第三章 晩秋のひかり 15


   15

 彼女が私のところに来るのは、安心だけではないという。もっと積極的ななにかなのだという。しばらくここに来れなかったのは、自分のなかにあるその積極性がこわかったからだという。自分が積極的に私に接近することで私に迷惑がかかり、結果的に遠ざけられることがこわかったのだという。私からうとまれるのではないかということをおそれていたのだという。
「なぜ私がきみをうとんじる必要があると思ったんですか」
「いろいろな理由がうずまいてました。そのことでぐるぐるしていて、先生から教えてもらったマインドフルネスも全然実践できなかった。絵もちっとも描けなかったです」
「たとえばどんな理由が?」
「年齢のこととか」
「私たちの歳が離れている?」
「ずいぶん」
「こんなに歳が離れているふたりが一緒にいることをだれかに知られたら困ると私が思って、きみをうとんじるんじゃないかとかんがえたんですか」
「たとえばそういうことです」
「私は逆のことをかんがえていた」
「とおっしゃると?」
「きみのほうが私のような年寄りと一緒にいるのが知れると困るんじゃないかと思ってました。きっと知られるといろんなことをいわれるでしょう」
「おたがいにそう思ってたんですね」
「そうなりますかね」
 真衣がくすりと笑う。
「おかしいですか」
「うれしいんです。ふたりともおなじことをかんがえていたなんて」
「で、実際にはどうなんですか」
「なんとも思ってません。少なくともわたしは。年齢のことなんて気にしてないです。あ、もちろん、先生のことは尊敬してます。でも、それは年齢とは関係ありません」
「そうですか。私のほうはかなり気になりますね」
「年齢のことが?」
「はい。私のことより、どうしてもきみの未来のことをかんがえてしまう。ふつうにかんがえて、きみより私のほうがずっと先にあの世に行きます。いまどれだけ私たちが一緒にすごしたとしても、そのあときみは私のいない世界を何十年も生きるんです。そのとききみが、私とのことが理由で肩身《かたみ》のせまい思いをしてほしくないと思うんです」
「そんなことかんがえたくないです」
 ややつよい口調で真衣がいう。ぎゅっと私の胸にしがみついてくる。
「かんがえたくなくても事実です」
「いや」
 真衣の全身がこわばっているのを感じる。それが震えだす。真衣が泣きはじめる。私はあらためて彼女を抱きしめる。
「事実は事実として受けとめましょう。いや、事実というより、事実になる可能性が大きいということです。そう、その事実になりうることはまだ起こっていない。いまここにある事実は、私ときみがここにこうやっているということです」

「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演@明大前キッドギャラリー(10.28)
「沈黙の朗読」に「音楽瞑想」がくわわり、来場の方にある種の「体験」を提供する、まったくあたらしいハイブリッドなパフォーマンスです。10月28日(水)20時から。

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