【シジョウノセカイ】《日常》⑨

【9、帰ろう】

 一方その頃、インフォメーションセンターではユダチ、スカイ、アイラがルファラの帰りをまだかまだかと待っていた。アイラは椅子に座って膝を抱えて俯いている。その横にはルファラが落としていった巾着袋が置いてある。スカイは腕を組みながらアイラの前をうろうろと歩き回っている。ユダチはアイラの側で腕を組み壁に凭れかかって天井を見上げている。

「……どこ行っちゃったんだろ…ルファラも、ヨン君も…」

 膝を抱えていた手を離し、その手で顔を覆ってくぐもった声でアイラが言った。その声にスカイがピタリと歩みを止める。

「さぁなー…まぁ、どっかにいるだろ。」

 ユダチが呑気な声を出す。スカイがギロリとユダチを睨んだが、当のユダチはどこ吹く風とばかりに天井を見上げたままだった。
 刻一刻と時間は進んでいく。3人の不安も時と共に膨れ上がっていく。アイラは顔を手で覆ったまま蹲っている。スカイはアイラの隣に座り、額に拳を当てながら俯いている。ユダチは相も変わらず壁に凭れかかりながら天井を見上げている。だが苛立ってはいるようで、組んだ腕を指でトントンと叩いている。あの時ユダチは、とにかく落ち着かなければとその場にいた全員をインフォメーションセンターに連れて行き、スカイを宥め、アイラを慰め、輩たちにはルファラへの謝罪と汚した浴衣の弁償を請求した。正直内心そこまで落ち着いてはおらず、輩たちを食い殺す勢いで睨みつけほとんど脅迫のような形で詰め寄り、怯えた返事を聞いてようやく冷静になれたほどだった。一応迷子になった時のためにインフォメーションセンターを集合場所としていたので、あとは2人を待つだけだった。その時間がとてつもなく長く感じ、3人はそれぞれ焦っていた。今からでも自分がルファラを探しに行こうかとユダチは悩んでいたが、今スカイから目を離すともう一度輩たちを襲おうとするかもしれない。そしてそんな状態のスカイにアイラを任せてはおけない。そう思って仕方なくここでルファラの帰りを待っている。

「はぁ…」
 
思わずため息がこぼれるユダチ。そして何気なく入り口の扉を見た。すると。

「!!?」

「…?」

 ユダチの反応にアイラが気付き顔を上げ入り口の方を見ると、そこにはルファラがいた。隣にはヨンシーもいる。

「ル、ルファラ…!!」

 アイラの声にスカイががばりと顔をあげ同じく入口を見た。

「ごめん、遅くなって…」

 ルファラはバツの悪そうな顔をして3人を見た。

「う、うわーーーん!!!」

 アイラはルファラの姿を確認するや否やあふれ出す涙を他所に飛びついた。そしてしっかりとしがみつきわんわんと泣き続けた。

「ごめんね、心配かけたよね。」

 そんなアイラをルファラは優しく包み込む。ふと目の前が翳り何事かと見上げると、そこには眉間に皺を寄せ難しい顔をしたスカイがいた。

「あ、ごめ…」

 言い終わる前にスカイはアイラごとルファラを抱きしめた。スカイは強く強く2人を抱きしめる。それに呼応するようルファラもスカイに体を預けた。

「く、苦しい…!」

 2人の間からアイラのもがき苦しむ声が聞こえる。慌てて2人は離れた。

「ぷはぁ!もうっ!苦しかったんだからねっ!」

 アイラは腕を組み頬を膨らませぷんぷんと怒った。その様子を見て思わず2人は吹き出す。

「悪い。」

「ごめんってぇ!」

 アイラが謝罪されてもなおぷりぷりと怒る中、2人はくすくすと笑っていた。それを見つめるユダチは胸を撫で下ろし3人を見守っている。しかしすぐに視線はヨンシーに移り眉を吊り上げ睨らんだ。

「てめぇ!!どこにいやがったんだよ!!こっちは大変だったんだからな!!」

「あぁ、らしいね。」

「お前なぁ!!!ったく、一緒にいるって分かってりゃこんなに心配しないで済んだのによ…!」
 
 ヨンシーは特に気にも留めずケロリとしている。その様子にユダチはさらに苛立つ。

「だから携帯買えって言ってるじゃんかよ!!こんな大事な時に全っ然連絡取れねぇじゃねーか!!」

「あれ?でもユダチだって、いっつも携帯どこかに失くしてくるじゃない。それでいっつも連絡取れなくなってこっちが探さなきゃいけなくなってるじゃない。」

「うぐっ…!」

 アイラに痛いところを突かれ思わず黙り込むユダチ。それをふんっと鼻で笑うヨンシー。確かにユダチは持ち物をよく失くす。物に頓着しないためすぐに存在を忘れてしまうからだ。今日も実は携帯電話を家に忘れてきている。ユダチにとって必要なものは、今日の屋台の食事を食べるために必要なお金の入った財布のみ。大してヨンシーと立場は変わらない。なのでユダチがヨンシーに偉そうな口をきける立場ではないことはアイラでもわかっていた。

「あはは!もう、ユダチったら!」

 アイラが楽しそうに笑う。それをルファラは微笑ましく見つめていた。

「おっと、忘れてたぜ。」

 ユダチは思い出したように輩たちを睨む。ルファラは輩たちの姿を確認すると、すぐに体を強張らせた。輩たちはおずおずとルファラに近付いてくる。近付くにつれルファラの緊張は増し、隣にいるスカイの目はどんどん鋭いものになる。それに恐れをなした輩たちは歩みを止めその場に立ち尽くしてしまう。

「それくらいにしとけ。ほら、言うことあんだろ?」

 ユダチの声にスカイの殺気が少しだけ弱まる。

「…すいませんでした。」

「聞こえないけど?」

 ヨンシーの冷たい一言が輩たちに突き刺さる。

「す、すいませんでした!!」

 がばりと頭を下げ、輩たちは謝罪の言葉を叫ぶ。センター内の人混みの音が静まり返る。

「も、もういいです…」
 
 ルファラの消え入りそうな言葉に輩たちはほっと息を吐いて頭を上げる。そして何かを思い出したように急いでポケットや鞄の中を漁り財布を取り出し、中から千円札を何枚か掴み取ってルファラに差し出す。

「こ、これ!弁償代です!ほんっと、すみませんでした!!」
 
 輩たちからそれぞれ千円札を数枚突き出され、ルファラは戸惑った。

「い、いいです!いいです!そんな、大したものじゃないし…」

「そ、そんな!もらってください!!お願いします!!もらってください!!」

 口々に貰ってくださいと騒ぐ輩たち。ルファラはその様子がとにかく怖く、どうしたらいいかわからなくなっていた。

「いいから貰っておけ。こいつらの誠意の証なんだから。」

 スカイの言葉にルファラはようやくうなずき輩たちから千円札を回収する。やっと渡すことができ、輩たちも安堵した。そこにまたもやヨンシーが冷たく口を開く。

「かわいそうだね。」

「?」

 言葉の意味がわからず、輩たちはヨンシーを見る。ユダチも苦い顔をしてヨンシーを見た。

「えっと…」

「本当かわいそうだよ、君たち。」

「えっ…?何が…?」

「だって、あまりにも君たちは世界を知らなすぎるから。この世界にどれだけの生物がいると思ってるの?そして君たちはどれだけの生物を知っているの?対して知らないでしょ?どうせ。それなのに、よくもまぁ知ったかぶって簡単に人を化け物扱いできるよね。なーんにも知らないくせに。自分たちがいかに無知で非力でどこにでもいるちっぽけな生物の一つでしかないことも知らないくせに、王様気取りで大威張り?本当何様?君たちって本当にかーわいそう。」

 その目は、言葉は、天上から見下ろすが如く冷たく、重く、蔑んでいる。その言葉の重みに体は強張り、足はすくみ、今にも腰が抜けそうになるほど恐ろしく、輩たちは震え上がった。

「さっさと帰ったら?もう用は済んだんだし。」

 ヨンシーがそう言うと輩たちははっと我に返り、バタバタと出口に向かって走り出す。中には足がもたつき転ぶ者や、腰が抜けて思うように歩くこともできず必死に這い上がりながら出口に向かうものもいた。周りの人間はジロジロとヨンシーたちを伺い、ヒソヒソと小声で話をしている。そんな様子を回し見ながらユダチははぁとため息を吐いてヨンシーに向く。

「なぁ、腹立ってんのはわかんだけどよ、だからって謝ったんだからあんまいじめてやんなよ。」

「反省してるようには見えなかったけど?」

「それでも、だよ。」

「……」

「反省するかしないかはやつらの勝手なんだから、俺たちがこれ以上なんか言っても意味ないだろ?どうせ何言ったって同じことする時はするぜ?わかってんだろ?」

 ヨンシーはぷいと横を向く。

「…それでも。」

「あ?」

「それでも、腹が立ったんだよ。わかるでしょ?」

「……あぁ。そうだな。」

 ユダチもヨンシーもそしてスカイも、今回の事件に対してすべて納得のいく結果になったかといえばそうではない。しかしここで言い争ったところでルファラやアイラが受けた心の傷が消えるわけでもない。それがわかっているからこそ腹が立つのだ。
 ユダチとスカイは自分たちが追いかけなかったことを悔いていた。なぜあの時彼女たちを2人きりにしたのか、もし追いかけていたら今とは違う結果になっていたのではないか。そんなことが頭を駆け巡る。悔しくて情けなくて申し訳なくて腹が立っていた。
 一方ヨンシーは、今回の事件は遅かれ早かれ起こることだろうと予想していた。世の中にはどれだけ正しさを説いたところで変わらない悪がいることをヨンシーはよく知っている。なので今回の事件は、起こるべくして起きた避けられない事故だったと認識している。しかし、だからと言ってそれがルファラやアイラを傷付けていい理由にはならない。避けられないことだったとしても、どうなっても知らないとユダチたちに全部責任を押し付けず自分もちゃんとあそこに残っていれば、せめて「あとは任せた」と一言声をかけていればここまで彼女たちが傷付くことはなかったのではないか、とヨンシーも後悔していた。
 ヨンシーは湧き出る怒りをさっきの輩たちにぶつけた。それしか自身の冷静さを保つ方法が見つからなかったのだ。そしてその気持ちが痛いほどわかるユダチが止めたのだ。
 2人のやり取りを見ていたルファラは優しくヨンシーに話しかける。

「ありがとね、怒ってくれて。」

「別に。生意気だったから言ったまでだよ。」

「それでも、ありがとう。」

「……」

 ヨンシーはどこか照れ臭そうにそっぽを向いた。

「あっ!」

 アイラは突然声を上げると周りをキョロキョロと見回し始めた。

「どした?」

 ユダチが何事かと聞くとアイラが困った顔をしてユダチに問いかける。

「ルファラの巾着、知らない?」

 それはさっきまでアイラが座っていた椅子の上に置いてあったはずだった。

「あぁ、これか?」

 ユダチは手に持った巾着袋をアイラに見えるように掲げた。アイラが飛び出して行った後、誰かに盗まれないよう気を利かせて回収していたのだ。

「そう!それ!!」

「あ!こら!!」

 アイラはユダチから引ったくるように巾着袋を回収するとすぐさまルファラに届けた。

「はい、これ!!」

「あっ!!」

 ルファラはアイラから巾着袋を受け取ると大事そうに抱きしめた。

「…ありがとう。失くしたかと思ってた。」

 ルファラが嬉しそうに、しかしどこか泣きそうな顔でアイラにお礼を言う。それを聞いてアイラは満面の笑みを浮かべた。

「あー、よかった!さっ、用事も済んだし帰ろう!」

 アイラが全員に声をかける。しかし、そこにユダチが待ったをかけた。

「こら、人から持ち物引ったくっといて何もなしか?」

「あ、ごめんなさい…」

 アイラは即座に謝りしゅんと俯いた。

「よし!謝ったから許してやる!」

「ちょっと!それだけで終わらす気!?」

 今度はヨンシーがユダチに待ったをかける。そして強い口調でアイラに問いかけた。

「ねぇ、なんで引ったくったりしたの?一言声かけるだけで済んだ話だよね?」

「ごめんなさい…」

 アイラはさらに落ち込み深く俯く。その様子をルファラはハラハラと見守ることしができないでいた。

「まぁ、いいじゃねーの!祭りなんだし、今日くらいはよ!」

 アイラの頭にぽんっと手を乗せながらユダチが言う。

「だから!!ほんっと君はこの子に甘いね!」

「おう!オレは甘やかし専門だからな!」

 だっはっはっとユダチは大きく笑った。その様子にいつもながらこいつには何を言っても無駄だなとヨンシーは呆れつつ、こいつらしいとも思っていた。腹は立つはこれがこいつの良さだ、とヨンシーはユダチを認めている。ヨンシーも思わず笑ってしまった。

「よしっ!今度こそ帰ろうぜ!」

「はぁ、仕方ないね。帰ろうか。」

「うん。さ、帰ろう。ね、アイラ?」

「…うん。」

 ルファラがアイラに優しく声をかける。アイラはまだ少し悲しそうな顔をしている。それに気付いたユダチがアイラの頭をわしゃわしゃと撫で回
した。

「きゃー!!」

「ほら!帰るぞ!」

 ユダチがニカっと笑って見せるとアイラもようやく僅かににこっと笑った。その様子を確認するとヨンシーがさっさと出口に向かっていく。それを見てアイラが慌てて追いかける。

「あ、待って!ヨン君!」

「……」

 ヨンシーに追いつくとアイラはもじもじしながら小さな声でヨンシーに謝った。

「ごめんね、わたし悪い子で…」

「別に、君は悪い子じゃないでしょ?」

 アイラが少しだけ顔を上げヨンシーを見る。

「…本当?」

「悪いことしたらすぐに悪い子になるわけじゃないよ。」

「そうなの…?」

「そうだよ。ただ君が悪いことをしたから咎めただけだよ。」

「うん…」

「それに、君はちゃんと謝れる子だから大丈夫だよ。」

 ヨンシーがアイラの顔を見ながら優しく言う。途端にアイラの顔はぱぁっと雲の翳りから太陽が現れるかのように明るくなった。

「うん!ありがとう、ヨン君!」

「そうだね。感謝することも忘れちゃダメだよ?」

「うん!まかせて!」

 調子のいいことだとヨンシーがふっと笑う。その隣で嬉しそうにアイラは笑った。
 あとの3人も後ろから2人に追いついてきた。帰りの道のりはまだまだ長い。5人はゆっくりと帰路についた。少しずつ祭り会場が遠のいていく。今日はいろいろなことがあった。楽しいことも悲しいことも。しかし今は全員が一緒にいる。それがすべてだと皆思うのだった。


【9、帰ろう】おわり  裕己

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