詩 / ことばに寄せて
もし 言葉がなかったら
どんなにかよかったろう
言葉がなかったら
私きっと もっとちゃんと人を見つめる
そして 瞳の奥に隠された秘密に耳を澄ませる
何も未来には持ち越せないから
ほんとうに いまこの瞬間に集中する
町は 拡声器で叫ばれる売り文句の代わりに
鳥の声や 森の囁き
美しい音楽が聞こえる場所だったろう
誰かの話し声に心を波立てることも
言葉だけを知ってわかったつもりになることも
きっとなかったろう
わたし 言葉があって
どんなにかよかったろう
言葉があったから
私の声は 海も時間も越える
そして 知らないあなたと出会う
紡がれた物語に
自分の生きられなかった人生を垣間見る
現実に打ちひしがれた夜には
言葉が生んだ世界をシェルターにする
ときに ハッとするような言葉の美しさに射抜かれたりもして
そのぶんだけ きっとわたしはやさしくなる
私きっと しぬまでずっと こうして
言葉のことを ときに厭い ときに憎み
そして 言葉に救われる
きっと
***
MONO NO AWAREの楽曲『言葉がなかったら』と、田村隆一さんと長薗安浩さんの対談本『言葉なんかおぼえるんじゃなかった』から着想を得てつくった詩。言葉の限界も弊害も痛いほど知りながら、それでも私はやっぱり言葉に救われて生きているんだよなあ。
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