第三章 晩秋のひかり 13


   13

 真衣の身体の動きが止まる。死んだように呼吸も止まる。私はそれを予測していて、彼女のパニックが手にとるようにわかる。
 彼女がほんとうに死んでしまわないうちに、私は説明を試みる。事件による脊椎《せきつい》の損傷が身体のいたるところに麻痺をもたらしたことを。幸いなことに、それらの大部分はリハビリの成果もあって回復しつつあるが、一部はまだ機能しない部位が残っていること。その残っている一部に、男性機能があること。それが回復するかどうかは、医師にもわからないと告げられていること。
「だから、私はこの先には進めないんですよ」
 するとすかさず真衣が問う。
「そうじゃなかったら進みますか?」
 私はすこしかんがえ、うなずきながらいう。
「たぶん。でも躊躇《ちゅうちょ》するでしょうね。ためらい、逡巡《しゅんじゅん》することでしょう」
「どうしてですか?」
「それをことばで説明するのはむずかしい。とてもむずかしい。社会的なこと、きみの将来のこと、私の良心、いろいろなことが複雑にあるようです」
「その複雑なことを、いますぐじゃなくてもいいので、わたしに教えてもらうことはできますか?」
「うまくできるかどうかはわからないけれど、やってみることはできると思います」
「いまはいいんです。ただこうしていられるだけでいいんです。先生がなにもできなくてもいいんです。こうやってわたしがここにいることを受け入れてくださっているだけでうれしいです。こんなふうにくっついていて、安心していられて、話をしたり聞いたりできる。わたし、すごく……すごく……」
 真衣が声をつまらせる。身体が小刻みに震えているのを感じる。
「泣いているんですか?」
「うん」
 子どものようにうなずく真衣がいとおしくて、私はぎゅっと抱きよせる。
「今日はもう寝ましょう」
「はい」
「明日また、ゆっくり、いっぱい話しましょう」
「はい」
 私は目を閉じる。そしてかんがえる。いま何時だろう。感覚的にはたぶん、午前一時か二時。視覚のなかに確認できる時計はない。
 腕のなかでは真衣が眠っている。いや、彼女もまた、まだ眠っていない。しかし私を気づかうのか、身じろぎひとつしない。身体のどこかに緊張があることがつたわってくる。
 しばらくして私はたずねる。
「私としたいですか?」
 すこしだけ間〈ま〉があいて、真衣がうなずく。
「うん」
「話してください」
「なにを?」
「彼のことを。どんな彼なんですか」

「沈黙[朗読X音楽]瞑想」公演@明大前キッドギャラリー(10.28)
「沈黙の朗読」に「音楽瞑想」がくわわり、来場の方にある種の「体験」を提供する、まったくあたらしいハイブリッドなパフォーマンスです。10月28日(水)20時から。

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