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第5話 水着とあやのⅠ

 その日は、雲一つない快晴と水泳の授業が重なったことで、生徒たちが各々歓喜していた。
 「さすがに、ばれるんじゃ?」
 「そんなことないわよ。安心して。」
 白百合学園の水泳の授業ではあるものの、上級生が下級生を教えてあげるシステムになっていている。
 そのことから、あさひの参加する授業にいずみ・あやの・みやびの三人が集合していた。
 学園TOP3が集まっているということもあり、生徒ごとにいずみに教わりたいものやあやのに教わりたいものなど、好きな人に教えてもらいたい生徒でにぎわっていた。
 そして、いつものようにあやのは後ろからあさひを抱きしめるのが定位置に収まっていた。
「あの。あやのさん。水着なんですから、抱きつくのはどうかと。」
「えぇ。いいじゃん。」
「そうよ。みんなが見てるし、それに、その水着で……」
 白百合学園では、生徒の自主性に任せられていることが多く、それは学園の水着も同様で、学園指定の水着はなくさほど公序良俗に反しないことや、露出が激しすぎないことなどが指定されているが、ほとんどが生徒の自主性に任されている。
 そんな自主性に任されている面の強い白百合学園で、あやのは授業するには不向きな花柄のビキニスタイルだった。
『あやのさんの心音がダイレクトに。というか、胸が直で頭の上に……』
 学園の中では女の子として生活しているあさひ。あやのがこんなに密着したら、さすがに男の子でもあるあさひでも、必死に抑えるのに苦労する。
 あさひの水着はというと、さすがにビキニスタイルでは目立ってしまうために、ワンピースタイプだった。
 最初こそ戸惑っていたあさひだったが、うまく溶け込んでいるようだった。
「あやのったら、それ。見せびらかしてる?」
「そんなことないよ~。そんな、いずみねぇだって。結構あるじゃん。」
「ちょっ!あやの~やめっ!」
 いずみとあやのがふたりでじゃれ合っているのを見ると、百合好きのあさひはどうしてもそっち方向に考えてしまう。
『いかんいかん。』
 そんな二人がプールサイドでイチャイチャしていると、クラスメイトの中にもあさひ同様の趣味をもつものも多いらしく、いろいろなうわさ話をしていた。
「いずみ様とあやの様の仲の良さは折り紙付きよね~」
「そうそう。あやの様は時々。中身は男性じゃ?って思う時もあるし……」
「でも、そんなあやの様になら、襲われてもいいかも……」
「えぇ……」
 水泳の授業とは名ばかりのプールバカンスになってしまっているプールサイドは、一様に仲良くするものや、プールサイドで気ままにくつろいでいるものなど色々な生徒がいた。
「いい加減にしないと……」
「えっ?」
「えっ!」
「あっ!」
 みやびの声で、いずみとあやのが驚いたのか、お互いが急に離れてしまったことで、足が不安定になってしまった。
 あやのは、その場に座り込み事なきを得たが、いずみのほうはそうもいかなかった。離れた場所がたまたまプールの端を沿う形になってしまい、プール端のプラスティック部をよろよろと歩くことになってしまっていた。
「おっ。とっとっと」
「いずみさん!」
 周囲の生徒たちからも、悲鳴や驚きの声が飛び交っていた。そんないずみのサポートするためには、あさひしかいなかった。
「!!!!!」
 周囲の生徒がもうダメだと思う状況の中。あさひがギリギリの状態でいずみを支えることに成功していた。
「あさひちゃん……」
「はぁ、はぁ。ギリギリ。あれ?」
 プールの淵でギリギリの体勢で支えたあさひは、微妙なバランスでふらふらと傾いてしまい、プール側へと倒れ込んでしまった。
ジャボ~ン!
 あさひが下になり、受け身を取る形でプールへと落下したふたりは、水中で落下していくうちに、自然と唇同士が触れ合ってしまっていた。
 ゆっくりとプール内で、ふたりが底につくまでの数秒間が、ふたりにとっては数分もの長い時間に感じられた。
 そんな長く感じた口づけに、底についた衝撃で我に返ったふたりは慌てて立ち上がった。
「!!!!」
「!!!!」
『さっきのって……』
『わ、私……あさひさんと……』
 幸い水中で何があったかは、プールサイドにいる人からは見えておらず、ふたりだけの秘密のようになっていた。
「大丈夫?いずみ。あさひちゃん」
「は、はい。大丈夫です。」
 このことがあって以来、いずみがあさひに対してよそよそしくなり始めていた。それまで、他の生徒たちから憧れを抱かれるほどだった、いずみが、些細なヘマをするようになっていた。
 時には、窓際で唇を人差し指でいじっているいずみを目撃した生徒もいるらしく、楽員の生徒たちが色めきだっていた。
「ねぇ。大丈夫?いずみ会長?」
「え、えぇ。」
「ほら、ここ間違ってる。どうしたの?いずみ会長。」
 副委員長でもあるあかねですら、いずみの実の入ってないようなテンションに、困惑していた。
『この間の下級生との授業からなのよね。呼んで確かめてみようかしら……』
 それから、副会長の面談チェックが始まった。単純なもので、通常の業務をしている時に下級生がいた場合のいずみの様子を見るものだった。
 下級生の授業に参加していた生徒、男女に限らず呼び出され1日限りで生徒会を手伝ってほしいという名目で生徒を参加させていった。
 そして、あかねはひとりの生徒にたどり着いた……
『あなただったのね。』
 ある生徒が生徒会の手伝いとして参加した時に限って、いずみはミスを連発。普段なら何の気なしにこなしてしまう内容ですら、凡ミスをする始末。
 明らかに、その生徒を意識しすぎて手元がおろそかになってしまっているのが、明白だった。
「いずみ。ちょっといい?」
「えっ?良いけど……」
「あなた。そこの書類。まとめておいて。」
「はい。」
 廊下にでた二人は、窓際に立つとあかねが唇をきった。
「あなた。あさひさんが好きでしょ?」
「は、はぁ?な、なにを言ってるのかわ、わからないなぁ~」
 明らかに動揺したいずみは、目が泳ぐのはもちろんのこと、耳まで真っ赤になってしまっていた。
「あなた、それでも隠せてると思ってる?あなた、ごまかすとき、鼻がピクピクするのよね。」
「そんなことない。よ」
「今日は、私がやっておくから、動揺しないように、整理しなさい」
「は~い。」
「まったく。普段なら、わたしもうらやむほどの完璧会長なのに、色恋沙汰には疎いんだから……」
「うぅぅ。あかねにはかなわないわ。」
 それからのいずみは、しばらくぶりに早い段階でフリーになったことで、抱き始めてる胸のモヤモヤを姉妹に相談することにした。
 今までに恋愛という色恋沙汰は小説でしか見たことなく、よく読んでいるのが紫陽花綾花の日常(あじさいあやかのにちじょう)というタイトルの小説を好んで読んでいた。
 両親の差し金か、長女で素直ないずみは男女の恋愛ものではなく、ちゃっかり百合ものの小説をいずみに進めていた。
『どこぞの馬の骨にうちの娘を渡すもんか!』
『ですわね。楽しみを共有できる方じゃないと。ねっ。あなた。』
 いずみたちの両親も同じ趣味。百合趣味で意気投合して結婚したという馴れ初めを持っていた。
 それゆえ、両親の影響で百合好きの3姉妹ができ上ってしまっていた。そんなことに本人のいずみは知る由もなく、それが普通の恋愛と思い込んでしまっていた。
 そのため、異性であるあさひに対して芽生え始めていた恋心に対して、違和感を覚えていた。
『なんなの?この気持ちは。まるで小説みたいな気持ちになっちゃって、相手は男の子なのに……』
 まして、いずみにとって男の子を見るのが父親意外では、あさひが初めてだった。初めてのことだらけないずみは、一番近いあやねを訪ねてみることにした。
 その頃のあやのはというと、水泳部で自分の泳ぎをチェックしていた。
「ふぅ~」
「あやの~」
「えぇっ!どうした?いずみねぇ。」
 ちょうど水泳部で部長をしているあやの。水泳の試合タイムの見直しをしていた。あやのは水泳部でもトップクラスで、白百合学園のマーメイドと呼ばれるほどに上手だった。
 そんなあやのに憧れて、入部してきた生徒も多く、白百合学園水泳部は、あやのを慕う生徒で埋め尽くされていた。
 相談事を受けることも多いあやのは、下級生はもちろんの事上級生からも相談を受けることが多い。そんないずみもその一人である。
「いずみねぇも、とうとう、恋でもした?まさかね。」
「…………」
「……って。まさか!」
「い、いや。恋って感じでもないのかな?わからないのよ。好きになるのすら、初めてだから……」
「いずみねぇ。うぶだからねぇ~。で、どんな感じなの?」
「その人が同じところにいるだけで、モヤモヤしちゃったり、仕事が手につかなかったり。いつもなら普通にできることが、普通にできなくなっちゃう。」
 いずみの説明を聞いているあやのも聞いているだけでも、恥ずかしくなるくらいで聞いているあやのも恥ずかしくなってしまうほどだった。
「もう、ごちそうさま。で、相手は誰なの?あたしの知ってる人?」
「うん。」
「同じ学園の人?それとも……」
「同じ学園。」
「年下?」
「うん。」
「住んでるところ知ってるの?」
「知ってるというより、同じ場所。」
「それって……」
 二人の脳裏には、共通しているようでしていない相手が頭の上に上っていた。
「いずみ?」
「ううん。」
「まさか……」
「そう。あさひさん。」
…………
 同じ白百合荘に住む間柄で、恋心を抱いてしまうということは、前にも前例があった。それは、女の子同士で発展性のないもので、互いの理解で一線を越えることはなかった。
 しかし、今回に関しては、学園でこそ女の子として生活しているが、その実。男の子なのである。そのため、一線を越えてしまっては、色々と問題を生んでしまう。
「いずみねぇ。……男の子って知ってて、言ってる?」
「そうなの。だから、困惑してるの、どうすればいいの?」
 そういわれたあやのの頭の中では、困惑していた。
『えっ?女の子同士だったら、性別の壁っていうのがあるけど……』
『あさひちゃんは、学園の中こそ女の子だけど……実際。男の子だし……』
『女の子と男の子だから、性別の壁は普通に越えられちゃうよね……』
『ということは……』
 あやのも意識していなかったこともあって、改めて考えると色々ときわどいことをしていることにいまさらながらに気が付いた。
 あさひは見た目こそ女の子だが、生物学的には男の子。そんな子に対して、後ろから抱きしめたりするのが、日常のように接してしまっていた。
 そのことが、かえって学園の女子生徒からは人気が出ていたらしく、あやのが時々「あやのお姉さま」と呼ばれることが多くなっていた。
 そして、あやのにもひとつの想いが芽生え始めているのに気がついてしまった。それは、あさひが入寮した当日から、いつものように同性にするようにスキンシップをしていたのだが、同性とは違う些細な違和感を心なしか感じ取ってしまっていた。
 それを払拭するかのように、自分に「この子は女の子」と言い聞かせるようにして、スキンシップを取っていた。
 しかし、いずみの相談を受けたことで、自分に芽生え始めていた『違和感』が異性に対する恋心だということに気がついてしまった。
 ただ、それをしてしまうと、いつも世話をやいてくれる姉のいずみを悲しませる結果になってしまうことにも、気がついてしまった。
『今度、確かめてみよう』
 そんな、いつもとは違った気持ちになったあやのだった。

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