第三章 晩秋のひかり 14


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 彼のことを話すのはあんまり気が進まないです。でも、先生がそれを望まれるなら、すこしだけ話しますね。これはもう話したと思うけど、彼は大学の二年先輩です。絵画ではなく造形のほうをやっていて、とくにインスタレーションがやりたいといってました。去年の春に卒業して、画廊でアルバイトをしながら制作をつづけてました。画廊はバイト代が安くてそれだけじゃやっていけないのと、制作費も必要なので、夜はラーメン屋のバイトを掛け持ちしたりしてました。わたしたちはすれ違いばかりでした。おたがいの話もきちんと聞けなくなって、だんだん遠く感じるようになってしまいました。そのうえに、彼がドイツに行くことになったんです。ベルリンに拠点を置いているアメリカ人のアーティストが、なぜか彼のことを気にいって、助手として来ないかというオファーが来たんです。彼はすごくよろこんで、年が明けたら行くことを、わたしに相談もしないで決めてしまいました。
 真衣は彼がベルリンに行くことに反対だったの?
 反対ではないです。大きいチャンスだと思うし、日本でラーメン屋のバイトをしながら苦労して制作をつづけるよりドイツに行ったほうがいいと思います。でも、なんの相談もなく決めて、浮かれていて、もうわたしのことなんか眼中にないといった風が、わたしには嫌だったんです。
 相談してもらえなくて寂しかったのかな?
 そうかもしれません。あ、この人はもうわたしを必要としていないんだ、わたしとのつながりはもう切れてしまったんだ、わたしとのつながりは大事じゃないんだとわかったんです。同じ家にいてもほとんど話もしないし、顔を合わせるのが嫌みたいで、家では自分の部屋にこもってます。わたしもそんな彼がいる家には帰りたくないんです。
 きみたちは一緒に住んでいたの?
 はい。彼はいまもわたしの家にいます。でも、気持ちはもう離れているんです。彼は自分の家がないんです。しばらく前から家賃が払えなくなって、わたしの家に越して来たんです。彼は荷物がすごく多い人で――造形をやっているからしかたがないと思うけど――家のなかが大変なことになってしまって、それもわたしはとっても困ってます。それが今年いっぱいつづくかと思うと……
 本当は自分の家なのに、いまも彼がいて困っているということですか?
 そうです。
 でも、追い出すわけにもいかない、そういうことですか?
 はい。
 だから、私のところに来ると安心できるのかな?
 それもあります。でも、それだけじゃないです。

白楽ないと@横浜白楽〈ビッチェズ・ブリュー〉(10.31)
白楽〈ビッチェズ・ブリュー〉での水城ゆうによる即興ライブセッションがひさしぶりに復活。10月31日(土)ハロウィンの夜です。

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