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ギフト②

ばか長い①はこちら


みんな、
顔面華厳の滝で
ありがとうと大好きを
伝え続けていて、
ほんとにぶさいくで愛しかった。

間違いなくわたしがいちばん
ぶさいくに泣いていた。

ナースさんが、個室だし
もういつでも良いと許可してくれていて
甥たちともテレビ電話を繋げた。

甥たちなんか
顔面ナイアガラだった。

おじいちゃんおじいちゃん
大好きだよ大好きだよと
呼びかけられている間、
20台まで下がっていた心拍数が
40台まで上がった。

こどもたちのおじいちゃん愛と
おじいちゃんのひ孫愛を
とうとう数値で目の当たりにして
こちらの顔面もイグアス化した。
もうぶさいくでもなんでもよかった。

30分くらいたっぷり
大好きを言わせてくれて、
もうほとんど呼吸もしなくなったころ
おじいちゃんが腕を動かした。

おばあちゃんのことは
みんなで守るからね
と声をかけた。

明らかにそれをわかって
何か返事を声に出したそうに
舌が動いたのを見た。
わたしとの意思疎通は
それが最後だった。

そのあとも、
とみことは内緒のサインで
スキを送り合っていたらしい。


もともと
おじいちゃんは入院時に
DNARの意思を示していた。

Do Not Attempt Resuscitation。
急変しても蘇生はしないで
自然にいくよ、という約束だ。

あらゆるバイタルサインが
0に近づいてきて、
ナースさんが念の為に
再確認しにきてくれた。

気にしぃのとみこが
気にしないようにこっそりと
点滴下のメモに書かれた
DNARの文字を指さして、
ナースさんとうなづきあった。

こういうひとつひとつの
ふるまいとか気遣いが
ほんとうにありがたい、
最高のナースさんのいる病棟だった。

しばらくして、
呼吸が目視で確認できなくなった。
モニターを見てみたら、
エーシスが表示されていた。

救命救急モノの
ドラマばっかり見てると
そんな表示の意味はわかってしまう。

おじいちゃんの心臓が、とまった。

波形がフラットになって、
あの恐怖のピー音が鳴るかと
ひやひやした。

耳が遠いけど高い音はなんとなく
聞こえやすそうにしているとみこに
70年連れ添った伴侶の
心臓が止まった合図なんて
聞かせたくはないと思った。

波形がフラットになって、
0の表示になった。
でも、ピー音は鳴らなかった。

あの素敵ナースさんたちのことだ。
おそらくナースステーションから
遠隔で切ってくれたんじゃないかと
思っている。

ありがとうございます。

たまにぴょこっと波形が出ると、
とみこは「まだ生きかえる?」と
聞いてきた。

あなたや家族が
胸のあたりをさすったり
すがったりするからですよ、と思って
ちょっとだけ笑いそうになった。

集まれる限りの家族が
みんなで看取った。

すごく悲しくて
すごくあったかくて
なんか笑い合っちゃうような空気で
これが愛なのかな、
とか本気で思った。

とみこが
幸せだね、幸せだね、と
繰り返していた。

おじいちゃんは、
本当にどこまでも
さいこうのおじいちゃんだった。


しばらく
家族に時間をくれているのがわかった。

1時間弱して、
ドクターが確認にきた。

22時ちょうど。
おじいちゃんは
仏さまになるための修行を
始めることに決まった。

ほんの5センチくらいドアを開けて、
ナースさんが様子を見に来てくれた。
また、うなづきあった。

この時、うなづいた顎先かなんかに
わたしのやる気スイッチがあったようだ。

部屋の外に出て
ナースさんと事務的な話をした。

こんなことは絶対に縁起が悪いけど
いざとなって慌てないように…
だけど、どうしたって嫌だから
せめて履歴が残らないように
プライベートモードで調べておいた
葬儀社に、電話をした。

さっきまで顔面に
世界一の水量をたたえていたのに
わりと普通に電話で話している自分を
不思議に感じた。

でももっと不思議だったのは
伴侶を亡くした妻と
父を亡くした娘と
祖父を亡くした孫娘(妹)が
魚の名前を書くゲームをしていたことだ。

切り替え早すぎか。

おじいちゃんが
喜びそうな光景すぎて
さすがに笑った。


ナースさんのお心遣いによって、
顔や、手足のエンゼルケアを
家族でさせていただけることになった。

チューブや針を抜いたり、
おしものケアはプロがやって下さった上で
家族にも…なんて温かすぎて
干上がった顔面の水量が戻った。

数日前まで
ワーファリンを摂っていた
おじいちゃんの血液はサラサラで、
針を抜いた跡に止血バンドがついていた。

とみこに説明していると、
「医療関係の方ですか?」と
ナースさんに聞かれた。
わたしは、この期に及んで
「いえ、医療小説/ドラマオタです!!」
とドヤっていた。

ほんとうにあほだ。

魚の名前ゲームにも参加できず
呆然としていた弟に、
使い慣れてらっしゃる方が…
とナースさんがひげ剃りを勧めてくれて、
やっと弟が動くことができた。

そのあと、
とみこが
剃り残し剃り残しぃ!へたくそがぁ!
と、めっちゃ攻めた
ひげ剃りの仕上げをしていて
数分ぶりにさすがに笑った。

どこかを一拭きするたびに、
おじいちゃんが
冷たがるとよくないので、
とお湯でタオルを何度も何度も絞って
渡してくださるナースさんの手。

こんなふうにしてくださる方の
手らしく
すこし荒れていて、
とても美しくて
ありがたくて、涙が出た。

なのに振り向くと
ハイパーひげ剃りが
繰り広げられている。

ほんとうにあほだ。

なんなんだよ島田家。
ばかじゃん島田家。

でもこれが、
おじいちゃんの愛した
島田家なんです。


ここからが、
苦しかった。

葬儀社のお迎えがきた。

ストレッチャーで車のところに
運ばれてきたおじいちゃんの顔には
白い布がかかっていた。

何度も覚悟してたのに
これまでもそう思って泣いたのに、
急に死んじゃった…という現実が
突きつけられた。

あとで教えてもらったんだけど、
ここから法律的には、
おじいちゃんは「モノ」に
なってしまったのだとか。 

コワレモノとして、
ぐるぐる巻きに保護される。

それを見て、とみこが
「ミイラみたいになっちゃったぁ」
と、急なぴえん🥺
ちょっと言い方と表現がおもろくて
みんなちょっとずつ笑って泣いた。

お迎えの車には2人が同乗する。
わたしが助手席に、
弟がおじいちゃんの横に乗った。

事務的作業はわたし。
おじいちゃんに寄り添うのは弟。
とみこのケア担当は妹。
チーム孫はなんとなく、
それぞれの役割をつとめ始めた。

すごくゆっくりおごそかに、
それでいて敢えての遠回りで
もう誰もいない夜の田舎道を車は走る。

誰もいないからいいんだけど、
いいんだけど、さ、
こんなにおごそかに運転してるのに
なぜ黄色信号を
連続で突っ込んでいくんだよ…
さすがにちょっとおもろい。

でも、音楽も流れておらず
すんとした車内で
絶対に笑ってはいけない。

そう思って上くちびるの裏に
舌先をつっこんで耐えていたら、
後部座席からぷすっと音がした。
弟くぉら!!!

おじいちゃん、
こんな孫たちでごめん。
ほんと大好きなんだよ。

葬儀社のホールに着くと、
おじいちゃんはミイラを解かれて
寝かされた。

白い布もとられて、
また顔が見れて、ミイラのときに
打ちひしがれたようになった気持ちが
エンゼルケアのときくらいまで
戻れた気がした。

その直後、
鼓膜をささやかに揺らした、
「お線香をあげてください」。

あ、そうか、あ、そうか。
あ、そう…か。

おじいちゃん、
しんじゃったんだ。

この時がいちばん、
今に踏みとどまるための
ちからが必要だった。


家に帰ったけど、
みんなそれぞれ眠れずに
おじいちゃんの部屋に集まっていた。

…と思ったらおばちゃんが
鮮やかにおじいちゃん部屋に敷いていた
布団に入って目を閉じた。
ふつうにみんないるんだが笑
つええ。

先に家に着いていた
妹ととみことおばちゃんの仕業だろう、
机の上には
花の名前を書くゲームをした跡があった。

なんなんだよ島田家。

わたしは会社の人たちに
事情を説明するためのメールを
いくつか書いて、
VIVANT未遂のお詫びもして、
シャワーを浴びた。

シャワーで髪を濡らしたら
お線香の匂いがした。
この時もつらかった。

シャワーに涙を混ぜて流した。

大好きな鉄道系
YouTubeを眺めて心を整えながら
寝落ちしたせいか、
朝気づいた時、半身を起こしたままだった。
…こうすればよかったのか。


寝た気はしない。
体も重いし
まぶたが20キロくらいあった。

葬儀社との打ち合わせの約束の
11時までに時間を持て余しながら
いろいろ調べ物をした。

なんとなく
おくりびと、納棺師さんを
絶対にお願いしようと勝手に決めた。

打ち合わせはサクサク進む。

なんというか、こんなとこまで
おじいちゃんは完璧だった。

日にちや時間が
ご住職や火葬場など各所すべてで
良きタイミングで合う。

洒落者のおじいちゃんが喜ぶよう
棺を色つきにするオプションをつけたり
お花を白と緑で統一してもらったり
おくりびとをお願いしたり、
抑えるところとオプションとを
緩急つけながらざくざく決めて行った。

見積が出てみると、
おじいちゃんが
自分の葬式代だといって残してくれた
金額ピッタリになった。

おじいちゃん!!
スーパーおじいちゃんすぎるよ!

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