第三章 晩秋のひかり 12


   12

「ただこうしていたい、ような気がします。ただこうしているだけで安心していて、これがつづくことを望んでいるのかもしれません。でも……」
 真衣はすこしことばを宙に浮かせる。
「先生がなにかされるなら――望んでおられるなら、そちらに行ってみたい気もします。とてもどきどきするけれど、あまりこわいとは感じてません」
「この先に進むことの決断を私に任せたいんですか?」
「はい、ってこたえるとずるいですよね」
「かもしれません。でも、きみはその決断を私に任せられないんですよ」
「どういうことですか?」
「きみは――」
 といいかけて、私は自分のことばをいいなおす。
「真衣は、いま、付き合っている人がいますか?」
 真衣の身体が一瞬、ぴくっとかたくなるのを私はとらえる。
「います。いえ――」
 すぐにいいなおす。
「いました。いまはいません」
 私は自分のなかでなにか悲しみのような感情がひろがっていくのを感じる。きっぱりとした「いません」というこたえを予想していたのだろうか。予想というより、望んでいたのかもしれない。私は真衣に無垢《むく》であることの幻想を勝手に押しつけていたかもしれない。まちろんそんな幻想は私のエゴであり、また私のなかにしぶとくしがみついて残っている「社会性」のよどみのようなものだろう。自分のなかで動いている感情が、真衣にたいして責めるような気持ちに動いていくことについて、私はストップをかける。
「どんな人ですか?」
「大学の一年先輩です」
「いつから付き合ってたんですか?」
「大学一年の終わりからです」
「じゃあ、もう二年付き合ってるんですね」
「いまは付き合ってません」
「別れたんですか?」
「……はい」
 真衣の返事に逡巡《しゅんじゅん》をかぎとるが、私は追求しない。
 私は真衣の胸に触れていた手をはなしてふたたび彼女の背中にまわし、横になったまま両腕で彼女の身体を引きよせ、抱きしめる。真衣は私の胸に顔を押しつける。
 彼女の片手は私の腋から背中へとまわされ、もう一方の手は自分の顔の脇の私の胸に置かれている。その手指が私の胸をさぐるように動いている。
 私は真衣の背中をしずかになでる。背骨にそってうすい筋肉がのびている。それをまさぐると、くすぐったいのか身体が伸びちぢみするように反応する。肩甲骨の下にある背骨にそったツボのひとつを押してやりながら、私はいう。
「私はセックスできない身体なんです」

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