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追憶~冷たい太陽、伸びる月~

  • 杜を巡る旅

  • 第26話 2020年12月―灼熱の裏側⑤

 瑚子の読みどおり、ドラッグはロナルドと話し込んだ場所で栽培していた。また瑚子が野宿を提案したポイントは、ロナルドが売り手として活動する範囲内だった。

 ロナルドからドラッグを買う男性から獣臭がしなかった。

 その代わり、汗が皮脂化した酸腐臭が強かった。入浴も疎かにするほどドラッグがよいのか、と瑚子は思った。ドラッグの怖ろしさは聖マリアンヌ女学園の課外授業で植え付けられていた。

 対するロナルドは人間ではない。それなのに男性の大衆に表情が引き攣っていなかった。

「それでダンナ、今後は何の仕事でこいつのお代を払いやいいんだ?」

「懐柔だ」

 男性が口笛を吹いた。

「そいつぁ面白そうだ。で、ターゲットは……」

「そこに隠れている、自称・女番犬だ。異様に鼻が利きやがるせいか、俺らに隙を見せやしねぇ」

 トビヒ族である瑚子が同じくトビヒ族から隠れる。それは鼻が利き自ら香りを発する種族同士では不可能だった。

「至近距離の悪臭には何の反応もせんとに不思議ばい。まぁよか、気づいとるなら話が早か。ロナルド、こい以上人間に関わるな。自滅するぞ」

 ロナルドは鼻を鳴らした。背後では人間の男性がドラッグに浸っていた。

「自滅なら、そこの男に言ってくれ。女番犬のお言葉でも喜んで聞くさ。もう手遅れだけどな」

「お前もやろが。ただドラッグば作って売っとるなら、そがん酷か臭いのせんやろうが」

 別の木々から影が揺れた。体臭と気配からして、瑚子と野宿していた四体のトビヒ族だった。

「ロナルド、もうやめよう。女王サマに気づかれた時点で私たち、終わりだよ」

「それにこんなに人間をドラッグ漬けにしたら、人間側のお偉いさんに俺たちのことも知られる。女王サマの故郷のこと、知らないわけではないだろう。伝達係の話だと、それがきっかけで女王サマが覚醒したんだし」

 本来の姿二体が遠吠えした。

「伝達係にチクりたきゃ、そうすればいいさ。だがお前らは忘れているわけではあるまい。この杜が人間を働かせ、我々トビヒ族を守ってきたことを。神跳草なんか椅子か寝床代わりで十分さ。ドラッグ(こいつ)を作る成分なんてないし」

「腐っとる」

 瑚子は吐き捨てた。

「だがな女王サマ、あの草は本当に座り心地もよければ、仕事がない夜はぐっすり眠れる。あれを生み出したことに関しては、本当に偉いぞ。何なら、俺の同胞を誑(たぶら)かしたことを許してやってもいい。人間社会に通じているあんたが、あの人間の取り巻きを消してくれるならよ」

 ロナルドが大口をたたく間に、本来の姿十五体が追加で集まり取り囲んだ。元から同伴の二体は伝達係であり、遠吠えで同僚を呼んでいた。

「誑かした覚えはなか。こいつらはこいつらで仕事しとったっちゃろ。そいけんウチの狸寝入りば見逃した。そいでウチはウチでやりたかごとやったまで。お前が許す云々の小さい(こまか)コトではなか」

 木々や、神跳草の新芽が揺れた。土も新たな芽を出そうと多方面に膨らんだ。土の中に空気が入り、柔らかくなった土から目が出やすくなった。

「だが俺の邪魔をしていることに変わりはないぞ。この同胞売りめ! 人間も、ハナサキ族も手込めにしやがって」

 人間の男性がロナルドに続いた。ドラッグの効果が切れたからだ。新たにドラッグを入手するために、瑚子に襲いかかった。

 しかし右手では銃を握ることすらできず、左手ではナイフの刃と柄の区別を誤っていた。簡単なことすらできなくなっていた。

 刃による痛みは知覚できていた。流血を視覚した男性は不意にナイフをロナルドに向けて滑らせた。

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