【シジョウノセカイ】《日常》③

【3、大丈夫】

 長い道のりを経て、ようやく祭り会場に到着した一行は浮き足立っていた。人々の声は小さな声から大きな声まで一括りに集まり、それが巨大な魔物のように膨れ上がって会場を支配している。屋台からは甘い匂いやら香ばしい匂いやらが混ざり合って独特の香りを醸し出し、祭りの雰囲気を 一層盛り上げていた。

「かぁーっ!!やぁーっと着いたぜぇ!!腹減ったぁー!!なぁ!早く食いに行こうぜ!?」

「賛成。もうお腹ぺこぺこで死にそうなんだよねー。」

 ユダチに続いてヨンシーもすでに腹の空きが限界にきていた。2人が屋台に飛び掛かるのを今か今かと機会を窺っているところをスカイが止める。

「いいから待て!はぐれたりしたらどうするんだ!メインは花火なんだろう?その前にはぐれて探してる間に花火が終わっても知らないからな!」

「それはダメ!!みんなで見るために来たんだから!!」

 アイラが大きな声で反論する。

「えぇー。花火なんてどこで見たって一緒じゃない。それに、こんな人混みの中で見たって面白くないでしょ。」

「そんなことない!!みんなで一緒に花火見るのが楽しいんだよ!!」

「えぇー…」

 ヨンシーは心底嫌そうに顔を歪めた。

「まぁ、見ちゃえば案外いいものかもよ?」

「……」

 ルファラの言葉にヨンシーは不服だと言わんばかりに顔を歪め逸らすが僅かに頷く。その様子をアイラは満足気に見ていた。

「つっても、お前もルファラに甘いよな?」

 唐突にユダチが言う。ユダチの言葉にピリッと空気に電気が走る。

「……」

「ちょ、ちょっと!」

 スカイが余計なことをと眉間に手を当て、ルファラはどうしてこうなったと自身に非がないのにわたわたと慌てている。肝心のユダチはその様子をケラケラと笑いながら見ていた。

「…別に、ボクが誰に甘かろうが君には関係ないよね?」

 ヨンシーはユダチに鋭く言葉を放つが、ユダチはものともしない。

「いやぁ?その優しさをもうちょっとオレらにも分けてくれりゃいいのになぁって思ってさ!」

「はぁ?ボクが?君にぃ?」

 ヨンシーの表情がどんどん冷たいものになる。目には怒りや蔑みが滲み、口元には薄らと不気味に笑みを浮かべている。それを真正面から受け止めてもなお楽しそうに笑うユダチの姿があまりにも対照的で、ルファラはこれから大変なことが起こると戦慄した。

「そうだよ!!もっと優しくしてくれてもいいじゃない!!」

 そこに空気の読めないアイラが割って入っていく。スカイがやれやれと大きくため息を吐いた。

「もう!!ヨン君はもっと私に優しくしても罰が当たらないと思うの!!だからもっともっと優しくしてくださーーい!!」

 そう言ってアイラはルファラと手を繋いだ反対の手をまたしても大きく振り上げた。

「別にいいでしょ。君には優しくしてくれる人がたくさんいるんだから。たまにはボクみたいなのがいてもさ。」

「よーくーなーいー!!」

 アイラは風船のように頬を膨らませ、いかにも怒ってますと言わんばかりに腰に手を当てヨンシーを見た。

「…ぷっ。」

 その姿があまりにもおかしく、ヨンシーは思わず吹き出した。

「ふふっ!あははは!」

 続いてルファラも笑い出す。

「えっ?えっ?」

「だはは!」

 ユダチも笑っている。スカイは呆れた顔をしつつもやれやれと口角が上がっている。

「えっ?えっ?なんで?何がおかしいの??」

 アイラの疑問には誰も答えず、ただただ皆笑っている。

「さ、どこから回る?ご飯もの?それとも遊びに行く?」
 
 笑い収まったルファラがぐるりと全員を見回して聞く。

「飯っ!!」

 ユダチが即答する。

「ぶっ!!」

 ルファラが吹き出す。

「あんたの頭の中、いつもそれだな!」
 
 スカイがぶはっと吹き出しながらユダチに言う。

「いいだろ、別にぃ。」

 少し拗ねたユダチの腹がぎゅるるると鳴る。

「あぁー、腹減ったぁ。早く行こうぜ!!」

「ああ!待ってよー!!」

 アイラはルファラの手を引く。

「行こう!」

「う、うん!」

 ルファラはそれに頷きアイラと共にユダチの後を追う。

「あ、おいっ!」

 スカイの呼び声虚しく、3人は屋台の方へとかけて行った。

「だからはぐれるなって…」

 スカイは額に手を当てがっくりと肩を落とす。

「ま、アレがいることだし大丈夫でしょ。早く行こう。」

 ヨンシーはクスクスと笑いながら3人の後をゆっくり追おうとする。

「案外楽しんでるじゃないか。」

 ヨンシーはピタリと歩みを止め振り返りスカイを見ると、スカイはまっすぐヨンシーを見ていた。

「まぁね。せっかく来たんだし、楽しまないとね。ボクは損をするのが嫌いなんだ。」

「…ふっ。」
 
 ヨンシーはまた歩き出そうとする。

「あっ。」

 何かを言い忘れたのか今度はくるりと反転し、スカイに向き直る。

「君はもう少し肩の力を抜いたほうがいいよ。」

「…っ!」

「大丈夫だよ。彼女には君たちがついているんだから。」

 2人の頭にルファラの姿が浮かぶ。彼女は結局当日まで祭りに行くことを悩んでいた。どんなに周りから大丈夫だと言われても不安でたまらなかったのだ。それを知っているからこそスカイはルファラのことが心配でならなかった。
 スカイはふぅと息を吐くと片眉を上げながらヨンシーを見た。

「あんたも、だろ?」

「…!」

 予想外の返答にヨンシーは思わず目を見開く。しかしすぐにふっと笑い、前に向き直り今度こそ歩き出した。スカイもそれ以上何も言わず、静かにヨンシーに続いた。

【3、大丈夫】おわり  裕己

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