十年も前に録音された演奏だ。五十年前の音は、しかしみずみずしく、薄手《うすで》のワイングラスのような手触《てざわ》りをいまに伝えている。
真衣がキッチンでなにかしている。
「お腹は減ってない?」
とたずねたのは私のほうだ。私は夜は食べない。が、今日は出かけたせいか、空腹を感じている。当然、若い真衣はお腹がへっているだろうと推測された。
真衣は、
「すこし」
とこたえ、なにか作りましょうか、という。わざわざ作るにはおよばない、と私はいい、冷蔵庫になにかあるはずだ、チーズとかサラミソーセージとか、ワインのつまみにいいようなものだね、とつけくわえる。ワインを取ってきますか、と真衣がたずね、私はうなずく。
ワインボトルがやってきて、真衣がソムリエナイフを使う。彼女はよくおぼえていて、一度だけスクリューをコルクに刺すときに、その角度について確認を求めただけだった。私はそれを教え、コルク栓は無事に抜ける。
いま、一杯目のワインを飲んでいると、真衣がキッチンから大きな皿を持ってもどってくる。皿には切り分けたチーズとクラッカー、スライスした玉ねぎとサラミソーセージ、プチトマトなどが乗っている。
「棚のなかにクラッカーがあったので、開けました。ストッカーに玉ねぎがあったので、使いました。冷蔵庫にトマトがあったので、出しました。勝手にしましたけど、だいじょうぶですか?」
「もちろん」
皿の上のラインナップを見て、私はほほえましくなっている。熟練した料理人でもなく、かといってまったく料理経験のない者でもない、自分のせいいっぱいの経験を生かして相手を喜ばせようとしているメッセージが伝わってくる皿。
私はいう。
「ありがとう。いっしょにいただきましょう」
私たちはワインのグラスを合わせる。それはワイングラスではなく、デュラレックスのこぶりのコップだ。無造作《むぞうさ》にかちんと合わせても心配はない。
私たちはワインを飲み、チーズとソーセージをつまむ。見てきた重松美沙の水彩の話をする。ギャラリーの話もする。真衣はいま描いている絵のことを話す。いつのまにか私たちは手を重ねている。
私の右手の上に真衣の左手が乗っている。
「先生の手、あたたかい」
真衣がいう。
「すこし眠い」
「深部体温を放射してるんですね」
真衣が笑いながらいう。その笑顔をひさしぶりに見た、と私は思う。
◎共感カフェ@羽根木の家(10.23)
10月の羽根木の家での共感カフェは、10月23日(金)19〜21時です。
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