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いつしか読みたいことが書けなくなってしまったあなたへ|『読みたいことを、書けばいい。』田中泰延

『読みたいことを、書けばいい。』田中泰延
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 電通出身のコピーライターが書いた本ということで、話半分に読まなければならないと思って読みはじめたのが(なにせ広告のプロ中のプロだから)、少なくとも、僕にはグサッグサッと刺さる内容だった。

 コピーライターの本で「刺さった」というと、思い出すのは『伝え方が9割』という書籍である。なるほど、伝えるという視点でわかりやすくコピーの書き方(というよりは伝え方)を紹介しているのだが、しかし、読んで何かが変わるということはなかった。

 もちろん、本を読んで変わらないのは自分が悪い。けれど事実は事実。「また同じことを繰り返すのか」という懸念(というか悔恨)が本書の読後に浮かんでくるのは、ビジネス書を読んで自分は変われると期待する僕らピュアな読者が抱く既視感であろう。

 さて、そこで本書である。読み終わって(素人読者の戯言が集まる)アマゾンレビューを眺めてみると、まず目についたのは、辛辣な批判、というか中傷であった。いや、そうだろうね。この手のものは、好き嫌いが分かれるから(というかそれを狙うのがプロでしょ)。

 意外だったのは、思いのほか、激賞している人が多かったこと。ただ、その内容を見てみると、「おもしろかった」という意見が大半で、なるほどおもしろがるだけなら誰でもできるよね、と、ライターの端くれとして上から思ってしまった自分は性格が悪い。

 だって、本書はすでに物を書いている人、それも商業的に(つまり誰かの依頼を受けて報酬として対価をもらって)文章を書いている人でなければ、実感できないことが多い。たとえば、「はじめに」にある次の文章。

「自分がおもしろくない文章を、他人が読んでおもしろいわけがない。だから、自分が読みたいものを書く。」

 これね、商業的に文章書いている人じゃなきゃ、「なに言ってんの。当たり前だろ」ってなってしまうと思う。なにせ文章の“素人”は、人から依頼されて、書きたくないものを書いた経験がないんだから。そりゃあ、読みたいことを書くのが“当たり前”でしょう。

 そのような人たちは、一定期間にわたって商業的に文章を書いてきた人なら絶対に抱くであろうある思いに共感できない。それはすなわち「何でこんな文章書かなけれゃならんのよ」という思いである。これは、金をもらって書くプロでなければ、実感できないはず。

 だから、その気持ちがわからない人は、本書を読んで「おもしろかった」とだけ評価するのだろう。しかし僕のような人間、つまりかれこれ10年ぐらい商業ライターをやっていて右往左往しながら、何かを掴めたと思った手に何もないと気づいた近年の自分には、

 痛いほどわかる

としか言いようがない。あるいは、

 なぜ、あなたは、私の考えていることがわかるんですか?

と言ってもいい。

 それはもちろん、いち読者の独善的な感覚に過ぎないのだが、そう言われるまで「ああ、自分が読みたいものを書いてもいいんだ」という“当たり前”のことに気づけない自分がいたのは事実であり、でもそういえば自分の内面(精神といってもいい)はつねに悲鳴をあげていて、それがストレスとか不安とか焦燥とか逃げたい衝動とかニキビとかで表出していたのにも関わらず、気づかないフリをして今日を明日をいまを生き延びるためにビジネス書などを読んではごまかしごまかしやりがいめいたものを探し歩いて、体育会系よろしく自分にムチを打って書きたくないことを書きたいと思うにはどうしたらいいのかと考え、発想を転換できない自分はしょせん社会不適合者のクズだと呪い、それでもどうにかこうにか生きてきて今日がある自分にとって、積み上げていたものを根本から揺るがすような衝撃とともに、グサッグサッと突き刺さる何かがあるわけで。

 「いやいや、実用書によって目の前のやらなければならないことが少しでも楽にできるようになれば、それはそれで幸せではないのか」と、読みながら反論していた自分は、本書を読み終えてハッとして「僕はここまで染まっていたのか」と愕然としたわけであります。

 とりあえずこの記事は突発的に書いているのでこのあたりでまとめると、「読みたいことを、書けばいい」という言葉は、本当のところは、「読みたくないことを、それでも、書くべきだと言われ続けてきた」人にしかわからない感覚があると思う。

 だから僕には刺さったし、考えさせられたし、今も考え続けている。そしてこれからも考えるだろう。思えば、ここ数年は、そのことばかり考えてきたように思う。そろそろ行動に移すときだ。

 本書に関するより深い考察は別の項にゆずるとして、著者の田中泰延さんと糸井重里さんの対談「40代からのドロップアウト」もあわせて読むと、本書の味わいがより深くなると思います。それから糸井さんのAERAの記事もおすすめ。

田中泰延×糸井重里 40代からのドロップアウト
https://www.1101.com/juku/hiroba/3rd/tanaka-302/05.html

糸井重里 40歳の頃には「絶対に戻りたくない」理由
https://dot.asahi.com/aera/2014060400129.html?page=1


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